第二十話 親の杖
セクンドゥスはまずユースティティアの魔力を測った。
それから店内の学生用の杖を売っているところへ連れていき、ユースティティアに次々と杖を握らせる。
「ふむ……これで決まりじゃな」
「……はい」
試した中で、一番ユースティティアの魔力に馴染んだ杖をセクンドゥスは選んだ。
しかし……ユースティティアはどこか、納得がいかなそうだった。
「どうしましたかな?」
「いえ……その、少し、頼りないような気がして……」
「ふむ……」
セクンドゥスはしばらく考えてからユースティティアに言った。
「少し魔力を流してみてくれませんかな?」
「え? はい……どうですか?」
「それが全力ですか?」
「いえ……」
「限界まで、魔力を注ぎ込んでください」
セクンドゥスがそう言うと、ユースティティアは少し躊躇したような表情を見せた。
しかしセクンドゥスが静かに頷くのを見て、ユースティティアは杖に視線を移した。
そして出せる限界まで、魔力を注ぎ込む。
すると杖から眩いばかりの魔力反応光が発生し、時折火花のようなものが飛び散る。
「ど、どうですか?」
「まだまだじゃ……限界まで、注ぎ込んで」
「お、おい! セクンドゥス殿! そんなに魔力を注ぎ込ませたら……」
「ウェリディスさん、あんたは黙ってみていてくだされ。アートルムさん、限界まで……限界まで、振り絞ってみてくだされ」
「は、はい!」
ユースティティアは額に汗を浮かべて、両手を杖に握りしめ、さらに魔力を注ぎ込む。
「っく、はあああああああ!!!」
ユースティティアが声を上げるのと同時に、杖からピキピキとした音がする。
そして……バキッという音がし、そして最後には火花を飛び散らせて、杖が吹き飛んだ。
行き場を失った魔力は店内に迸り、窓ガラスにヒビを入れ、そして棚の商品を滅茶苦茶に吹き飛ばす。
「あっちゃ……言わんこっちゃない。あー、セクンドゥス殿。弁償は……」
「弁償なんぞ、しなくても結構。ワシが求めたことじゃ。しかし……ふむ、何という魔力だ。アートルムさん、学生用の杖ではあなたの実力は出し切れない」
「別にいいでしょう……成人したらオーダーメイドの杖を買うんだし、学生のうちは……」
「ウェリディスさん。あんたは救国の英雄で、戦争と魔法戦闘の達人かもしれないが……どうやら杖については全く無知のようじゃのぉ」
「……すみません」
よく分からないが、取り敢えずグナエウスは謝った。
「良いですか、ウェリディスさん、アートルムさん。確かに、成人したらオーダーメイドの、自分に合った杖を作ることが多い。それは魔力の性質や波長が人によって、異なるからじゃ。じゃが……子供のうちは魔力の性質が変化することも多いし、それに多少魔力の性質が杖と合っていなくても呪文の発動には問題はない。だから……子供のうちは学生用の杖を使う」
セクンドゥスはそう言ってから、壊れてしまった杖に視線を向けた。
「杖の材質と魔力の性質が、多少違う程度なら誤差の範囲じゃから問題ない。じゃが……使い手の魔力量に、杖が耐えきれないのは問題じゃ。アートルムさん、あんた……杖を頼りなく感じたのじゃろう?」
「はい……感じました」
ユースティティアがそう答えると、セクンドゥスは頷いた。
「つまりそういうことじゃ。魔法は精神状態に左右されることが多い。自信を持って唱えればそれだけ成功確率が上がるし、逆もまた然り。じゃから……たとえそれだけの魔力を流す必要のある呪文を唱えずとも、力加減を間違えれば杖が壊れてしまうという意識がどこかにある限り、それは自信の無さに繋がってしまうのじゃ」
そう言うとセクンドゥスは店の奥へと消えてしまった。
そして一つの木箱を持ってきた。
木箱を開けると、そこには少し傷のついた、年期の入った、使い古されたような、つまり中古の杖が収められていた。
セクンドゥスはそれをユースティティアに握るように促した。
「どうじゃ? さっきと比べて」
「……さっきよりは、しっくりくるような気がします」
「さっきと同じように魔力を流してみてくだされ」
ユースティティアは言われるがままに魔力を流す。
今度は先ほどの杖とは違い、ユースティティアの全力の魔力を受け止めてくれた。
「決まりじゃな」
「……その杖は何ですか? セクンドゥス殿」
「ティベリウス・アートルムの杖じゃよ。ワシの作品じゃからな……共和国政府に以前、返して貰ったものじゃ」
これにはユースティティアもグナエウスも目を丸くした。
「これはあの、膨大な魔力量のティベリウス・アートルムのためにワシが特別に作った杖じゃ。じゃからティベリウス・アートルムの魔力の性質と波長に合わせてある。じゃが……さすが親子じゃな。完全に一致とは言わないまでも、性質も波長も似ている。学生のうちは、その杖が良いじゃろう」
ユースティティアは複雑そうな表情で杖を見た。
そんなユースティティアに対し、セクンドゥスは優しく語り掛ける。
「杖はただの道具じゃ。大事なのは使い手。数々の命を奪ってしまったその杖じゃが……今度は善いことに、正義のために、あなたとあなたの大切な人を守るために、使ってやってはくれんか?」
ユースティティアは何度か、杖とセクンドゥス、そしてグナエウスの顔を見た。
そして頷いた。
「はい、分かりました。大切にします」
「ふむ、結構。では杖が調子が悪くなったと感じたら、ここに来てくだされ。壊れた時もじゃ。壊れた杖を使い続けるのは危険じゃからな。それから……成人を迎えたら、オーダーメイドの杖を作って差し上げましょう。その杖はあくまで、ティベリウス・アートルムに合わせたもの。あなたの魔力とはやはり少し違うようですからな」
ユースティティアは神妙な顔で頷いた。
グナエウスは財布を取り出し、セクンドゥスに言った。
「どうも、ありがとうございます。えっと、お代は……」
「要らん」
「え?」
「要らん。その杖はその子の、父親のもんじゃぞ? 代金は父親から貰っておるわ。持ち主に返しただけじゃ」
「ですが……」
「要らんもんは要らん」
ユースティティアとグナエウスは思わず、顔を見合わせた。
「杖の感じはどうだ? ユースティティア」
「凄く、使いやすいです……見ててください。『失神せよ!』」
ユースティティアは空に向けて失神魔法を放った。
『意識を 奪え 失神せよ』
という本来なら三小節の魔法だ。
今までのユースティティアはこれを『奪え 失神せよ』の二小節までの短縮はできていたが、『失神せよ』の一小節までの短縮はできていなかった。
しかしそれを見事に成功させてみせたのだ。
ユースティティアの放った正確無比な失神魔法は頭上を取る鳥を正確に射抜いた。
地面に落下する野鳥。
ユースティティアはそれをキャッチする。
しばらく待ち、鳥が意識を回復すると、ユースティティアは鳥を空へと放った。
「今までのは使い辛かったか?」
「いえ……そういうわけではありません。でも、ちょっと頼りないような気はしていました」
「なるほどね。……今の杖は気に入ったか?」
「はい。……まあティベリウス・アートルムの杖というのは、少し気に入りませんけど」
そう言ってユースティティアは少し顔を潜めた。
「……実の両親のことは、嫌いか?」
「嫌いになる理由はあっても、好きになる理由はありません。……私があんな目にあったのは、全て両親のせいです。私を産んだのも、勝手に死んで私が孤児院に行く羽目になったのも、そのあとに私がいじめられたのも、全部全部、あいつらのせいじゃないですか!」
ユースティティアは憤慨した。
一度溢れ出した感情はそう簡単には抑えられないらしく、ユースティティアの言葉は止まらない。
「ティベリウス・アートルムは……あんまり、まだ難しいことは分からないですけど、悪いことをして、人をたくさん殺したんでしょう? それに私の母親、えっと……まあ、いいや。そいつは、婚約者であるお父様を裏切って、ティベリウスなんていう、極悪非道な奴について行って……本当に、大っ嫌いです! あんな奴らの血が流れているなんて、吐き気がする!!!」
「……まあ、安心しろ、ユースティティア。そのあんな奴らは確かにお前の両親だが、同時に他人でもある。お前はお前だ」
「……はい、お父様。すみません、少し、取り乱しました」
しゅん、とした様子を見せるユースティティア。
感情的になり、怒っている姿はティベリウス・アートルムそっくりで……
自分の行いを反省し、落ち込んでいる姿はミネルウァ・カエルレウムそっくりだったが……
それを口にしたら間違いなく、怒り狂うか、逆に落ち込むだろうことは分かっていたのは、グナエウスは口にしなかった。
(しかし……二人も、まあ、気の毒だな)
グナエウスは未だに二人のことを許せていない。
というか許せるはずもなく、これから許す予定もない。
そのため実の娘に恨まれ、嫌われているというのは正直なところ「ざまあみろ」と思ってしまう。
だが同時に実の娘にここまで悪口を言われるのはさすがに可哀想な気もする。
二人だって、産んだときはユースティティアを幸せにしようとしていたはずなのだ。
あったかもしれない幸せな親子の未来を杖で壊したのは、グナエウスである。
(そんなことを考えても仕方がないか……)
グナエウスはユースティティアの頭を撫でながら思った。
誰が何と言おうとも、今のユースティティアの父親は自分なのだから。




