第二十六話 救国の英雄
「ユースティティア、無事か?」
「は、はい……そ、その……」
「今はその場を動くな」
グナエウスはユースティティアに言いたいことが山のようにあったが、それは後回しだ。
一先ず無事を確認すると、静かに杖を犯罪者たちへと向ける。
「覚悟は良いな? 魔法使いの面汚し共」
「黙れ!」
「死ね!」
「くだばれ!」
強力な呪文が四方八方から、グナエウスへと向かって飛んでくる。
ユースティティアは思わず目を瞑った。
しかし……
「ふん」
軽くグナエウスが杖を一振りすると、呪文は全て空中で何かに弾かれるように飛び散った。
魔力反応光の破片が四方へ飛び散り、床や天井、柱を破壊する。
「何が、マグヌスだ!」
「お前たち、元老院のクソ共も、あのくそったれの独裁者野郎と同類だ!」
「俺たちを見捨てやがって!!」
「何もかも、お前たちのせいだ!!」
犯罪者たちは口々に叫んだ。
それに対し、グナエウスは淡々と答える。
「遺言はそれで終わりか?」
そして杖を振る。
炎を纏った石礫が高速回転しながら犯罪者たちへと襲い掛かる。
彼らは水の盾を作り、それを防ごうとする。
だが炎は防げても、石礫は防げない。
水滴を纏った石礫が犯罪者たちの体を射抜く。
続けてグナエウスは杖を振る。
すると発生した水蒸気が集まり、霧を作り出した。
その霧は巨大な鼠の姿になり、生き残った犯罪者たちに襲い掛かった。
数名の体に、霧が纏わりつく。
そこへグナエウスが唱えた魔法の魔力反応光が襲い掛かる。
光線が霧に突き刺さると、同時に爆発した。
「ぎゃぁああああ!!」
「熱い、熱い!!」
炎へと姿を変えた巨大な鼠が犯罪者たちの体を焼き尽くす。
霧の水分を油へと変化させ、そこへ着火したのだ。
「こうなったら……」
「直接、斬ってやる!」
「死ね!」
三人が杖先から、魔力で出来た剣を生み出し、グナエウスへと飛び掛かる。
グナエウスも同様に剣を作り、それを迎え撃つ。
最初に斬りかかってきたものの攻撃を避け、二番目の敵の首を斬り落とす。
そして三番目に斬りかかってきた敵の顔面を蹴り飛ばし、そして振り向きざまに背後から斬りかかろうとしてきた最初の敵の胴体を真っ二つにする。
「死ね!」
「食らえ!!」
いつの間にかグナエウスの左右へと移動した別の犯罪者二名が、同時に魔法を放った。
左手側からは炎弾が、右手側からは氷の杭がグナエウスを挟み込む。
しかしグナエウスは顔色一つ変えず、それに対処する。
蹴り飛ばしたばかりの男の首を左手で掴み、それを身体能力強化によって得られた怪力で振り回し、左手側へと投げ飛ばす。
炎弾は男の体に当たり、それを焼き尽くしたが……グナエウスに届くことはなかった。
一方右手側から飛んできた氷の杭に対しては、グナエウスは右手で杖を振るい、これを魔法で砕いた。
そして砕け散った氷の破片を自らの支配下へと置き、右手側の敵へと打ち返す。
十センチ程度の氷の破片が全身へと突き刺さり、敵はハリネズミのような姿になり、地面へと倒れる。
「っく、この、死」
左手側の男が再度、魔法を放とうとした。
が、それよりも先にグナエウスの魔法が完成する方が早かった。
グナエウスの杖先から迸った魔力反応光が男の体へと突き刺さる。
すると男の体は巨大なハンマ―にでも殴られたように吹き飛び、壁に激突、意識を失った。
「……」
「っひ、ち、近寄らないで……こ、この、小娘に、傷がついても良いの!?」
最後に残された女はユースティティアの首筋に杖を突きつけて言った。
杖の先からは魔力の刃が突き出ており、いつでもユースティティアの柔らかい肉を切り裂き、頸動脈を切断できる。
「つ、杖を……放しなさい。こいつが、どうなっても良いの!!」
「わ、私のことは、っひ……」
「黙れ!」
ユースティティアの首筋に血の玉が浮かんだ。
それを見たグナエウスは無言で杖を床へと落とした。
ほっと、女は安堵の表情を浮かべた。
……彼女はグナエウスの左指が僅かに動いたことに、気付いていなかった。
グナエウスの左指の動きと同時に、背後から石礫が女の頭を強く強打した。
「っぐ、ぁああ!」
女はユースティティアを離し、頭を抑えて蹲る。
グナエウスは右手を振った。
彼の指先から迸った魔力反応光が、女の頭に当たる。
杖無し無音詠唱によって放たれた失神魔法が、女の意識を奪った。
それからグナエウスは杖を拾い、女を含めた、僅かに生きている者たちを再度気絶させてから、魔法で生み出したロープで縛り付けた。
それからグナエウスはユースティティアとアルミニアに近づいた。
「せ、責任は全て、私にあります! 旦那様!」
「ち、違います、悪いのは、全部私で……」
グナエウスは黙って杖を振った。
二人は揃って目を瞑る。
すると二人の頭の上に水の塊が落ちた。
流水によって表面的な汚れ――血、土埃、吐瀉物――が落とされる。
それから水分を操り、衣服から出来得る限り水を抜き、さらに風と熱を使って二人を乾かした。
「傷を確認する。二人とも、動くな」
グナエウスは丁寧に傷口を確認する。
それからホッと息をつき、立ち上がった。
「取り合えず、目立った致命傷はなさそうだな。……屋敷に戻ってから、改めて調べる。ユースティティア、お前は歩けるな?」
「は、はい……」
「アルミニア、お前は……」
「だい、丈夫……です」
そういうアルミニアの顔色はあまり良くない。
長時間に渡り飲まず食わずで暴行を受けていたのだから、当然と言えば当然だろう。
今までは気を張っていたが、助けが来たことで安心したのか、今にも彼女は気を失いそうだった。
「仕方がない。……背に乗れ」
「し、しかし……」
「俺は気にしない」
グナエウスがそう言うと、アルミニアは小さく頷き、彼の背中に抱き着いた。
グナエウスはそのまま彼女を背負い、立ち上がる。
しばらくするとアルミニアは全体重を彼に預けた。
気絶したのだろう。
「ユースティティア」
「は、はい……」
「今日は体を休めろ。明日、改めて話をする。良いな?」
「……はい」
落ち込んだ様子でユースティティアは頷いた。
屋敷についてから、グナエウスはユースティティア、アルミニアの二人を丁寧に調べた。
幸いなことに、二人には命に関わるような怪我はなく、そして傷も全て魔法で治せるものだった。
もっとも重症だったアルミニアも、一晩しっかりと眠り、食事を摂ることで元気になった。
そして翌日。
グナエウスはユースティティアを自室に呼び出した。




