墓参り
「源蔵さんさ、幽霊って見たことある?」
「幽霊? いや、ないぞ」
オレの質問は唐突で脈絡が無かったけど、源蔵さんはイヤな顔ひとつせず答えてくれた。
運転中だからと無下にしないあたり、本当に源蔵さんらしい。
「なんだ? 仁、お前はあるのか?」
「いや、ないけどさ」
オレは何気なく窓の外に視線を移す。
窓の外には緑色に生い茂っている雑木林が広がっていた。
自ら見といてなんだが、思わず舌打ちしたくなる。
オレははっきりいって植物が嫌いだ。
皮肉な話だが人類の減少と共に緑地面積は次々と広がっているという。その事実が癒しよりも威圧をオレにかけて来るからだ。
『お前が頑張らないと、地球は緑で覆い尽くされてしまうぞ』
そんなイマジナリー人類の声が今日もオレを責め立てる。
そして何より、オレはそんなどうでもいい細事に気を取られている自分が、何より嫌いだった。
「仁、着いたぞ」
そんなとりとめのないことを考えていたら、いつの間にか車は目的地に到着していた。
気は全く進まないが行くしかない。
「源蔵さん、オレさ」
「うん?」
「幽霊ってヤツに会ってみたいんだ。それで死んだらどうなるのか、教えて欲しいんだ」
もしかしたら死後の世界は恐怖もしがらみもない、現実よりもバラ色な世界なのかもしれない。
だとしたらオレも少しは気が楽になるだろうから。
「……会えるといいな」
オレの気持ちを汲んでくれたのか、源蔵さんの声のトーンはとても優しかった。
そして先に降りてオレ側の扉を開けてくれる。
「ホラ、掴まれ」
ヤベェ、すげぇ気をつかわせちまってるな。
オレは手で断りを入れ、ゆっくりと車外へと身を乗り出す。
「大丈夫なのか?」
「なにが? もしかしてコレのこと? 大丈夫だよ。ちゃんと見えてるからさ」
「そうか……」
朝から何度も説明しているのだが源蔵さんは全く信用していないようだ。
……いや、違う。きっとこれは心配ってヤツだな。
「本当に大丈夫だからさ。それよりちょっとかかると思うけどどうする?」
「車の中で待っているよ。気にしなくていいからゆっくりしてこい」
「ああ、そう。そんじゃ、ま、お言葉に甘えて」
その場にいるとまた気を使わせてしまいそうだったから、オレはさっさと源蔵さんに背を向けて歩を進める。
そして数メートル先で立ち止まる。
出た。これこそが今朝からの憂鬱の根源。
心臓破りの超階段だ。
戦い敗れたギシンが眠る本殿にたどり着くには、このアホみたいな段数のアホアホ階段を上りきらなければならないのだ。
前来たときは途中まで数えていたけど、500段を超えたあたりからアホアホアホらしくなってやめてしまった。
ここにギシンの墓をつくろうって言ったヤツ、間違いなくアンチだよね?(確信)
だが、ここで立ち止まっていたら源蔵さんが介助を申し出てきそうだ。
この上は聖跡とされているからギシンを含む少数の関係者以外が立ち入ることはご法度とされているし、何より他の弟妹たちの前でオレだけ親同伴なのはちょっちカッコわるい。
「はぁ~仕方ねぇ……行くか」
ええカッコしいのオレは諦めて地獄への一歩を踏み出すのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
十分後
「ぜはぁ~ぜはぁ~~~」
こ、こんなキツかったっけこの階段?
極力運動(ソフトボール含む)を避けていたオレの体は想像以上に衰えていたようだった。
おまけに頭上から降り注ぐ殺人太陽光が信じられない速度で体力ゲージを削っていく。
ど、どこかで涼をとらなければ、墓参りの前にオレ自身が祀られてしまうことになる……
そんな命の危機をビンビンに感じ取っていたオレは、数段先の踊り場でいい感じの木陰が広がっているのを見つけた。
と、とりあえずあそこに避難しよう。
最後の気力を振り絞り、膝を動かし彼の地を目指す。
そしてようやく聖地サンクチュアリにたどり着きそう、というところで
「もしかしてお前……仁、か?」
先客に声をかけられた。
「うぉっ」
そのとき、緩みかかった気と予想外の人物の出現に驚いた相乗効果によって、オレは見事バランスを崩し、その結果―――
―――重力に引かれ頭から落下する―――
「危ないっ!!」
パシィ!!
右腕を力強く掴まれる。
どうやら階段落ちは披露しなくても大丈夫のようだ。
「サ、サンキュー誄るい」
「はぁ、お前、どれだけドンくさいんだよ」
その言葉には数年ぶりに兄に再会した喜びというよりは、ただただ残念な者に対する侮蔑の意思しか感じとれなかった。
お兄ちゃん、ちょっと悲しい。
だったら仕方ねぇ。
秘儀≪久しぶりにあった親戚のおじちゃん風絡み≫で誄の心をバッチリ掴んでやるとするか。
「いやぁ、悪い悪い。まさかこんなところにこ~んなべっぴんさんがいるとは思わなくってさ。驚いちまったよ」
「やっぱり落ちとけ」
だが、誄には効果がない! むしろ逆効果だったようだ!!
オレの右腕を掴んでいた誄の左手がそっと離される。
「ウソウソウソウソすげぇ不細工な女がいたからビビッちまっただけだよ!! この世の存在とは思えない程醜くてもう今にも吐き出しそうなんだ。本当だからさ!! 信じてくれよ!!」
パシィ
再び右腕が掴まれる。分かってくれたんだね誄。
「気が変わった。お前はボク自身の手で○す。我が神威その身でとくと味わうがいい」
うそ~ん。美人って言ってもダメで不細工って言ってもダメなの???
どっちに転んでもダメなパターンのヤツなの!?
い、いったい正解はどれなんだよ……
素人も素人な童貞ボーイに女心の機微など分かるはずもなかった。
こうして、何の活躍も見せることなく、オレの短い生涯はあっさりと幕を閉じたのだった。
……………
BAD END63 ~墓参りに来たと思ったら自分の墓穴を掘っちまった!!?~ 完
「……まったく、相変わらずふざけた男だ。いったい誰に似たんだか……」
もちろん誄は神威で人○しなんて無茶はしなかった。セーフ。
快く救助(睨み付けながら正座をさせられ悪口を言われ続けること数十分)してくれ、そしてオレは久しぶりの妹との再会を心の底から喜んでいたのであった。
死村 誄
花も恥じらう女子高生。トキノとはまた違ったタイプの本当に美人さんだ。
そして何よりも特徴的なのは―――
「……なんだ人の顔をジロジロ見て。ボクの顔に何かついているのか?」
コイツは世が世なら覇権を取ったであろう天然のボクっ娘なのだ。
いや、ホントにいるとこにはいるんすよ。これが。
で、あと数年もしたらきっと枕に顔をうずめながら「あぁ“”~~~~~~~」とか叫びだすに違いない。そんな未来?も含めてかわいいオレの妹だ。
「いや、何かあるわけじゃないけどただ平気そうな顔してるなぁ~と思って」
「当たり前だろう。普段のトレーニングの方が数倍キツイからな。この程度の階段で音を上げるなんてお前、相当に終わってるぞ」
ちなみにキレイなバラにはの言葉どおり、言動にもトゲが多いから要注意だ。
オレはすっかり忘れていたため今、大ダメージを負っている。
ひ、人に向かって終わってるって、言うなよぉ(泣)
「ま、まあいいや。それよりもう十分休憩できたからそろそろ行こうぜ。まだ半分も昇っちゃいないし」
オレはこれ以上傷つきたくはなかったので、誄に背を向け一歩を踏み出す。
「待て」
だが、一段目に足をかけたところで呼び止められる。
「なんだ? トイレならそこの木の裏が死角になってるうえに涼しいからおススメだぞ。ちなみにオレは毎回そこで済ましている」
「そんなどうでもいい情報はいらないっ!!……そうじゃなくてお前、まさかそのままいくつもりなのか?」
誄の目は笑っていない。表情も真剣そのものだ。
なんでそんな顔しているのか、理由なんて分かりきっている。
それでもオレは―――
「そのままって、まぁそうだな。せっかくネクタイもバッチリ決まってるんだからあえて崩す必要もないし。このまま行くよ」
「そんな事を言ってるんじゃない。お前ふざけてるのか。それとも本物のバカなのか」
「…………」
「ここ眠っているのは兄貴だけじゃない。メイやアイツだって眠ってるんだぞ。たとえそれが兄貴に追悼の意を表しているのだとしても、それは何のエクスキューズにもならない」
「…………」
「分からないのか? ……どうやら本物のバカのようだからハッキリ言ってやる。そ・の・似・合・っ・て・な・い・サ・ン・グ・ラ・ス・を・今・す・ぐ・外・せ・。同朋を弔うのにそんなふざけた格好は許されない」
誄はオレの顔に向けてビシッと指を突きつける。
その申し出に対してのオレの返答は決まっている。
「イヤだね。悪いが今日はこのまま行かしてもらう」
「なっ――」
絶句。誄はそのまま固まってしまう。
仕方ないだろう。
誄には申し訳ないが上にはギシン以外にも少数の財団参列者がいる。
ギシンの死という特秘を知っている連中。
おそらくかなりの上層部に違いない。
そんな奴らに余計な情報を与えたくはなかった。
今のオレのこの状態を―――
「…………でだよ。なんでなんだよ」
誄の呟きが風に乗って聞こえてくる。オレはその声に耳を傾けないよう前かがみになって進む。
そして数歩進んだところで
「……が悪いんだからな。お前が、お前がそんな態度だからっ」
誄のつぶやきがピタリと止まる。
そしてそれと同時に風が止む。
いや、違う。
風が、消えた。
「誄、お前」思わず振り返る。
「お前がいけないんだからな。そのサングラス、滅させてもらう」
誄の左手が上下する。
コイツの神威の正体は―――だれも知らない。
だが、今、間違いなく何かをされた。
バシュゥ
どうやらブリッジ部を消されたらしい。
支えを失ったサングラスが耳から外れて落ちていく。
その落下を止める術はオレにはない。
カランッ
「――――――お、お前」
誄の動揺が手に取る様に分かる。
そりゃそうだ。オレだって今朝鏡を見た時は腰を抜かしかけた。
裸眼となったオレと交わす誄の瞳は、動揺のためせわしなく揺れ動いていた。
「お前、その目」
それでも言葉を失いはしない。
強い女だ。感心する。
「その目、一体どうしたんだ――――」
緋色に染まったオレの目を見つめながら誄は切れ切れに尋ねてきた。
「……オレにも原因はまったくわからない。ただ、朝起きたらこうなっていた。時間も時間だしカラコンの手配も間に合わなかった。だから、悪いな」
誄に事情を説明してやる。
だが―――全てをではない。
源蔵さんたちにも原因不明と伝えていたが、実は、オレにだけはなんとなくこうなった理由が分かっていた。
連日連夜の神威の修行、そこで見え始めたオレの神威の新たな可能性。
チート能力。
きっとこの目はその兆しが見えたことによる影響なんだと思う。
昨日はそのことで興奮しっぱなしで眠りが浅かったことも原因の一つかもしれないが。
とにかく、もし、オレが思い描いていることが可能になるとしたら、それは、間違いなく――――
世界を救う究極の手段になる。
間違いなくオレは世界を救う救世主になるだろう。
でもそれは―――まだだれにもナイショだ。
「……じゃあ、先にいくぜ」
備えあれば云々という先人の教え通り、オレは胸元からスペアのサングラスを取り出し装着する。
明かりのトーンが一段下がる。
いい感じの暗さだ。落ち着く。
そして再び背を向け歩き出したオレを、誄が呼び止めることはその後一度もなかった。
墓参り 完




