第二十二話 子供の作り方
「いいか、ユースティティア。男ってのは、狼なんだ。油断するなよ?」
「お父様、大袈裟です」
その日の夕食の時間。
マルクスからユースティティアが、ルキウス・アルゲントゥム(父)の息子であるアウルス・アルゲントゥム(子)に色目を使われたという報告を受けたグナエウスは、ユースティティアにそう言い聞かせた。
グナエウスは真剣だが……ユースティティアはあまり気に留めている様子はない。
「大袈裟じゃない! ああいう男はな、どんな女にも可愛いとか美人とか、そういうことを言うんだ。一見優しそうに見えるかもしれないが、心の奥底では邪なことを考えている」
「……別にアウルス・アルゲントゥム(子)に可愛いと言われたわけではありません」
ユースティティアのことを美人、と言ったのは父親、ルキウス・アルゲントゥム(父)だ。
そのことをユースティティアがグナエウスに伝えると……
「何!! あの男め……さてはユースティティアのことを……」
「だから、大袈裟ですって。お父様」
それからユースティティアにグナエウスに尋ねた。
「男は狼って言いますけど……それを言ったら、お父様だって男の人じゃないですか。邪なこと? を考えているんですか?」
「い、いや……別にそういうわけではないが……」
グナエウスは日ごろからユースティティアのことを、可愛い可愛いとおだてている。
ある意味、一番危険な人間だ。
「というか、邪なことって、具体的にはなんですか?」
ユースティティアは首を傾げた。
思わず、グナエウスは言葉を詰まらせた。
「そ、それは……」
「それは?」
「お前には、まだ早い」
するとユースティティアは頬を膨らました。
「子供扱いするんですか!」
「あ、いや……別にそういうわけじゃ……」
扱いも何も、ユースティティアは子供だ。
初潮すら来ていない子供に教えられるはずもない。
「お父様! やっぱり私を子供扱いして……」
「分かった、分かった……教える! た、ただ……俺の口からではなく、アルミニアから教われ」
「……分かりました」
あまり納得のいってなさそうな様子で、ユースティティアは小さく頷いた。
「……というわけで、アルミニア。いろいろと、教えてやってくれ」
その日の夜。
グナエウスはアルミニアを呼び出し、そう指示した。
こういう時に少し年上の幼馴染奴隷は便利だ。
「分かりました、旦那様。しかし……ご主人様ももうそんなお年ですか」
「はぁ……俺はまだ、早いと思うがな。まだ初潮すら来ていないだろう?」
グナエウスはその辺りのことを知ったのは十二歳ほどの頃だ。
初めて夢精したときは、本気でお漏らしだと思い、焦った思い出がある。
「女の子の成長は男の子よりも早いですから、そろそろかと」
「そろそろ? まだ、あの子はこんなんだぞ?」
グナエウスはユースティティアの背の高さを手で再現してみせる。
レムラ人は背の低い民族で、同年代の女子よりも背の低いユースティティアはよりいっそう背が低い。
そしてグナエウスはレムラ人の中では背が高い方だ。
つまり……グナエウスから見ると、ユースティティアはとても小さく見える。
「ご主人様は身長は低いですけど、それ以外の発育はそこそこですよ」
「それ以外?」
「胸とか、膨らみかけていらっしゃいますよ」
良家の子女は一人で風呂に入ることはない。
必ず誰かに体を洗って貰う。
ユースティティアの体を洗うのはアルミニアの仕事で、そしてアルミニアは常日頃からユースティティアの体を見ていた。
「むね? むねって……あの胸か?」
「あの胸って……それ以外の胸があるんですか?」
「……信じられん」
服の上からでは分かり辛いだめ、グナエウスはユースティティアの成長には全く気付いていなかった。
グナエウスの中のユースティティアは、いつまでも小さな小さな、捨て犬のような女の子なのだ。
「他にも体全体がだんだん、丸くなってきましたし……」
「……それは太っただけじゃないか?」
「それ、ご主人様の前でおっしゃったら怒られますよ? それとご主人様の名誉のために申し上げますが、お腹周りは逆に細くなってきています」
つまりくびれが出来てきている、ということだ。
グナエウスはそんなユースティティアの姿を想像し……天井を仰いだ。
「そうか……そうだな。女の子だったな」
「ですから、初潮もそろそろかと。今のうちにいろいろ、買っておいて方が良いかもしれませんよ?」
「いろいろ? 生理用品とかか?」
グナエウスにはそれ以外、必要なものが思い浮かばなかった。
「剃刀とか」
「……剃刀?」
レムラ共和国では男性も女性も、体毛は除去するのがマナーとされている。
それが必要ということはつまり……
「そうか……そうか。もう、そんな年なのか。うん、そうだな。それは、生えるよな……はぁ」
「……なんでショックを受けてらっしゃるんですか?」
「いや、別に……」
口では否定しているものの……
初めて「赤ちゃんがどうすればできるのか」を知った時並みにショックを受けていた。
理由はグナエウス自身も分からない。
「そうですか。では、今夜にでもお話しておきますね」
「今夜? 早くないか?」
「そう言われましても……ご主人様から早く教えろと急かされていまして」
「そ、そうか……」
明日の朝、顔を合わせるのが少し気まずい。
そんなことを思うグナエウスだった。
さて翌日。
「お父様」
「ん、どうした?」
平静を装ってるグナエウスに対し、ユースティティアは爆弾を投下した。
「昨日、アルミニアに性行為について聞きました」
「げほぉ、ゆ、ユースティティア! 今は、朝食の時間だ!」
思わず葡萄酒をむせてしまうグナエウス。
動揺するグナエウスに対し、ユースティティアは冷静そのものだった。
「あれくらいのことなら、普通に知ってました」
「し、知ってた?」
ユースティティアにはアルミニア以外の同年代の友達がいない。
召使奴隷たちがグナエウスの許可を得ずにユースティティアにそんなことを教えるはずもない。
そしてグナエウスもユースティティアにはそういうことは一切、教えていなかった。
「ど、どこで知ったんだ?」
「だって、神話の本に書いてあるじゃないですか」
「あ……」
神話はレムラ人として必要不可欠な教養だ。
グナエウスは昔は子供用の、表現の優しい神話関係の本をユースティティアに読ませていたが……
少しするとユースティティアは大人向けの難しい本を欲しがった。
ユースティティアが年の割には非常に賢いということもあり、グナエウスはそれを買い与えていたのだ。
「他にも魔導関係の本とかにも書いてありましたし……」
「……」
性行為とは、子供を作るための儀式だ。
人間が新たな生命を作るためのこの儀式が、魔術的な意味を持たないはずがない。
難しい魔導書には、多かれ少なかれ、そういう行為に関する記述があるものだ。
「というか、そもそも男の人と女の人の体の違いで、出っ張ってる部分と、凹んでる部分があるなら、そこを合わせるんだな……ってことはなんとなく察しがつきますよ」
「そ、そう、なのか?」
「だって、逆にそれ以外ありえないじゃないですか」
「……キスで出来るとか、思わないのか?」
するとユースティティアは眉を潜める。
「口が繋がってるのは、食道と胃、腸でしょう? それじゃあ、赤ちゃんの卵が消化されちゃうじゃないですか」
「そ、そう……か」
消化器官と消化器官を繋げて、子供ができるはずがない。
大変、魔術師的な、論理的な考え方である。
「そういうわけで、お父様。私は大人ですから。子供扱い、しないでくださいね?」
「は、はい……分かりました」
「……なんで敬語なんですか?」
「……別に」




