第十四話 奴隷の少女
「っひひひ……旦那、今日はどんなご用件ですか?」
奴隷商人の男が揉み手をしながらグナエウスに言った。
奴隷商人は浅黒い肌の黒人の男で……少なくとも生粋のレムラ人ではないことは確かだ。
もっとも……レムラ人ではないが、彼はレムラ共和国の市民権を持つレムラ市民だった。
服装から、この男が魔法使いであり……
そして経済人階級である騎士階級であることがわかる。
グナエウスはこの奴隷商人の常連客だった。
「今は丁度、生きのいい労働用奴隷が揃ってますが……」
「今日は労働用奴隷を買いに来たわけではない」
グナエウスは大規模農園を経営しているため、そこで働く労働力となる奴隷を必要としているが……
今日はそれを買うために来たわけではなかった。
「ではどのようなものをご所望で?」
「……そうだな。年は十歳くらいかな? 八歳以上、十一歳未満程度の女の子。利発で、社交的な子を買いたい」
「へぇ……旦那にそんな趣味があるとは知りませんでしたよ」
ニヤっと笑う奴隷商人を、グナエウスは睨んだ。
すると奴隷商人は肩をすくめる。
「おお、怖い怖い……分かっておりますとも。ええ、あなた様が例のあのお方の娘を引き取られた話は聞き及んでいます。お求めなのは幼馴染奴隷ですね?」
「ああ、そうだ」
レムラ共和国の富豪は自分の子供が一定の年齢に達すると、奴隷市場から自分の子供に近い年齢の子供を買ってきて、自分の子供の遊び相手にするのだ。
それだけではなく、自分の子供と同じ机で勉強させ、読み書きや算術などを習わせる。
富豪の子供と奴隷の子供はそうやって過ごすことで仲良くなり、両者の間には強固な主従関係が生まれる。
それが幼馴染奴隷という制度だ。
具体例はグナエウスの奴隷のペダニウスである。
幼少期をグナエウスと共に育ったペダニウスは、今ではグナエウスの側近中の側近だ。
「条件に当てはまる奴隷の子供なら、それなりに揃っていますよ。ところで、特に人種に関する拘りはありますか? グラキア人が良いとか、肌は白とか、黒が良いとか……」
「特にないな。色なんぞ、些細な問題だ」
「グラキア人でなくても良いのですか?」
グラキア人の話す、グラキア語は国際的な共通語である。
そのためグラキア語を話せる奴隷は重宝される。
「グラキア語はペダニウスが教えるから問題ない。それよりも人間性を重視したい。あと……頭の良さだ」
グナエウスの目から見ても、ユースティティアは非常に利発だ。
そんなユースティティアについていくには、それなりに頭の良い子である必要がある。
「そうですね……それなら、丁度良い子がいますよ」
そう言って奴隷商人の男は、グナエウスを奥へと案内した。
一番奥の部屋の前でグナエウスに待つように言い……奴隷商人は鍵を開けて、部屋の中に入る。
「二十三番、お客様だ」
そう言って奴隷を呼び出した。
奴隷商人が呼び出した奴隷、二十三番は……金髪碧眼の可愛らしい容姿の女の子だった。
「お客様だ。名乗れ」
「はい……私はアルミニアと申します、お客様。出身地はゲルマニアです。レムラ語と、それと簡単なグラキア語ならば話すことができます」
流暢なレムラ語を話すゲルマニア人の少女に、グナエウスは目を見開いた。
「凄いな……レムラに来てからどれくらいの時間が経った?」
「この国に来たのは二年前です。お客様」
グナエウスは視線を奴隷商人へと移した。
「随分と丁寧に育てたな」
「見ての通り、可愛らしいでしょ? それに頭も良い。ですから高級娼館にでも売ろうと考えていましてね。あと一年ほど育ててから、高値で売り払おうと思っていましたが……旦那が買いたいのであれば、お売りしますよ? もっとも……それなりの金貨は支払って貰いますがね」
グナエウスは少し考えてから、背後に黙ってついて来ていたペダニウスに尋ねた。
「どう思う?」
「そうですね……この子から、ユースティティアお嬢様と並んで歩いても見劣りしないかと。美人主従って、良いですよね」
「俺は見た目ではなく、中身の方を聞いているんだがな」
グナエウスはため息をついた。
それから、護衛としてついてきた黒人の奴隷であるマルクスと、白人の奴隷であるフラテウスにも聞いてみる。
「マルクス、お前はどう思う?」
「利発そうですし、良いのでは? お嬢様にはライバルも必要かと」
「フラテウスは?」
「私もペダニウスさんやマルクスと同じ意見ですね。出身地が同じなのも、好感が持てますし」
フラテウスの出身地も、アルミニアと同じゲルマニアだ。
もっともゲルマニアは広いので、同じ部族の出身かどうかは分からないが。
「値段はいくらだ」
「そうですね……旦那は常連ですし、少しサービスして……」
そう言って奴隷商人はグナエウスに価格を提示した。
思わずグナエウスは眉を潜める。
「高いな」
「言ったでしょう? 高級娼館に売る予定だったと……養育費も掛かってますしね。どうします?」
「……まあ、良いだろう」
下手に安い奴隷を買うよりも高い奴隷を買った方がユースティティアのためだと思い、グナエウスはその値段で承諾した。
「服を脱がして、確かめたくてもよろしいのですか?」
「俺はお前を信用している。お前は傷物や不良品を売らない。そうだろう?」
グナエウスはそう言うと、奴隷商人は笑みを浮かべた。
「救国の大英雄にそう言って貰えると嬉しいですなぁ。……ちなみに私も旦那ことを信用していますよ? 旦那は奴隷を大切に扱ってくれる。……二年も養育していると、多少なりとも情が沸くのでね」
などという奴隷商人。
もっとも……グナエウスはこの男が、あくまで奴隷を家畜として、商品としてしか扱っていないことを知っている。
奴隷を虐待する者には奴隷を売りたくはない……
が、金貨を積み上げられれば、この男は何だかんだで誰にでも奴隷を売るだろう。
そして自分が売った奴隷が死んだという報告を聞いたら、少しは嘆くだろうが……
翌日にはきれいさっぱり忘れていることだろう。
奴隷商人とはそういう類の人間なのだ。
良くも悪くも。
「ご主人様、私の仕事は何でしょうか?」
グナエウスの屋敷に向かう途中、アルミニアはグナエウスに尋ねた。
「お前の仕事は遊ぶことだ」
「遊ぶこと?」
「幼馴染奴隷だ。聞いたことあるだろう?」
「なるほど……」
アルミニアは頷いた。
その表情には少し安堵の色が見えた。
……性的な奉仕をするよりは、幼馴染奴隷の方が数段気が楽だからだ。
もっとも、『高級娼婦』になれる奴隷など、レムラ共和国の奴隷の中では一握りの幸運な部類なので、アルミニアの安堵は多くの女奴隷からすれば、贅沢なものだろう。
「それと俺のことは旦那様と呼べ。お前の主人はこれから引き合わせる女の子だ」
「分かりました、旦那様」
アルミニアは頷いた。
「ユースティティア……お前の主人となる女の子の名前だが、あの子には友達がいない。だからお前が友達になってやってくれ」
「はい、わかりました」
「我儘を言ったら、姉として叱ってやってくれ。あの子は七歳で……君よりも三歳年下だからな。喧嘩もして良いぞ、仲直りするのが前提だがな」
「……そんなことで良いんですか?」
「ああ、大丈夫だ」
もとより、十歳の女の子にまともな子守など期待していない。
友達になってくれさえすればいい。
幼馴染奴隷とはそういう存在だ。
グナエウスも幼馴染奴隷のペダニウスと、昔はよく喧嘩をした。
「ただ、暴力を振るうのは控えろ。あの子は暴力にはトラウマがある。……孤児院で虐められたらしくてな」
それからグナエウスたちは、アルミニアに必要な日用品を揃えながら……
ユースティティアという少女が、どのような子なのかをアルミニアに教えてあげた。