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第二話 仇の娘

「……どういたしますか、ご主人様(ドミヌス)

「どう、とは?」

「あの女の子、ユースティティアです。彼女は……あのお方の子供でしょう?」

「……やはりお前も気付いたか」


 グナエウスは椅子に座った。

 そして自分の幼馴染奴隷である、ペダニウスに尋ねた。


「お前、知ってたか? あいつに子供がいることを」

「ご主人様が御知りにならないのに、私が知るはずもありません」

「だよな……もう少し、情報を集めておくべきだったな」


 グナエウスは救国の英雄である。

 が、しかしそれは過去の話だった。


 仇敵であるティベリウス・アートルムを打倒した後、グナエウスはその戦後処理には一切関わらなかった。

 ティベリウス・アートルムの資産や、彼の家族、血族のことなど興味はなかった……いや聞きたくなかった。


 グナエウスにとって、全ては消し去りたい過去だったのだ。

 

 しかし……それが今になって、グナエウスの人生の前に立ちはだかってきた。


「どこまでも、忌々しい男だよ。あいつは……」


 死してなお、自分の人生に呪いのように付きまとってくるティベリウス・アートルムに対し、グナエウスは文句を口にする。

 もっとも死人に何を言っても仕方がないのだが。


「……取り合えず、回復するまではこの屋敷に留めておく」

「その後は?」

「彼女の保護者に引き渡す。それでもう、終わりだ」


 グナエウスはそう言って呼び鈴を鳴らした。

 そして召使奴隷の女に葡萄酒とチーズを持ってこさせる。


 グラスに注ぎもせず、グナエウスは葡萄酒の瓶に口を付けた。


「あの子がどうなろうとも、俺には関係ない話だな」

「しかし……本当に彼女の保護者に返してもよろしいのですか?」

「言うな、ペダニウス」


 グナエウスは奴隷長の口を命令で封じようとする。

 しかしペダニウスは口を閉じなかった。


「あの子の体には不自然な傷や痣がありました」

「言うなと言ったはずだ、ペダニウス」


 グナエウスはペダニウスを睨みつけた。

 奴隷は主人に絶対服従、それが原則である。

 しかしペダニウスはグナエウスの命令は聞かず、続けて言った。


「ご主人様もお気づきになられたのでしょう?」

「だから、何だ?」

「後悔なされますよ」


 するとグナエウスは鼻で笑った。

 そして瓶の半分まで、葡萄酒を飲み干す。

 

 そして投げやり気味に言った。


「どうして俺が後悔する? 父と母の仇、大勢の人を殺した殺人鬼、独裁者、虐殺者、最悪の魔法使いの男と、婚約者と家を裏切り、そんな男についていった馬鹿な魔女の女がどんな目に遭おうとも、俺の知ったことではない。むしろ清々するくらいだ」


「では、どうして助けたのですか?」


 グナエウスはそれには答えず、三分の一まで葡萄酒を飲んだ。


「……何にせよ、あの子の保護者が誰なのかが分からなければ、どうにもならない。調べておけ」

「……承知しました。あの少女の今後については、よくよくお考え直しください」


 グナエウスはそれには答えず、葡萄酒を飲み続けた。







「ユースティティア・バシリスクス・アートルム。ティベリウス・バシリスクス・アートルムとミネルウァ・ウルーラス・カエルレウムの一人娘。年は……丁度、二月十四日が誕生日で、七歳」


 一週間後。

 ユースティティアについてまとめられた資料を読み、グナエウスは呟く。


「五歳くらいだと、思っていた」


 七歳児はあんなに小柄なものだろうか?

 と、グナエウスはユースティティアを思い浮かべる。


「栄養失調で、発育不良なのでは? 年の割に食べる量が少ないと、報告を受けています。おそらく、元々あまり食べることができない環境だったのでしょう」


 いくらでも食べて良い。

 と言われて、普段から食べる量が少ない者がいきなりたくさんの食べ物を胃に入れられるはずもない。

 元々小食だったのか、それとも小食であることを強いられたのか。

 

 後者だろうと、ペダニウスは言った。


「……俺があの男を殺すより、少し前に生まれたみたいだな。そして俺があいつを殺した後、孤児院に預けられた。孤児院の名前はサーナーティオ孤児院。『癒しの』孤児院とは、随分とお優しい職員がいそうなもんだが」


 グナエウスがそう言うと、ペダニウスは答えた。


「サーナーティオ孤児院については聞き込み調査をしましたが、良い噂は聞きませんでした。時折、子供の泣き声が聞こえるとか」

「孤児院なんて、そんなものだろう」

「ただの泣き声ではなく、異常な、泣き叫ぶような声らしいですよ」

「そんなもの、どうやって区別をつける。勝手な思い込みだ」


 グナエウスは鼻を鳴らした。


「あの孤児院出身者に話を聞きましたが、酷く環境が悪いそうです。食事もまともに出ない。服は冬でも、肌着と薄い上着一枚。靴は無く、裸足。そして体罰と虐めが横行しているとか……」


「孤児院なんて、どこもそんなもんだ! それにみんな悪く言うもんだ!!」


「それは偏見ですよ、ご主人様」


 サーナーティオ孤児院の評判は、殊更悪い。

 と、ペダニウスはグナエウスに説明した。


「お前は嫌な奴だな。そんなことを言われれば、あの女の子を返し辛くなるだろう!」

「では、返さなければ良いのでは?」

「引き取って育てろと? 俺が? 妻もいないのに子持ちになれと? しかも、あの男とあの女の娘だぞ! 冗談じゃない!!」


 グナエウスはそう言って、召使に酒を持って来させた。

 葡萄酒をグビグビと飲み、口を拭う。


「あの子供は保護者のもとに、孤児院に返す! 決定事項だ。俺はもう、あの男に関わりたくない! いつか、お優しい人にでも引き取ってもらえるだろうよ」


「それまでに生きていたらの話ですけどね」


 グナエウスはペダニウスを睨んだ。

 ペダニウスは物怖じせず、己の主人、グナエウスに対して言う。


「七歳の子供が、真冬に肌着と布切れ一枚だけ持って逃げ出したんですよ? それも三日三晩、真冬のレムラ市を彷徨って、凍死しかけるまで……まともに物も食べずに!」


「……子供の家出なんて、よくあることだ。死にかけても孤児院に帰らなかったのは、迷子になっただけだろう」


 そう言ってグナエウスは葡萄酒を呑む。

 ペダニウスは眉を潜めた。


「ご主人様、最近お酒の量が多いのでは?」

「今はそのことは関係ない」

「関係ありますとも……あの少女が来てから、飲酒量が随分と増えました。やはり気にしておられるのではありませんか? 後悔しますよ、このままでは」


 するとグナエウスは肩を竦めた。


「では、あの子には早々にこの屋敷から立ち去って貰おうか? 俺の健康の、肝臓のためにな」

 

 そう言って葡萄酒に蓋をして、グナエウスはユースティティアに与えた寝室へと向かった。

 ユースティティアはベッドの上で起き上がり、ぼんやりと窓の外を見ていた。

 グナエウスが入ってきたことに気付き、慌てて姿勢を正した。


「随分と血色が良くなったな」

「あなた様の、おかげです。ありがとうございます」


 ユースティティアはグナエウスに対し、頭を下げた。

 ティベリウス・アートルムに頭を下げられているような気分になり、グナエウスは思わず頭を掻いた。


「気にすることはない」

「あの……お一つ、良いですか?」

「何だ?」

「お名前を伺っても、よろしいですか?」


 グナエウスは眉を上げた。

 そして冷たい声で言う。


「自分は名乗らないのに、俺に名乗れというのか? ユースティティア・バシリスクス・アートルム」


 グナエウスはユースティティアのフルネームを口にすると……

 ユースティティアの表情が凍り付いた。


 真っ青だ。


 そしてグナエウスはそんなユースティティアに対し、畳みかけるように言った。


「俺の名前か? 良いだろう、教えてやる。グナエウス・ラットゥス・ウィリディス・マグヌス。お前の父親を殺した男だよ」


 自分はお前の父親の仇だぞ、とグナエウスは伝えた。

 これでユースティティアが自分に対して、憎しみの籠った目で見てくれれば……

 清々と追い出せる。


 自分を恨む相手を屋敷で育てることなどできない。

 そしてまた、ユースティティアも父親の仇なんかに養育されたくないだろう。


 恨みや憎しみの感情を期待したグナエウスだが……

 しかし、ユースティティアの反応は違った。


「ご……な、さい」

「何だ?」

「ごめんな、さい」


 ユースティティアは酷く怯えた表情で、泣き叫ぶように言った。


「生まれてきて、ごめんなさい。生きてて、ごめんなさい。紅い目をしてて、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!!」


 カチカチと、恐怖でユースティティアの歯の鳴る音がした。

ブクマ、評価等をしてくださりありがとうございます

これからも応援をよろしくお願いいたします

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[気になる点] どうして、7年前に死んだ男の子供が5歳ぐらいだと思うんでしょ?
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