表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/27

第一話 周回遅れの運命

 二月十四日。

 レムラ共和国の首都レムラ市は、恋人たちの祭り、ルペルカーリア祭で賑わっていた。


 多くのカップルが街を行きかう中、一人の男が街を歩いていた。


「俺もそろそろ身を固めなければならないのかね……」


 そして雪の中、いちゃつくカップルを見ながら呟く。

 男の名前はグナエウス・ラットゥス・ウィリディス・マグヌス。


 レムラ共和国、最強の魔法使い。

 そして救国の大英雄である。


 偉大な(マグヌス)の二つ名を持つこの男は、三十五歳にもなって結婚していなかった。

 というのも、ちょっとした女性不信を持ち合わせているからだ。


 昔、大親友に裏切られて婚約者を寝取られたのだ。

 それがトラウマとなっていて、いまいち結婚する気になれなかった。


(しかし……こんな日に出かけるんじゃなかった)


 グナエウスはため息をついた。

 辺りにはカップルや家族連ればかりで、男一人で歩いているのはグナエウスだけである。


 少し気恥しい気持ちになった。


 気不味さから、グナエウスは道路の脇道に視線を移した。

 そこでグナエウスは何かを見つけた。


 最初はぼろ布が道に落ちているのではないかと思った。

 しかし……よく見ると、ぼろ布を纏った人間だった。


 その大きさから、子供であることが一目で分かった。


「行き倒れか……」


 子供の行き倒れなど、珍しくはない。

 七年前の内戦が終わった後も、レムラ共和国は戦争や内戦を繰り広げており、親に死なれて天涯孤独の身となる子供は多かった。


「埋葬くらいはしてやるか」


 このまま犬猫に食べられるよりはマシだろう。

 グナエウスはそう思い、子供に近づいた。


 すると……


 ピクリ、と子供の指が動いた。

 まだ生きている。


 グナエウスは子供に駆け寄り、その青白い頬を軽く叩いた。


「大丈夫か? 意識はあるか?」

「……っ、ふぅ」


 返事はなかったが、小さな呼吸音がした。

 グナエウスはうつ伏せで倒れ、雪に半分埋もれていた子供を抱き上げる。


 そしてその顔を確認した。

 その子供は女の子だった。

 頬はこけ、痩せてはいるが……その顔立ちはとても美しい。

 短く切られた黒髪が、雪に濡れて頬に張り付いている。


「な……どういうことだ、なぜ、お前が生きている……わけないか。でも、どうしてティベリウス・バシリスクス・アートルムにこんなに似ているんだ……」


 その少女はかつての大親友。

 そして独裁者としてレムラ共和国を支配し、グナエウスの家族を殺し、婚約者を奪った男にそっくりだった。


 しかも……それだけではない。


「……目元は、ミネルウァにそっくりだ」


 ミネルウァ・ウルーラス・カエルレウム。

 グナエウスのかつての婚約者の面影が、少女にはあった。


(……まさか、二人の子供? そんな、はずがない!)


 グナエウスがそう思っていると……

 少女が目を開いた。


 その目を見て、グナエウスは息を呑んだ。


(……紅い)


 真紅の魔力反応光と魔法陣を宿した瞳。

 魔力を可視化する魔眼。

 『叡智の瞳』、アートルム家の血筋の者に現れやすいとされる瞳。


 元大親友。

 あの残忍残虐な独裁者が宿していた双眸と、全く同じ色の瞳。


(間違い、ない)


 この少女はティベリウス・アートルムとミネルウァ・カエルレウムの娘だ。

 グナエウスは確信を抱いた。


 グナエウスの心のうちから憎しみが湧き出てくる。

 少女を手放そうとした、その時。


「……た、す、……け、て」


 少女はグナエウスを見ながら、そう言った。

 グナエウスは唇を噛み締めた。


 そして布切れのように軽い少女を抱き上げ、空を見上げる。


「神よ……俺はあなたを恨むぞ」


 グナエウスは家路を急いだ。








ご主人様(ドミヌス)、お帰りなさいませ。……ところで、その子供は?」

「拾ってきた」


 グナエウスは奴隷長のペダニウスにそう答えた。

 そして少女をペダニウスに託す。


 ペダニウスは眉を潜めた。


「ご主人様、拾ってきたとおっしゃられますが……人間と犬や猫は違いますよ?」

「分かっている。良いから、その子の体を温めてやってくれ。このままだと寒さで死ぬ。あと、食事だ。胃に優しいものを用意しろ」


 グナエウスは一方的に命じると、薬湯を煎じるために研究室に消えてしまう。

 ペダニウスはため息をついた。


 そして少女の顔を見て、ハッとする。


「……まさか」


 幼い頃からグナエウスに仕えていたペダニウスは、当然ティベリウス・アートルムとミネルウァ・カエルレウムの顔を知っていた。

 その二人に……少女の顔はとても似ていた。


「ああ、神よ。あなたは我が主人に、どれほど試練を課せば気が済むのですか」






「……ここは?」

「気が付いたか?」


 グナエウスは目を覚ました少女に対し、できるだけ優しく語り掛けた。

 そうしなければ心の中に渦巻く、ドロドロした感情が声と表情に出そうになってしまうからだ。


 少女は、その忌々しいと思わずグナエウスが思ってしまう、真紅の瞳でグナエウスを見つめた。


「あなたが……助けてくださったんですか?」

「まあ、そういうことになる。とりあえず、これを飲みなさい。ゆっくりとね……体が温まる」


 グナエウスは煎じた薬湯を少女に手渡した。

 少女はスプーンを使い、薬湯を口に運ぶ。

 そして全て食べ終えたのを確認してから、グナエウスは奴隷に食事を運ばせた。


 湯気の立つ、小麦の粥を見た少女の瞳が揺れ動く。

 奴隷から粥を受け取ると、少女はそれを一気に食べようとする。


 グナエウスはそれを慌てて制して、ゆっくりと食べるように言った。


 言われるままに……しかしそれでも早いペースで匙を口に運ぶ少女に対し、グナエウスは言った。


「取り合えず、食べれるだけの元気はあるみたいだな。食べながらで良いから、教えてくれ。君の名前はなんだ?」


 少女の手が止まった。

 少女は少し考えてから……答えた。


「ユースティティアです」

「なるほど、正義か」


 自分の娘に「正義」を冠する女神の名前を付ける。

 ますますあの男(・・・)らしいと、グナエウスはその表情を歪めた。


「氏族名と家族名を教えて貰えないか?」

「………………ユースティティアです」


 ユースティティアは再び、自分の個人名を口にした。

 氏族名と家族名は言う気はない。

 という意思表示である。


(やはり、あの男の娘か)


 ティベリウス・アートルムの名前は、あの男が死んでから七年経った今でも恐怖の象徴として、レムラ共和国では恐れられている。

 そうそう口にできる名前ではない。

 

「保護者はいるか?」

「…………………………いない、です」


 嘘だな、とグナエウスは思った。

 が、しかし病み上がりの女の子から無理に聞き出そうとは思えなかった。


「言いたくなったら、教えてくれ」


 グナエウスはそう言って立ち上がり、ユースティティアに与えた部屋から立ち去った。


次回更新は六時の予定です

面白い、続きが読みたいと思って頂けたらブクマ、評価等を頂けると励みになります


感想も頂けると、作者としては大変うれしいです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ