第十五話 奴隷の友達
「ん……今、どのあたりですか?」
ユースティティアは砂山に手を入れながら言った。
向かい側のアルミニアは答える。
「多分、あとちょっとです……あ!」
二人の手が砂の中で繋がる。
トンネルの完成だ。
揃って満面の笑みを浮かべる二人の少女。
「お嬢様、アルミニア。おやつの時間……の前にお風呂に入りましょうか」
召使奴隷が二人を見て言った。
二人は自分たちの泥だらけの姿を見て……笑いあった。
「ご主人様は甘い物がお好きなんですか?」
甘いお菓子を嬉しそうな顔で食べる自分の主人に対し、アルミニアは尋ねた。
するとユースティティアは何故か頬を赤くして、首を横に振った。
「ち、違います……た、ただ、出されたから食べてるだけです」
「そうですか? じゃあ私に一個……」
「ダメです!」
ユースティティアは自分の皿を守ろうと、皿を体で覆い被さる。
そんなユースティティアの様子を見て、アルミニアはケラケラと笑った。
揶揄われたことに気付いたユースティティアは顔をますます赤くした。
「あ、あなたは……主人に対して、無礼です!」
「おや、ご不快に思われましたか? それは申し訳ございません」
「い、いや……良いんですけど……」
ユースティティアは頬を掻いた。
そんなユースティティアに対し、アルミニアは尋ねた。
「ご主人様はどうして奴隷に対してまで丁寧語で話すのですか?」
「……癖です。直す必要がありますか?」
「いえ。ご主人様がそれで良いなら、それで」
アルミニアは首を左右に振った。
なお、ユースティティアが丁寧語で話すのは孤児院時代からの癖だ。
態度が生意気、という理由で殴られたりしないようにできる限り低姿勢で話すようにしてきた結果、骨の髄まで沁み込んでしまったのだ。
もっとも癖を直すのは手間だし、誰に対しても丁寧語で話すというのは決して悪いことではないので、ユースティティアは直すつもりはなかった。
「おやつの時間か」
男性の声に、二人は振り返った。
そこにいたのはこの屋敷の主人である、グナエウスだった。
「仲良くしているようで、良かったよ」
グナエウスは安心したように言った。
友達なんて孤児院にいなかった、虐められることはあっても一緒に遊んだことなんて一度もない。
などというユースティティアが、ちゃんとアルミニアと遊べるか心配していたが……
思ったよりもアルミニアが社交的な性格だったおかげで、ユースティティアもちゃんと打ち解けることができたようだった。
「はい。ご主人様にはいつも遊んでもらっています」
悪戯な笑みを浮かべてアルミニアは言った。
グナエウスは思わず苦笑いを浮かべ、そしてユースティティアに言った。
「遊んであげているのか? ユースティティア」
「……アルミニアが遊びたいというから、仕方がなく、です」
あまり素直ではない少女は、「私が遊んでやっているんだ」と主張する。
ユースティティアにはどうやら「大人になりたい願望」のようなものがあり、遊ぶのは子供のすること、という認識があるようだった。
まあ、「大人になりたい」と思っているうちは子供なのだが……そのことに気付けるほど、ユースティティアはまだ大人ではなかった。
「ところでお父様」
「どうした? ユースティティア」
「そろそろ、魔法を教えてください!」
ユースティティアは興奮気味に言った。
「魔法」という技術に強い憧れを抱いているようだった。
「まあ……俺もしばらくは暇だから良いが……遊ぶ時間は減るぞ?」
「……それよりも勉強の方が大切です」
グナエウスは内心で首を傾げた。
ユースティティアの表情は、「本当はもう少し遊びたい」と思っているように見える。
だが……妙に勉強に関して強い強迫観念を抱いているようだった。
まあ、本人勉強も決して嫌いなわけではない、むしろ好きというのもあるようだが……
それにしても、どうしてそこまで学ぶ意欲があるのか、グナエウスには分からなかった。
子供は勉強が嫌い、嫌がるだろう。
それがグナエウスにとっての子供像だ。
「勉強をしなければならない!」と勉強熱心なのは悪いことではないが、どういう心理なのは少し気になる。
読心術を使えば分かるかもしれないが……
ユースティティアは未成熟だが、魔法使いの子供だ。
下手に読心術を使い、見破られるようなことがあれば……グナエウスとユースティティアの関係は間違いなく破綻するだろう。
「じゃあ、ご主人様が魔法の勉強をしている間、私は読み書きの予習復習をしています。ご主人様に負けたくないですから」
「……すぐに追い抜かしますよ。待っていなさい」
奴隷商人に読み書きや計算を習っていたアルミニアは、ユースティティアよりも勉強に関してはリードしている。
が、それはユースティティアにとっては悔しいことだったようで、ユースティティアはアルミニアは追い付け、追い越せと言わんばかりに勉強をしている。
アルミニアも年上としての沽券があるようで、それに焦っているようだった。
(……まあ切磋琢磨できるのは良いことだが)
普通の子供というのは、こんなに勉強熱心なものなのだろうか?
グナエウスは首を傾げた。
「やっぱり、あの子はあいつの娘だな……」
その夜。
書斎でグナエウスは一人、呟いた。
思い返しているのは、今日のユースティティアにとっての初めての「魔法」の実習だ。
グナエウスが想定していたよりも、魔法の授業は進んだ。
つまりそれだけユースティティアは優秀だったのだ。
褒めれば褒めるほど、ユースティティアは嬉しそうに笑い、ますます良い結果を出す。
それを褒めれば……さらに意欲的に魔法に取り組む。
「神童ってやつだな。この分なら、遅れはすぐに取り戻せそうだ」
学校に入学するまで、あと三年。
それだけの時間があれば、最低限必要な学力に加えて、学校の授業の予習までできるだろう。
グナエウスは少し安心する一方で……
やはり不安を覚えていた。
ユースティティアがあまりにも「勉強をすること」に意欲的なことに。
「旦那様。アルミニアです」
「おお……入って良いぞ」
グナエウスは入室の許可を出し、アルミニアを部屋に入れた。
グナエウスはアルミニアに尋ねる。
「単刀直入に聞くが……ユースティティアはどうして、あんなに勉強をしたがるんだ? 知っているか?」
「はい。……断片的に、ではありますが、ご主人様の口から」
「ほう……」
どうやら幼馴染奴隷には話せて、グナエウスには話せないことのようだ。
以前、グナエウスはユースティティアに直接聞いてみたが……はぐらかされてしまった。
「教えてくれ」
「それは……できません」
「どうして?」
「旦那様には言わないで欲しいと、ご主人様から」
「そうか……」
一応、法的にはアルミニアはグナエウスの奴隷だ。
だから無理に聞き出そうと思えばできるが……グナエウス自身がアルミニアに対し、「ユースティティアに仕えろ」と命じているのにも関わらず、主人を裏切るように強制するのはよくないだろう。
「じゃあ教えられる範囲で教えてくれ。俺もあの子のことが心配でね」
「……良い子でいなければいけない、とお思いになられているようです。頭が良く、聞き分けの良い子でいなければいけない、と」
「それは……あの子が養子だからか?」
グナエウスが尋ねると、アルミニアは首を横に振った。
「少し違います」
「……そうか」
アルミニアを退出させた後、グナエウスは一人呟いた。
「子育てってのは面倒だな」