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第十八話 魔法の戦い

 かれこれ、時間が流れ……ユースティティアは九歳になった。

 グナエウスはあまり目出度くないが、三十七歳である。


 二人の関係はさほど大きく変わってはいない。

 強いて言えば、グナエウスがユースティティアと時間を見つけて遊んであげるようになったくらいだ。



「はぁ……」

「お、お父様? その、あともう一回……」

「少し、休ませてくれ」


 グナエウスは疲れ切った顔で言った。

 

 二人がいるのはグナエウスの屋敷の庭である。

 貴族(パトリキ)であるグナエウスの屋敷はそれなりに広く、スポーツをすることができる。


 二人はそこで庭球という遊びをしていた。

 ラケットでボールを二人で打ち合い、落とした方が負けという簡単な遊びだ。


 レムラ共和国では、貴族のやるメジャーな遊びの一つである。

 もっとも公式の試合のようなものは存在しないが。


(まさかユースティティアがここまで負けず嫌いだとは思わなかった……)


 手加減をすれば怒る。

 かといって、本気になって勝つと拗ねる。


 子供の体力では大人に勝てるはずもないのだが……

 それでも負けるのは嫌らしい。


「しかし、ユースティティア」

「はい、なんですか? お父様」

「お前、少し背が伸びたな」


 二年前はガリガリだったユースティティアだが、今ではすっかり健康的な体つきになっている。

 食べる量も多く、成人男性であるグナエウスと同じ量を毎日食べている。

 それでも太ったりしないのは体質と、そして日頃から体を動かすのが好きだからだろう。

  

「そうかな……でも、アルミニアの方が大きいですし」

「アルミニアはお前より三歳も年上だぞ? しかも丁度、成長期だし。そもそもあいつはゲルマニア人だからな」


 ゲルマニア人は大柄な者が多い。

 一方、レムラ人は小柄な者が多い。


 アルミニアを基準にしても、あまり参考にはならない。


「他の子と比べて、私ってどうですか?」

「身長は……まだ少し小さいかな? でも成長期になれば一気に伸びるだろう」


 やはり幼少期の栄養不足によって出来た差はそうそう埋められるものではない。

 が、子供の頃の体の大きさはあまり当てにならない。

 大事なのは成長期でどれくらい伸びるか、だ。


「……その勉強とか、魔法とかは?」

「それは大丈夫だ。もう、同学年の子に十分追いついてるさ。あと一年もすれば、差も付けられるだろう。だからと言って、油断するのはダメだけどな」


 ユースティティアは頭が良い。

 そして魔法の才能がある。

 最大の懸念事項だった魔法力の操作も、魔眼のおかげか、今では非常に繊細なこともできるようになっている。


 莫大な魔法力。

 そして繊細に魔法力を操作する才能。

 魔法や魔術を発現させるセンス。


 どれをとっても超一流だ。

 どんな分野でも活躍できるだろう。


 もっとも……だからこそ、進路を選ぶのには苦労しそうだが。


「じゃ、じゃあ……その、お願いがあるんです」

「お願い?」

「普段の勉強と魔法の訓練を少し減らして欲しくて……」


 ユースティティアの頼みにグナエウスは首を傾げた。

 ユースティティアの「良い子でなければならない」という強迫観念は薄まってはいるものの、今だに直っているとは言い難い。

 それにユースティティアは勉強や魔法の訓練が好きだったはずだ。

 

 何か新しいことを学ぶことが大好きで仕方がない。

 ユースティティアはそんな子だ。


 そんな子がそれを「減らしたい」と言ってくる。

 

「理由を聞いても良いか?」

「その……その時間を使って、私に戦い方を教えて欲しいんです!」

「……戦い方、か」


 戦争時に魔法使いが戦うのは義務だ。

 強大な魔法を使えるからこそ、魔法使いは非魔法使いを導く立場に居られる。


「どうしてか、聞いても良いか?」

「……自分の身は自分で守れるようになりたいんです」


 グナエウスは少し考えた。

 自衛に仕えるだけの威力の魔法は、当然、相手を傷つけることもできる。

 それを九歳の子供に教えて良いのか。

 だが……


(……最低限、自衛の能力は必要か)


 最近、ますますティベリウス・アートルムに顔立ちが似てきたユースティティアの顔を見ながらグナエウスは思った。

 ティベリウス・アートルムは絵に描いたような美青年で、そしてどちらかと言えば、線の細い、女性にも見えなくもない容姿だった。


 そのせいでユースティティアの顔立ちは、ティベリウス・アートルムそっくりなのだ。


 内戦でティベリウス・アートルムや、その部下に家族を殺された者は多くいる。

 他ならぬグナエウスもその一人だ。

 ユースティティアの顔を見て、反射的に杖を引き抜き、攻撃魔法を放ってしまう。


 あり得ないとは言い切れない。

 グナエウスは二年前の、元老院での出来事を思い出しながら思った。


「よし。……明日から教えてやろう。ただし……俺は優しくないからな? 厳しく教える。覚悟しておけ」

「はい!」


 ユースティティアは嬉しそうに微笑んだ。

 その可愛らしい笑みを見て……ちゃんと厳しく教えることができるのか、グナエウスは酷く心配になった。







「魔法戦闘、と一口に言っても状況次第だ。一対一、一対多、多対一、多対多、攻撃、防衛、撤退……様々な状況が想定できる。当然、その場や状況に応じて、選択する魔法は無論、戦術も変わる。まあ自衛目的と考えると、一対一、一対多の状況を想定するのが良いな」


 つまりユースティティアが敵と一対一で臨む場合と、そして複数の敵を相手にする場合である。


「ユースティティア。そういう状況で重きを置かなければならないのは何だと思う?」

「……魔法の速度ですか?」

「凄いな、ユースティティア。すぐにその答えが出てくるとは」


 強大な魔法力を持つ者はやはり高威力の魔法を撃ちたくなってしまう。

 が、別に人を殺すのに高威力の魔法はいらない。

 大事なのは弱い魔法を、連続で放つことだ。


 グナエウスに褒められて嬉しそうにするユースティティアに対し、グナエウスは言った。


「だが不正解だ」

「え?」

「正解はまず逃げられるか確認すること。そして逃げられるなら逃げること。誰かに助けを求めること」


 あくまで自衛のための力だ。

 なら、最優先すべきは戦わなければならない状況に陥らないことだろう。


「……」

「そう膨れるな……。すまん、意地悪な質問だったな」


 グナエウスはユースティティアの頭を撫でた。

 そして一先ず、戦い方の訓練に入る。


「お前の言う通り、戦うとするならば、まず第一に優先するべきなのは魔法の速度だ。そして、魔法を放つ速度を上げるには……まあ、やっぱり自分の体で試すのが一番だろう」


 そう言ってグナエウスはユースティティアに対し、立ったまま、動かないように命じた。

 そして同時に眼鏡も外させる。


「良いか、ユースティティア。今から俺が、お前に簡単な、弱い攻撃魔法を撃つ。今からやるのが、お前が目指す理想形だ。分かったな?」


「はい」


 ユースティティアが頷くのを確認し、グナエウスは軽く杖を振った。

 その瞬間、ユースティティアの体は何か見えないものに縛られたように動かなくなった。

 

 さらに魔法を受けた衝撃で地面に倒れる。

 ……が、攻撃魔法を放つのと同時にグナエウスは地面を柔らかくする魔法を使っていたため、ユースティティアに怪我はなかった。


「……無詠唱魔術ですか?」

「そうだ」


 魔法とは、決められた命令式に決められた量の魔力を流し込むことで、事象を発現させる技能である。

 そのためその威力や射程距離、効果は万人が使っても普遍のものだ。


 一方魔術とは、この魔法に独自のアレンジを加えたものである。

 同じ効果であっても、威力や射程距離を変えれば、それは定義の上では「魔術」となる。

 また詠唱を省略したり、無詠唱で放つのもまた、「魔術」である。


 もっとも……無詠唱で放たれた魔法、と言っても間違いではない。

 そのためよほど高度なものでなければ、「魔術」と「魔法」は区別されない。 

 一般的には特に区別しなければならない場合を除いて、「魔法」で一括りにされる。


 ちなみに高度な魔術を自由自在に扱える者を一般に『魔術師』と呼ぶ。

 

「ちなみに今の魔術、元が何の魔法かは分かったか?」

「はい」

「じゃあ、俺に撃ってみろ。遠慮はいらないぞ」


 ユースティティアはグナエウスに杖を向ける。

 そして教えられた通り、適切な速度、動作で杖を振り、そして教えられた通りの発音、速さで正確に魔法語を唱える。


「『不可視の縄よ 我が敵を 捕縛せよ』」


 ユースティティアの杖から魔力反応光が放たれる。

 それは真っ直ぐグナエウスに向かって走り……そしてあっさりとかわされてしまった。


「まあ、こんな感じでそのままではその魔法は実戦には使えない。『魔術』の領域にまで昇華する必要がある」


 それからグナエウスは丁寧にユースティティアに『魔術』を教える。

 最初は無詠唱ではなく、省略詠唱や詠唱改変からだ。


「『捕縛せよ!』」


 ユースティティアは教えられた通り、三小節の呪文を一小節にまで省略してみせた。

 杖を振る速度も、先ほどよりもずっと早い。


 すると通常の捕縛魔法よりも、数倍早い速度で魔力反応光が放たれた。

 それをグナエウスはギリギリでかわす。

 

「まさか一発で成功させるとはな。お前にはやはり才能がある」


 グナエウスはユースティティアの頭を撫でた。

 ユースティティアの髪はサラサラとして、手触りが良いのだ。

 少し癖になる。


「でもお父様。……今まで習ったのが、無駄になりませんか? 今までは杖の振り方とか、呪文は正確に唱えなければならないって教わったのに……」

「基礎が分からなければ、応用もできないだろう? なぜ杖をこういう振り方で振らなければいけないのか、それが理解できずに、杖の振り方を変えても、出鱈目になるだけだ」


 一応、基礎となる魔法の呪文や杖の振り方は、誰でも扱えるようにできている、非常に優れた物だ。

 馬鹿にできるようなものじゃない。


「まず初めに攻撃魔法を教える。それが正確に撃てるようになってから、それの詠唱省略を練習する。そういう感じで進めていく。納得したか?」


「はい、お父様!」


 ユースティティアは満面の笑みを浮かべた。

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