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第十六話 魔力の暴走

「何? その目は! 何か、不満でもあるの!?」

「い、いえ……あ、ありません……」


 ユースティティアはヒステリックに叫ぶ、小太りの女性に対して首を横に振って答えた。


 パチン!


 鼓膜に強い音。

 それから遅れて、右頬に強烈な痛みが走る。


 右頬を張られたことに気付くのと同時に、左頬を叩かれる。


「……っ」


 そして同時に頬を叩かれる。

 脳震盪で頭がくらくらし、ユースティティアはよろめいてしまった。


「しっかり立て!!!」


 耳元で大声で怒鳴られ、我に返ったユースティティアは背筋を伸ばした。


「今は、説教中でしょうが!!! 誰が姿勢を崩して良いと言った!!!」

「っひ……」


 凄まじい剣幕で怒鳴られ、ユースティティアは身を竦めた。


 昨日から食事を抜かされ、そして昨日の夜から一睡もさせてもらえず……

 加えて意味のない雑巾がけをずっと休まずやらされていたユースティティアは、すでに体力の限界だった。

 

 足は震え、今にも倒れそうになっているユースティティアだが……

 小太りの女性は、そんなユースティティアの体調など気にも留めていなかった、


 いや……むしろ弱っているからこそ、執拗に虐めていた。


「謝罪の言葉は!!」

「っ、ご、ごめんなさい……」


 ユースティティアは震える声で謝罪の言葉を口にする。

 すると小太りの女性は尋ねた。


「本当に心の底から、謝ってるの?」

「は、はい……」

「じゃあ、何について、謝っているのか、言ってみなさい。ただ、説教から逃れたくて言ってるんじゃないわよね?」


 ユースティティアは謝罪の理由を述べようとして……

 気付く。


(……何で、私、怒られているんだっけ?)


 昨日の昼頃から、怒られていることまでは思い出せたが……

 それ以前の記憶があやふやだった。

 

 何がきっかけで怒られ、食事を抜きにさせられ、眠ることすら許されず、無意味な雑巾がけをやらされ続けていたのか。


 空腹な上に、睡眠不足で、体力を使い果たしているユースティティアは全く思い出すことなどできなかった。


 ユースティティアが混乱していると……

 小太りの女性の顔が真っ赤に染まり、鼻の穴が一瞬膨らんだ。


「ふざけるな!!」

「っひ……」

「適当な気持ちで、謝罪の言葉を口にしたわね!!!」


 再び頬を張られる。

 手加減抜きの平手打ちをくらい、ユースティティアは床に転がった。


 視界にチカチカと星が光る。

 

「寝るなぁ!!!!」

 

 小太りの女性はユースティティアの髪を掴み、持ち上げた。

 そして耳元で叫ぶ。


「生まれてきて、すみませんでしょうが!!!」

「う、生まれてきてすみません……」

「声が小さい!!」

「生まれてきてすみません!!!」


 ユースティティアはか細い声で叫んだ。

 小太りの女性はユースティティアの髪を掴みながら、引きずり回す。


 そして薪ストーブの上に置かれていた、ケトルを手に取った。

 

 ユースティティアの首筋に何か、熱いものが触れる。

 思わずユースティティアは叫んだ。



「いやぁあああああああああああ!!!」


 視界が赤く染まった。







 

「ふむ……これはまた、派手にやらかしたな」

「ご、ごめんなさい……」


 しゅん、とした様子でユースティティアはグナエウスに頭を下げた。


 グナエウスの目の前には、家具が散乱し、木片が当たりに飛び散り、壁紙がズタズタに引き裂かれ、そして床が捲れ上がった……


 酷い惨状の部屋が広がっていた。


 グナエウスは軽く杖を振り、ゴミを一纏めにする。

 

「家具は買い替える必要があるな。壁紙はどうする? 同じ、蛇のやつで良いか? それとも、また一緒に買いに行くか?」


 グナエウスが聞くと、ユースティティアは恐る恐るという表情で尋ねた。


「お、怒らないんですか?」

「わざとやったのか?」

「い、いえ……わざとじゃないです……」

「なら、怒っても仕方がないだろ」


 怒って治るなら怒るつもりだが……

 魔法力の暴走は怒ったところで、治るようなものではない。


「ただ……少なくとも治るまでは、あまり大きな家具は置けないな。怪我をするかもしれない。あと、今度からはしっかり壁に固定しておこう。それで幾分か、マシになるはずだ。とにかく、今回は怪我がなくて良かったよ」


 グナエウスはユースティティアの頭を撫でて、そう言った。

 一先ず、グナエウスに嫌われていないということが分かったユースティティアは、ホッと一息つく。


(で、でも……何度も、繰り返したら……)


 堪忍袋の緒が切れる。

 ということもあり得るかもしれない。


 ユースティティアはグナエウスが怒り狂う様がまるで想像できなかったが……怒った姿を見たことがないからこそ、逆に怖かった。

 

「ど、どうすれば治りますか?」

「うーん……放っておけばそのうち、治るんじゃないか? 規模は大きいが、おもらしみたいなものだからな」


 そう言ってグナエウスは笑った。


 魔法力の暴走は、まだ魔法力の制御が未熟な子供がよく起こす現象だ。

 特に魔法力が発現したばかりの、三歳から六歳ほどの児童はよく暴発させる。


 ユースティティアは七歳なので、魔法力を暴走させる年齢としては高い方だが……

 全くあり得ないわけではない。


(まあ……十二、三歳まで治らなかったら医者に見せた方が良いかもしれないが)


 魔法力の暴走。

 というと、大袈裟に聞こえるかもしれないが要するにおねしょのようなものだ。


 七歳という年齢を考えれば、そこまで深刻に捉える必要もないだろう。

 とグナエウスは考えていた。


 が、しかしユースティティアにとっては深刻な問題である。


「孤児院にいた時は、こんなことなかったんです……ここに来てからはもう三回目です……」

「それはお前に体力がついたからだよ。力が有り余っているんだ」


 孤児院にいた時、ユースティティアはまともに食べることができなかった。

 肉体的にも精神的にも追い詰められた状態で、体力がなかった。

 そのため無意識のうちにユースティティアの魔力は、ユースティティアの肉体と精神を維持するために使用されていた。

 また魔力と体力には密接な関係がある。

 そのため、空腹時には魔力の量も減る。


 孤児院にいた時、ユースティティアの魔力は常に枯渇した状態で、よほどの生命の危機にでも陥らない限り、その魔法力が表に出ることはなかったのだ。


「まあ、元気だって証拠だな」

「……」


 能天気なグナエウスに対し、ユースティティアは不満そうな、あまり納得してなさそうな表情を浮かべた。


「不満そうだな」

「っひ……ご、ごめんなさい!」

「……どうして謝るんだ?」


 何気ない一言で怯えた様子を見せるユースティティアに、グナエウスは首を傾げた。


「魔法力が暴走する理由は、二つある。一つは魔法力の制御が未熟だからだ」

「それは……私が悪い子、ということですか?」

 

 不安そうにユースティティアが言うと、グナエウスは苦笑いを浮かべた。


「悪い子……かどうかはともかく、平均よりは少し遅れているかもしれない」

「……」


 グナエウスの言葉に、ユースティティアは酷く落ち込んだ様子を見せる。

 

「私はやっぱり、落ちこぼ……」

「二つ目の理由は、魔法力が強大すぎるからだ」


 ユースティティアは顔を上げた。

 グナエウスは優しく、ユースティティアの黒髪を――かつての才気溢れる親友、そして仇敵そっくりの髪を―撫でてやる。


「つまりお前には魔法の才能があるってことだ。お前が俺が見てきた中で、才能だけなら一番かもしれない」

「で、でも……魔法力の制御が……」

「制御できるようになれば、お前は偉大な魔法使いになれるだろう。俺が保証する」


 グナエウスはそう言ってから、ユースティティアの眼鏡を外した。

 青色の瞳が、赤色に変色する。


「魔力が見えるだろ?」

「……はい、赤い粒みたいなのが」

「……俺はお前がどんな風に魔力が見えているのかは分からん。が、魔力を可視化できるというのは大きな利点だ。魔眼は確かに危険だが、同時にお前にとっての武器でもある。魔力が見えれば、その制御も容易だろう」


 グナエウスはかつての仇敵の、親友の姿を思い浮かべる。

 眼鏡を外し、爛々と赤い瞳を輝かせている時の彼はとてつもなく強かった。


 あれだけ強大な魔法力を持ちながら、繊細な魔法力の制御までやってみせる。

 まさに才能の塊のような男だった。


 学生時代は、その才能を羨んだものだとグナエウスは思い返す。


「魔法力の制御を中心に、訓練していこう。俺も時間を見つけて、付き合ってやる」 

「……ありがとう、ございます」


 どうしてこの人は、自分なんかにここまで親身になってくれるのだろうか?

 ユースティティアは不思議で仕方がなかった。


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