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第二十一話 親の縁

「いろいろ考えたんだが、ユースティティア。今月からお小遣い制度を導入しようと思う」 

「……お小遣い、ですか?」


 お小遣い。

 要するに定期的に、子供が自由に使えるお金を与えるということだ。


 ユースティティアは首を傾げながら尋ねた。


「何か、子育ての本でも読んだのですか?」

「……」


 グナエウスは目を逸らした。 

 子育ての本に「金銭の取り扱い感覚を身に着けさせるためにはお小遣いを上げた方が良い」というようなことが書いてあった。


 だからお小遣いを上げようと考えたのだが、あっさりと見破られてしまった。


(……最近、少し小賢しくなってきたな)


 グナエウスは頬を掻いた。


「もうすぐ、学校が始まるだろう? 友達と、どこかに行ったりするかもしれない。何かと、お金は必要だろう?」

「……そうですか?」

 

 ユースティティアの友達は(本人が友達と認めているか否かはともかく)現状、アルミニアだけである。

 ユースティティアには友達というものが、どういうものかいまいち分からなかった。


「……私、友達なんて、できないかもしれないですよ?」

「友達ができない奴なんて、そう滅多にいないだろう」

「……それは友達がいない人の気持ちが、分からない人の言葉です」


 落ち込んだ顔で言うユースティティア。

 グナエウスは内心で困惑する。


(こういうところは、どっちにも似てないな)


 しばらく一緒に暮らしてきて分かってきたことだが、ユースティティアは自己評価がとてつもなく高く、そしてプライドも人一倍なくせに、妙に自己評価が低く、卑屈なところがある。

 一見、矛盾しているように感じるが……この自己評価の高さと同時に存在する低さは、表裏一体なところがある。


 能力や容姿に関しては絶対的な自信を持っていて、その分野に関してはプライドが高く……

 一方では人付き合いに関しては、かなり卑屈だ。


 孤児院で虐めや虐待を受けたことが、その人格に大きな影響を与えているのだろう。


「友達付き合い以外にも、必要だろう」

「例えば何ですか? ……もしかして服とか、勉強のために必要なものも、お小遣いでやりくりしろということでしょうか?」

「いや……まあ、そういうのは買ってやるから安心しろ」

 

 グナエウスにとって衣服は食費と同じ生活費。

 魔法の勉強のために必要な本は教育費。

 

 つまり自分が与えるべきものだ。

 そもそもだがグナエウスは別に生活に困窮しているわけでもなく、むしろ独り身で使わない金が山ほどあるため、その辺に関してはいくらでも与えることができる。


 余裕があるのにも関わらず、敢えて不自由をさせる理由が思い浮かばなかった。


 それに衣服や本というのはわりと高い。

 これを十分に買えるだけの額となると、凄まじい金額になってしまう。

 それを子供に与えるのは不安だ。


「じゃあ、何に使うのでしょうか?」

「例えば……シルフ・ルードゥスの試合とか、剣闘士試合とか、戦車競争とか、演劇とか。まあ、とにかく趣味に使え」

「私の趣味は魔法の勉強ですけど……」

「これからできるかもしれないだろ? ……別に無理に使わなくてもいいさ。使わない分は貯めておきなさい」


 グナエウスはそう言ってユースティティアにお金を渡した。

 

「一先ず、月にこれくらい渡す。増額に関しては要相談だ。……試しにアルミニアと一緒に街に行って、使ってみたらどうだ?」

「……じゃあ、戦車競争でも行ってきます」


 ユースティティアは小さく頷いた。

 





 ユースティティアは自分の召使奴隷のアルミニアと、そして護衛として戦闘奴隷のマルクスとフラテウスを連れて戦車競走場まで赴いた。

 貴族(パトリキ)用の席料を渡す。


「初めてのお小遣い、どうですか? お嬢様」

「どうもこうもないですよ。こうしてあなたたちと来るのは初めてではないでしょう」

 

 マルクスの問いに、ユースティティアは肩を竦めて答えた。

 戦車競走はレムラ市民にとって、数少ない娯楽の一つだ。


 ユースティティアも以前、グナエウスに連れられて観戦して以来嵌まっており、よく観戦に訪れていた。

 グナエウスも年中暇というわけでもないので、グナエウスが来れない日は、ユースティティアは一人で――といっても召使のアルミニアや、護衛の戦闘奴隷を連れて――この場所に赴いていた。


 戦車競走が始まるまで待っていると……


「おやおや……まさか、君はユースティティア・バシリスクス・アートルム嬢かな?」

「……そうですけど、あなたは?」


 貴族の男性がユースティティアに近づいてくる。

 が、その前にマルクスが立ちはだかった。


「お嬢様に何の御用でしょうか? プブリウス・ウーニコルヌス・ニウェウス様」

「君は……ふむ、ウェリディス家の戦闘奴隷かね。私はユースティティア嬢とお話がしたいのだが、ダメかな?」

「危険人物をお嬢様に近づけてはならないと、ご主人様(ドミヌス)より仰せつかっております」


 そしてマルクスは男性を睨みつけて言った。


「もし、お嬢様と話をしたいのであれば……私をその杖で殺してからにして頂きませんか?」

「物騒だな。少しくらい、良いじゃないか。その子と私は同じ四大貴族家の仲間だぞ? 血縁関係だって、遡ればある。グナエウス・ウェリディス殿は少々過保護だ」


 男性とマルクスは揉め始める。

 ユースティティアは小声でフラテウスに尋ねた。


「……誰?」

「四大貴族家、ウーニコルヌス・ニウェウス家の現当主です。以前、お嬢様をご主人様がお引き取りになるときに、ご主人様と元老院で舌戦を繰り広げた相手です」

「……なるほど」


 つまりユースティティアにとっては「敵」である。

 そのままマルクスとプブリウス・ニウェウスが揉めていると……今度は別の男性が近づいてきた。


「やめないか、プブリウス・ニウェウス殿。無理強いは良くないぞ」


 少し神経質そうな、背の高い細身の男性がやってきた。

 プブリウス・ニウェウスとその男性が睨み合いをする。


「あの人は誰ですか?」

「同じく、四大貴族家。ルキウス・ドラコウス・アルゲントゥムです。……ティベリウス・アートルムの側近の一人だった男です。罪を逃れ、今でも元老院にのさぼっていますが」


 つまりユースティティアにとっては、孤児院行きになった自分を見捨てた「敵」である。


「ルキウス・ドラコウス・アルゲントゥム様。あなたも、あまりお嬢様にお近づきになるのはやめて頂けませんか? 私は主人から、邪な思想を吹き込もうとする者を近づけないように仰せつかっています」


「な! 誰が邪な思想を吹き込もうとする者だ!」


 マルクス、プブリウス・ニウェウス、ルキウス・アルゲントゥムの三名はさらに揉め始める。

 三人とも、取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな勢いだ。


「(ねえ、マルクスがあの二人を殴ったりしたらどうなるの?)」

「(……かなり不味いことになりますね)」

「(そう……)」


 ユースティティアは三人に向けて、正確にはプブリウス・ニウェウスとルキウス・アルゲントゥムに向けて言った。


「何の御用でしょうか? ニウェウス様、アルゲントゥム様。お話だけなら、大丈夫ですよ」

「お嬢様!」

「心配し過ぎです、マルクス。……怪しい人にはついていくなとは言われてますが、元老院議員は怪しい人ではないでしょう」


 そもそも話すだけだし。

 と、ユースティティアは内心で呟いた。


 ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる二人。

 マルクスは少し悔しそうに顔を俯かせた。


「お初にお目にかかります。ユースティティア・バシリスクス・アートルムです」


 とりあえず、礼儀作法の授業で習った通りにユースティティアは挨拶をした。

 二人の表情に感心の色が浮かぶ。


 プブリウス・ニウェウスはユースティティアに手を伸ばした。

 とりあえず、ユースティティアも手を伸ばして握手をする。


 困惑気味に首を傾げているユースティティアに対し、プブリウス・ニウェウスは満面の笑みを浮かべていった。


「私はプブリウス・ウーニコルヌス・ニウェウスです。一目お会いしたかった。いやはや、利発なお嬢さんだ」 

「いえ……」

「これならきっと、アートルム家は必ず復興するでしょう。その時は微力ながらお手伝い致しましょう。では、私はこれで」


 それだけ言うとプブリウス・ニウェウスは立ち去ってしまった。

 どうやら本当に挨拶だけのつもりだったようだ。


 プブリウス・ニウェウスの後ろ姿を見ながら、ルキウス・アルゲントゥムは忌々しそうに鼻で笑った。

 そしてプブリウス・ニウェウスと同様にユースティティアに挨拶をする。


「ユースティティア君は確か、十歳かな?」 

「はい……今年、入学します」 

「やはりそうか……君に紹介したい子がいる。来なさい」


 ルキウス・アルゲントゥムが手招きすると、長身の少年が現れた。

 少年はユースティティアに対し軽く会釈をして、そして手を差し出した。


「アウルス・ドラコウス・アルゲントゥムだ。今は一年生、君の……まあ先輩になる。だから、その……学校ではよろしく」

 

「へ、あ、……はい」


 思わずユースティティアは緊張で声が上擦ってしまった。

 一年違いとはいえ、ほぼ同年代の子供との会話はアルミニアを除けば孤児院以来だからだ。


「え、え、えっと、その、あ、あ、アルゲントゥム……さん?」


 ちょっとどもり気味になってしまい、ユースティティアは後悔した。

 するとアウルス・アルゲントゥム(子)は少し頬を赤くしながら言った。


「俺のことは、その、あれだ。アウルスで、いい。だから……ゆ、ユースティティアと呼ばせてくれ」

「わ、分かりました。……アウルス」


 するとアウルス・アルゲントゥム(子)は気まずそうに目を逸らした。

 ……何となく、ユースティティアはアウルス・アルゲントゥム(子)の態度が気に入らなかった。


「……なんですか。あなたがそう呼べと言ったから、そう呼んだんですよ。文句があるんですか?」

「い、いや……そういうわけじゃない!」

「じゃあ、何ですか?」

「それは……」

「申し訳ない、ユースティティア君。どうやら君があまりに美人だから、緊張してしまったらしい」

「ちょっ、パ、ん、父上!」

 

 ルキウス・アルゲントゥム(父)の発言に、アウルス・アルゲントゥム(子)は怒ったような声を上げた。

 アウルス・アルゲントゥム(子)は文句を言うが、ルキウス・アルゲントゥム(父)は気にも留めない。


「……私のことが、可愛いから緊張したんですか?」

「お、お前も、な、何を言うんだ! 今のは父上の冗談だ。鵜呑みにするな? ……行きましょう、父上!」

「分かった、分かった……すまないね、ユースティティア君」


 そう言って立ち去っていくアルゲントゥム親子。

 ユースティティアは呆然と、頬を掻いた。


ご主人様(ドミナ)、顔が少し赤いですよ」 

「……指摘しないでください」


 ユースティティアはにやにやと笑うアルミニアを睨んだ。

 

 ユースティティアは自分のことを世界で一番可愛いと思っている。

 そしてグナエウスやアルミニア、ほかの奴隷や、服飾店の店員などに容姿をよく絶賛されるので、容姿を褒められることはなれている。


 が、同年代の男子に意識されるのとでは、心持ちが違うのだ。


「少し、よろしいですか?」

「え、あ、はい……」


 声を掛けられ、ユースティティアはアルミニアから視線を逸らす。

 ユースティティアに声を掛けたのは、別の貴族の男性だった。


 気付くとユースティティアは貴族たちに取り囲まれていた。


「え、えっと……」






 その日、ユースティティアは一人でも許すと、多くの人に集られるということを学んだ。


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