第三話 孤児院の実態
「私は、人間のゴミです。生ごみ以下の存在です。生まれてきたことが、罪の、悪い人間です。どうしようもない、クズです。し、死んだ方が良い人間です。だ、だから、ど、どうか、わ、私を罰してください。う、生まれてきて、ごめんなさい。生まれてくることで、皆さんを、苦しませて、ごめんなさい。
生きてて、ごめんなさい。い、生きてることで、皆さんにご迷惑をおかけして、ごめんなさい。紅い目をしてて、ごめんなさい。化け物みたいな目で、み、皆さんを見て、ごめんなさい……」
ひたすら謝り続けるユースティティアに、グナエウスは慌てて近寄った。
「おい、落ち着け。何も、俺はお前に何かしようとは……」
そう言って背中を撫でて、落ち着かせようとする。
「いやぁああああああああ!!!」
しかし殴られると勘違いしたのか、ユースティティアは絶叫を上げた。
その瞬間、バキバキと音を立てて窓ガラスが粉々に砕け散った。
家具が四方八方に飛び交い、壁や床に激突に、壊れてしまう。
(っく、何という魔法力だ!!)
思わず怯みそうになるグナエウス。
だが一歩進み出て、ユースティティアを強引に抱きしめた。
そして耳元で語り掛ける。
「落ち着け、ユースティティア! 俺は何もしない。大丈夫だから、安心しろ。謝る必要もない!」
必死の呼びかけが功を奏したのか、それとも単純に魔力が底を尽きたのか。
魔法力の暴走が止まった。
グナエウスはゆっくりと、ユースティティアから離れる。
そして額に浮かぶ汗を拭った。
(あの男も、ティベリウス・アートルムも凄まじい魔法力の持ち主だったか、この子はそれ以上だ……)
しかもティベリウス・アートルムの魔力の性質を色濃く受け継いでいる。
魔力は人によって、その性質や波、色が異なる。
ユースティティアの魔力の性質はティベリウス・アートルムと全く同じ。
破壊に特化したもののようだった。
一先ず、落ち着いたユースティティアに対し、グナエウスはできるだけ優しく語り掛ける。
「大丈夫か?」
「……ごめんなさい」
「謝ることはない。幼い、未熟な魔法使いの子供が、魔法力を暴走させるのはよくあることだ」
そしてユースティティアの頭を優しく撫でてやる。
すると、ユースティティアはグズグズと泣き始めた。
「グナエウス様は……」
「さん、で良い」
するとユースティティアは泣きながら、小さくうなずいた。
「グナエウスさんは、私を憎く思わないんですか?」
「……お前を憎んでも仕方がないだろう」
全く、憎く思わないわけではない。
が、それを正直に言うほどグナエウスは子供ではなかった。
「私を、ぶったり、しない?」
「何も悪いことをしていない、子供を殴ったりなんてするか」
グナエウスも、ユースティティアにはいろいろと思うところがある。
この複雑な感情は、そう容易く整理できるようなものではない。
だが……しかし、だからといって感情をそのまま暴力としてぶつけるような真似はしない。
感情を排した理性の上では分かっているからだ。
この、ユースティティアという少女には何も非がないということ。
そして……むしろティベリウス・アートルムの被害者であるということを。
「少なくとも、ここにはお前を虐めようとするやつはいない。だからお前は安心して、体を休めろ」
そう言ってグナエウスはユースティティアをベッドに寝かせた。
毛布を首元まで掛けてやる。
「今の魔法力の暴走で、体力を使っただろう。嫌なことは忘れて、寝てしまいなさい」
ユースティティアは小さくうなずき、瞳を閉じた。
グナエウスは杖を引き抜き、ユースティティアの頭の前で軽く振った。
「『眠れ』」
呪文を唱え、ユースティティアを熟睡させてしまう。
そして杖を振り、粉々に砕けたガラスや家具を片付けた。
それからユースティティアの体を抱き上げる。
「一先ず、新しい窓ガラスが届くまでは別の部屋に移すか」
どうして、自分がこんな子供のために気を使わなければならないのか。
グナエウスはため息をついた。
「どういう気の変わりようですか?」
ペダニウスはニヤニヤと笑みを浮かべ、グナエウスに言った。
グナエウスは不機嫌そうに言う。
「俺は自分の目で見たものしか、信じない。それだけだ」
二人はサーナーティオ孤児院の前にいた。
実際にこの目でサーナーティオ孤児院を見に行く、とグナエウスが言いだしたからだ。
「ほら、行くぞ」
「はい、分かりました。ご主人様」
グナエウスの後ろにペダニウスが続く。
「これはこれは、魔法使いの貴族様。本日はどのようなご用件で?」
グナエウスが孤児院に赴くと、院長の女性が腰を低くして対応した。
「私の名前はグナエウス・ラットゥス・ウィリディス・マグヌスだ」
「グナエウス・マグヌス様! あの英雄の!! 握手をしても、構いませんか?」
「構わん」
グナエウスは院長の女性と握手を交わす。
院長の女性はその後、グナエウスを客間に通した。
「(ぼろっちい癖に、客間だけは随分としっかりしていますね)」
「(お前は黙っていろ)」
後ろから囁きかけるペダニウスを、グナエウスは睨みつけた。
「どうぞ、貴族様のお口に合うかわかりませんが……」
「頂こう」
グナエウスは院長が出したお茶を口にした。
良い香りが漂ってくる。
「良い茶葉だな」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑う院長。
グナエウスはじっくりと、院長の衣服を観察する。
決して高級品というわけではないが、しっかりとした作りの、良い素材の服を着ている。
首元にはネックレスが、指には宝石の嵌められた指輪が見えた。
(子供たちは肌着に上着一枚なのに、随分とゆとりがあるように見えるな)
グナエウスは眉を潜めた。
「本題に入ろう」
「はい」
「ここにユースティティアという少女、あのアートルムの娘がいると聞いた」
グナエウスの言葉に院長は頷いた。
「はい。公にはされていませんが、この孤児院にいますよ」
いますよ。
まるで、今、この孤児院で暮らしているかの物言いである。
グナエウスは院長の瞳を見つめた。
そして心の中で呪文を唱える。
(『秘めたる心を開示せよ』)
感情や記憶を覗き込む、読心術だ。
「少々、やんちゃなところはありますが、とてもいい子です」(あのクソガキ、逃げやがって……補助金が入らないじゃない! 見つけたら、鞭でぶっ叩いてやるわ)
どうやらユースティティアを預かることを条件に、補助金を受け取っているようだ。
そして体罰も行っているようだった。
(まあ……しかし家出娘に体罰を加えることは、一般家庭でもあり得るな)
グナエウスは家出経験はなかったが……
仮にグナエウスが少年時代、家出をしたら、彼の両親はグナエウスを二、三発殴っただろう。
「やんちゃ、とは具体的には?」
探りを入れるためにグナエウスはさらに尋ねた。
「そうですね……少し、窃盗癖があります。あと虚言癖も。他の子供の玩具とかを盗むんです。そして嘘ばかり言う」(本当に、あの小娘め……私の指輪をどこに隠しやがった! 帰ってきたら、改めてとっちめてやろう。水をぶっかけて、雪の中に放りだせば、さすがに吐くでしょうし)
グナエウスにはそれがユースティティアへの八つ当たりに過ぎないのか、本当にユースティティアが院長から指輪を盗んだのかは、判断できなかった。
「それは大変だな。……どのように更生させるつもりだ?」
「ちゃんと、目を見て語りかけてあげるんです。そうすればきっと、あの子も分かってくれるでしょう」(ぶん殴って、言うことを聞かせる以外にあるわけないでしょうが! ガキは口で言って聞かせるよりも、殴った方が手っ取り早いのよ)
グナエウスは難しそうな表情を浮かべていった。
「それで直るのかね?」
「私はあの子を信じています」(直るわけがない! あの独裁者の、虐殺者の娘よ! 私の旦那を殺した、伝統派貴族共の親玉!! あの小娘は、生まれ持っての悪人よ!! そして私には、あの小娘を罰する権利がある!)
グナエウスは笑顔を浮かべた。
「あなたは素晴らしい人だな」
「ありがとうございます……ですが、私はまだまだ未熟者です」(帰ってきたら、死ぬまで虐め抜いてやろうかしら? いくら補助金のためとはいえ、やっぱり見ているだけで不愉快だわ。あの小娘は。……でもあの小娘、中々しぶといのよね。やぱり魔法使いの子供だからかしら?)
それから院長はグナエウスが何も言っていないのにも関わらず、ユースティティアへの悪意を垂れ流し続ける。
(冷水を掛けて、肌着のままに放り出しても、死ななかったのよね。となると、次は熱湯かしら? 頭から掛けてやれば……でも私が直接殺すと問題になるし、魔法力で反撃されると面倒だわ。前はそのせいで、私まで火傷したし。ああ、本当にムカつく、あの小娘! 何で私の旦那と子供は死んだのに、あの小娘は生きてるのよ!! いっそ、小児性愛者に奴隷として売り払ってしまおうかしら? そうすればお金にもなるし……でも足がつくわね。そうだわ、ほかの子供たちを嗾けて虐め殺せば良いのよ。それか自殺に追い込むか……徹底的に、苦しめて殺してやるわ)
それからグナエウスは当たり障りのないことを聞きながら……
院長の本音を読み続けた。
そしてグナエウスはお茶を最後まで飲み干してから立ち上がった。
「ありがとう。良い話を聞けた。これは礼金だ」
グナエウスは金貨を一枚、机に置いてから立ち上がった。
そして孤児院を後にする。
ペダニウスはグナエウスに尋ねた。
「結論は出ましたか?」
「……まあな」
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