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第二十三話 反抗期の代償

「もう、あの人はすぐに私を子供扱いして……」

「まあまあ、ご主人様(ドミナ)。そう怒らず……旦那様もご主人様のことを思ってのことなのですよ」


 ぷんぷんと拗ねるユースティティアを、アルミニアは宥めていた。

 

 グナエウスは常に屋敷にいるわけではない。

 週に何度かは、属州にある自分の大規模農園(ラティフンディウム)を管理しにレムラ市から離れる。


 それはいつものことだ。

 そして出立前に、ユースティティアに対して口酸っぱく様々な「言いつけ」をするのもいつものことだった。


 しかし受け取る側のユースティティアは“いつもの通り”ではなかったのだ。


「歯を磨けとか、夜更かしするなとか、一人で外出するなとか……もう、私は大人なんですよ!」

「ははは……そうですね」


 実は最近、ユースティティアは初潮を迎えた。

 その時、ちょっとしたお祝いをしたのだが……


 以来、ユースティティアは「私は大人だ」と強く思うようになっていた。

 それ故にグナエウスの「お説教」には強い反発心を抱くようになった。


「でも、ご主人様。……そろそろ、帰った方が良くないですか?」

「アルミニアまで、そう言うの?」


 プクっとユースティティアは頬を膨らませた。

 グナエウスの言いつけの一つに、「外出する時は必ず、護衛の奴隷を連れて歩きなさい」というものがあった。

 護衛の奴隷、というのはマルクスか、もしくはフラテウスのことである。


 レムラ市はお世辞にも治安が良いとは言えない。

 特に近年は属州からの安価な小麦の流入、奴隷を使用した大規模農園(ラティフンディウム)の発展により中小農民が没落し、パンとサーカスを求めて首都へと流れ込んできている。


 さすがに貴族(パトリキ)の子女を襲うような、勇気のある無産市民はそう多くはないが……いないとは言い切れない。

 

 故にグナエウスの心配は至極当然のことだ。


 だがしかし、ユースティティアにとっては当然ではない。

 何しろ、ユースティティアは大人(・・)なのだ。


 そしてグナエウスからも、魔法戦闘を教わっている。


 ならば、奴隷の――つまり非魔法使いの――護衛なんて、不必要だ。


 と、いうのがユースティティアの主張である。

 そしてユースティティアはそれを証明するために、一人で屋敷を飛び出した。


 アルミニアはすぐにそれに気付き、慌ててついてきたのだ。


「い、いえ……ですがもう、暗いです。そろそろ帰らないと、本当に不味いですよ?」

「むむむ……」


 ユースティティアも自分が馬鹿なことをしているということは分かっている。

 グナエウスが正しいということも……心の奥底では、理解している。

 

「それにほら……私も怒られちゃいますし」

「そ、それは……」

「ペダニウスさんに、鞭でペシンってされてしまいます。ね? 早く帰りましょう?」


 建前上はアルミニアはユースティティアの奴隷だが、法的にはグナエウスの奴隷で、そして奴隷長であるペダニウスがその上司だ。

 理不尽な話ではあるが、主人を諫めることができずに主人を危険に晒すのは、奴隷失格、大罪だ。

 鞭で罰せられるのは……というよりは、それだけで済めばむしろ幸いと言えるだろう。


 鞭で叩かれる痛みはユースティティアもよく分かっている。


「あ、あと……もうちょっとだけ……ほら、あそこ、冒険しようよ!」

「あそこ……って、ダメですよ、ご主人様! あ、ちょっと!!」


 アルミニアの制止も聞かず、路地裏へと走っていってしまうユースティティア。

 アルミニアは深いため息をついた。


(これが反抗期……ペダニウスさんも、一昔前はこういう苦労を味わっていたのね)


 実はアルミニアも数年前までは反抗期と言える状態だった。

 無論、ユースティティアやグナエウスに反抗できるはずもないので、その矛先は上司であり、育て役のペダニウスへと向かっていたが。


 今更ながら、育て親の苦労を知ったアルミニアは腕まくりした。


「仕方がない……殴ってでも、連れ戻しましょう」






「わぁ……いろいろ売ってる……」


 裏路地を抜けた先には、数々の露店が出されていた。

 通常、物品の売買には共和国政府の許可が必要だが……これらは全て無許可で行われている。


 つまり、いわゆる闇市である。


 様々な理由から落ちぶれた魔法使いたちが、非合法の物を売っている。

 

 それは表沙汰にはできない“奴隷”だったり、法で禁じられている“薬物”であったり、魔法薬の原料として用いられる人間の臓器だったりと、様々だ。


 もし……もし仮に、ユースティティアがあの孤児院の院長によって売却されていたら、ユースティティアはこの闇市の奴隷市場に出品されたことだろう。


 無論、ユースティティアはそんなことを知る由もない。

 ただ、物珍しいものが売っている露店にしか見えないのだ。


「お嬢さん……お嬢さん……」

「え? 何ですか?」

「良い物をあげようか」


 急にユースティティアは話しかけられた。

 それは優しそうな老婆だった。


「え、えっと……」

「ほら……このお菓子をあげよう。とっても、美味しいよ」


 そう言って老婆は小さな丸い砂糖菓子のようなものをユースティティアに差し出した。 

 一見すると、特に怪しいところはない。


「ほら、早く」

「で、でも……」


 しかしさすがに見知らぬ人から渡されたものを口に入れるほど、ユースティティアは愚かではない。

 だが老婆はユースティティアに対し、早く口に入れるように促してくる。

 ユースティティアが困っていると……

 

「ご主人様!」


 そこへアルミニアは駆け寄った。

 そしてユースティティアが手に持っていた砂糖菓子を無理矢理叩き落させた。


 そして老婆を睨みつける。


「おうおう……随分と乱暴な奴隷じゃな。どこの家のかね? まるで教育がなっていない」

「落ちぶれた魔法使いに言われたくはありませんね」


 アルミニアはそう言うと、ユースティティアの手を引いてその場から離れる。


「あ、ありがとう……アルミニ……」

「ご主人様!!」


 アルミニアは厳しい声で、ユースティティアを怒鳴りつけた。

 思わずユースティティアは身を竦ませた。


「ご自分が、どうなりかけていたか、お分かりですか?」

「……はい」


 しゅん、とした様子でユースティティアは肩を落とし、小さく頷いた。

 「言いつけ破り」で上がっていた気分も、もうすでに冷め切っていた。


「ごめんなさい……」

「よろしい……急に大きな声をあげて、申し訳ございません。さあ、ご主人様。帰りましょう」


 アルミニアはユースティティアを引き連れて、すぐに表通りへと戻ろうとする。

 だが……


「まさか、こんなところで絶好の機会に恵まれるとはな」


 一人の男が、ユースティティアたちの前に立ちふさがった。

 顔に大きな火傷の痕がある。


「あ、あなたは……」


 ユースティティアが震える声で言うと、火傷痕のある男が、自らの顔を指さした。


「この傷、誰につけられたと思う?」

「し、知ら……」

「貴様の父親だ!!」


 男はそう叫ぶや否や、杖を引き抜いた。

 魔力反応光が発せられ、ユースティティアの視界が明るくなる。


「ご主人様!!」


 その瞬間、アルミニアはユースティティアを突き飛ばした。

 魔法を受けたアルミニアの体が、ボールのように吹き飛ぶ。


「あ、アルミニア!」

「お逃げください!!」


 アルミニアは苦痛に顔を歪ませながら叫んだ。

 ユースティティアはアルミニアと、そして火傷痕の男を見比べる。


「で、でも……」

「早く逃げなさい!! 助けを呼んできて!!」


 アルミニアが怒鳴るのと、男が再び魔法を撃つのは全く同時だった。

 紙一重で魔法を避ける。


 ユースティティアは全身に魔力を流した。

 もっとも原始的な魔法、身体能力強化だ。


 脱兎のごとく駆け出すユースティティア、そのあとを追おうとする火傷痕の男。

 だが男はすぐにはユースティティアを追えなかった。


「放せ、この野蛮人のクソ奴隷が!」

「肥溜めに浸かり切ったクソ魔法使いが!!」


 アルミニアが男へと飛び掛かり、しがみ付いたからだ。

 アルミニアの首輪が仄かに発光する。


 グナエウスが事前にかけていた、身体能力強化の魔法が発動したのだ。

 一時的にだが、アルミニアの腕力が飛躍的に上昇する。


 男とアルミニアが揉み合っているうちに、ユースティティアは何とか裏路地を通り、表通りへと逃げ出した。

 

「ひっぐ、た、助けを……よ、呼ばないと……」


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