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第十七話 妖精の遊び

「ユースティティア。明日は遊びに行くぞ」

「遊びに行く?」


 ユースティティアは首を傾げた。

 

「まあ……遊びに行くと言っても、スポーツ観戦だがな」

「スポーツ? ……蹴球とかですか?」


 蹴球。

 足を使ってボールをゴールに入れる遊びだ。


 ボールさえあればできる遊びなので、庶民、特に平民階級の間では人気の遊びになっており、レムラ市では時折大会が開かれる。


貴族(パトリキ)、特に魔法使いは蹴球なんてやらない」

「……では何のスポーツですか?」

「飛球。妖精の遊び(シルフ・ルードゥス)だ」


 ユースティティアは首を傾げた。

 ユースティティアが知っているスポーツは蹴球だけだ。


 孤児院の子供たちが楽しそうにやっているのを指を咥えてみているか、それともユースティティア自身がボールになるかのどちらかしか経験がないため、あまり良い思い出もない。


「まあ、空を飛んでやる蹴球だと思え」

「……面白いんですか?」

「飛球が嫌いな魔法使いは、魔法使いではない」

「……そう、ですか」


 心なしか、グナエウスはウキウキしているようだった。

 実際のところ、一番行きたいのは本人で……ユースティティアはついでなのだろう。


 無理に行きたくないなどと言って、機嫌を損ねるのは得策ではない。


「分かりました。楽しみにしています」


 あまり期待はせず、ユースティティアは作り笑いを浮かべて言った。







「わぁあああ!! 凄い、凄い!!」


 観客席から身を乗り出して観戦するユースティティアを、グナエウスは満足気に見て頷いた。

 眼鏡を外し、魔眼を目一杯に見開いて観戦しているのは少し心配だが。


 連れてきて良かったと、グナエウスは笑みを浮かべる。


 そしてグナエウスも飛球、シルフ・ルードゥスに集中する。


 シルフ・ルードゥス。

 まるで妖精が空を舞い、遊んでいるかのように見えるため、そう名付けられた。


 四枚の羽根が生えた魔導具、通称『妖精の羽(シルフ・ペンナ)』を背負う。

 この魔導具は魔力を流せば、羽を動かすことは無論、風を発生させることもできる。

 これを使い空を自在に飛び回るのだ。


 フィールドは具体的な広さは決められてはいないが、長方形。

 そして『木』と呼ばれる高い柱が何本を立っていて、その『木』の頂点から一定の高さまでが飛んでも良い高度だ。

 地面は落ちても安全なように柔らかく魔法で加工されている。ただし試合中に地面に足をつけるのはルール違反。

 そしてフィールドでは魔法で生み出された風が吹き荒れていて、この風を如何に利用して飛ぶかが重要になる。


 人数は各チーム十五名。

 互いにボールを奪い合い、これを相手のゴールに叩きこめば点が入る。


 ボールはキャッチから三秒以上、触れてはならない。

 通常は風を操るか、もしくは四枚ある羽のうち二枚で挟み込んで移動する。

 そして再度、ボールに触れた時は三秒以内に投げなければならない。


 ボールの奪い方は体当たりか、もしくは風を操って相手にぶつけ、ボールを落とす。

 殴る、蹴るなどの直接的な暴力は禁止。


 空を飛ぶために必要な魔力量や、魔力を操るセンス。

 体重や体力、筋力。

 そして作戦を練るための知能。

 何より、闘争心が鍛えられるということでレムラ共和国の魔法使いの間では非常に人気のスポーツで、教育にも良いとされている。


 と、まあ「妖精の遊び」の割にはかなり危険で暴力的だ。

 

 それもそのはずで……

 そもそも『妖精の羽(シルフ・ペンナ)』そのものが軍事技術だからだ。


 レムラ共和国で数百年も前に、空を飛ぶための兵器として開発したのがその走りである。  

 当時としては画期的な発明で、一時期は持て囃されたのだが、いざ実戦使用してみると……


 強風が吹いているところでないと速度が出ない。

 逆風が吹けば、逆に風に流される。

 魔力の消費量が激しく、燃費が悪い。

 そして何よりスポーツとは違い、「何でもあり」な戦場では妨害魔術によりいくらでも風の操作を狂わせることができ、あっさりと地面に落とされてしまう。

 

 さらに……竜やグリフォンといった飛行能力のある幻獣に騎乗した兵士からすると、飛行速度も性能も遥かに劣り、的にしかならない。


 という様々な欠点が露呈し、ただの珍兵器と化してしまった。

 

 作ったはいいが、大量に余ってしまった兵器。

 仕方がないので国立魔導大学に寄付したところ、遊び道具としては思いの他好評で、様々な遊び方が考案された。

 その様々な遊び方の中で、もっとも面白く、人気が出たのがシルフ・ルードゥスというわけである。


「ねぇねぇ、お父様」

「どうした、ユースティティア」

「凄い大きな男の人から、小さな女の子までチームに入ってるけど、大丈夫なんですか?」

「ああ……まああまり大丈夫とはいえないが、しかしルール上は問題ない」


 シルフ・ルードゥスは年齢や性別で、クラスを分けるようなことはしない。

 というのも魔力量と魔力操作の能力が高ければいくらでも活躍できるからだ。


 蹴球とは異なり、身体能力よりも魔法力が重視されるため、性差や年齢差は問題になりにくい。


 大柄な十八歳くらいの男子が、小柄な十二歳くらいの女子に強烈な体当たりをする様は見ていてハラハラするが……

 風がクッションになる上に、魔法的な保護を事前に掛けているので、割と大丈夫だったりする。(たまに死ぬけど)


 また場合によっては莫大な魔力量を持つ低年齢の女子が、限界まで加速した上で、高年齢の男子に体当たりをして、吹き飛ばすことだってある。


「お父様はやったことありますか?」

「学生の時はやったな」

「……学生の時、は? 今はやらないんですか?」

「シルフ・ルードゥスは学生がやるものだ」


 スポーツはどこまでいっても遊びで、娯楽だ。

 スポーツで遊んでいいのは子供のうちだけ。

 というのがレムラ共和国の価値観だ。

 

 無論、大人もシルフ・ルードゥスで遊ぶことはあるのだが……

 公式戦が行われることはない。

 

「ふーん……」

「まあ、お前も国立魔導大学に入学したらやると良い。入学は十歳からだから、もうすぐだぞ?」


 レムラ共和国国立魔導大学は、レムラ共和国唯一の教育機関であり、そして魔法使いを育成するための機関だ。


 あそこには公式・非公式を問わず多くの『シルフ・ルードゥス』のチームが存在する。

 今、グナエウスやユースティティアたちの目の前で戦いを繰り広げている二つのチームのメンバーも国立魔導大学の生徒である。


(……まあ、ユースティティアがチームに入れるかどうかは、俺も分からないが)


 少なくとも強いチームに入るためには、相応の強さが必要になる。 

 ユースティティアは魔力量は多いため、才能はあるが…… 


 シルフ・ルードゥスには魔力量だけでなく、繊細な魔力操作も求められる。

 少なくとも、寝ぼけて魔力を暴走させているうちは難しいだろう。


 それに体当たりをするときの威力に繋がる、体重、体の大きさも重要だ。


(……あいつの娘なら、才能がないはずはないけどな)


 グナエウスはかつてのチームメイトの顔を思い浮かべ、苦笑いを浮かべた。







 帰り道。


「楽しんでくれたか、ユースティティア」

「はい! とても面白かったです!! ……私にもできるかな?」

 

 グナエウスは笑みを浮かべた。


「できるとも……お前ならきっと、活躍できるだろう。だが……そのためには魔法の勉強を頑張らないとな。それに運動も」


 グナエウスがそう言うと、ユースティティアは顔を輝かせて頷いた。


「はい! 頑張ります!」


 やる気に満ち溢れた様子のユースティティアを見て、グナエウスはホッと息をつく。


(……狙い通りにはなったか)


 少なくとも、「良い子でなければならないから」以外の勉強の動機はできた。

 

 グナエウスにとっては、それが今回のシルフ・ルードゥス観戦最大の戦果だった。


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