第37食
首を動かし届く範囲のガレキをかじり続け、ようやく上体を少し起こせそうなくらいのスペースが確保できてきた。
よし、いいペースね……
わたしはさらに広範囲にかじりつこうと、身をよじってわたしに覆いかぶさっているセツコさんから体を引き抜こうとする。
「イタッ!!」
その時、右腕に激痛が走った。
「う、くぅ―――っ―――」
そのまま悶絶して動けなくなってしまう。
さっきはただ重みで動かないだけだと思っていたけど、どうやら違っていた、みたい。
折れてはいない……とは思う。
けど、もしかしたらヒビくらいは入っているのかもしれない。
それだけ、今まで味わったことのないような鋭い痛みだった。
二の腕から下がまったくいう事を聞かない。自分の腕じゃなくなっちゃったみたい。
「はぁ、はぁ、はぁ」
脂汗が滲んで、まぶたの隙間から入り込んでくる。
―――ものすごくしみた。
「くっ、くぅぅ」
本当に踏んだり蹴ったりで、最悪。
なにこの地味な追い打ち?
神さまはよっぽどわたしのことが憎いのね……
で も
負けないわよ。
この程度のことで。
「はぁ、はぁ、はぁ…………っ!! っっっっ!!! ああぁぁ~~~!! うわぁぁぁぁ!!!」
声のボリュームをマックスにして叫ぶ。
声は闇に吸い込まれるようにすぐ消えていったけど、それで嫌な気分はだいぶ晴れた。
よし、切り替えていくわよ。
「……セツコさん、ちょっとごめんね」
わたしは腕を使わず背中をイモムシみたいに前後させながら、セツコさんを動かさないようにもぞもぞとはい出る。
そして上体を起こして―――
ガンッ
だがすぐに頭を障害物にぶつけてしまう。
星が飛んだ。
「いったぁ~~~~」
なんてことなの。
かなり頑張ってかじりついていたのに、全然スペースなんて生まれていなかった。
すべてはわたしの勘違い。
わたしの本気は、まだ頭ひとつ分くらいの自由な空間しか生み出していなかった。
本当に何も見えない真の闇だから、感覚に頼るしかない。
こんな状況を体験したことなんてないから、だから勘違いするのは仕方ないとはいえ、まだこれだけしか……
こんなことって
「……うっ、うう」
これが最悪の選択だということは分かっている。
けど、どうしようもない。
瞳の奥からは涙が次々に湧いてきて
「ううぅ、ひっ、ひっ」
暗闇の恐怖が一気にわたしに襲いかかってきて
わたしは、わたしは
「うぅぅ、うええぇぇぇっ」
大声で泣き叫ぶ
「うぉえぇぇぇえろえろえろえろえろえろえろえろえろ」
前に思いっきり嘔吐していた。
そして
カラン
口から液体ではなく球体を吐き出す。
おえぇぇぇき、気持ち悪い、で、でも、そ、そう言えば、そうだったわ。
肝心なことを思い出す。
―――わたしの神威は常にこの球体とセットだった―――
これがいったい何なのか? なぜこんなモノが吐き出されるのか? 仕組みなんてまったく分からない。
ただ事実として、わたしが神威を使うたびに喉の奥からこの黒い球体が押し出されてくるのだ。
黒くてテカテカしてて得体のしれないこの球体、あまりの不気味さにわたしはひそかに≪グロ丸≫と命名していた。
そしてこのグロ丸を見ると憂鬱な気持ちになるから、正直、見るものイヤだった。
本当に一瞬たりとも視界におさめたくなんてない。
でも、今は目を離せない。
目を離せなかった。
だって、これ、黒くて、ワケが分からないけど
見ることが出来たから。
鼻先すら見ることが出来ない本当の闇の中で、
絵具で塗りつぶしたような真っ暗闇の中で、
グロ丸は仄かに光り輝いていたのだから。
「こ、これっ!!」
思わず手に取ってみる。
そして
ブルブルブルブール、ブルブルブルブール
感じた。
命の脈動を。
自分の知っている心音のリズムとはかけ離れていたけど、これは間違いなく生きている生物の鼓動だ。
わたしの手のひらにその脈動が伝わるたびに、うっすらとした光がグロ丸から発せられていく
それは、いつか見たネオンの輝きよりもずっとずっと美しかった。
これは……希望の光。
あまりの感動に、わたしはグロ丸をそっと口元に寄せる。
「ありがとう……」
ちゅっ
ブルブルブルブルブール、ブルブルブルブルブール
その瞬間、グロ丸の輝きが心なしか激しくなったような気がした。
うふふ、もしかしてこの子、オスなのかしら?
「この光さえあれば……」
先ほどまでの弱気はすっかり消え去っている。
やっぱり人は光を見ると安心するものなのね。
そしてわたしはグロ丸を持ち替えると周囲に向かってかざしてみる。
……想像していたよりもずっと深刻な状況が照らし出された。
崩れ落ちたレンガや木材は隙間なくビッチリとわたしのセツコさんの周りに敷き詰められていた。
梁?のような木材が縦に地面に突き刺さって、支え棒の役割を果たしてくれてなかったら多分今ごろ二人とも完全に押しつぶされていたに違いない。
なんて運が良かったのかしら。
そしてセツコさんは―――
「っ―――」
セツコさんのお腹から下はガレキの下敷きになっていた。
そしていつも神経質なくらい真っ白で汚れのないエプロンドレスは
全体的にドス黒い色に変わっていた。
これってまさか……血……?
「セ、セツコ、さん」
返事はない。
心なしか……死んでるようにも見え―――
「やっ、やだっ!!」
わたしは無我夢中でセツコさんを押しつぶしているガレキにかじりつく。
ガキッ、ガッ、ガッ
ボキッ、バキッ、ガキッ
唇が裂けて、口の中が血まみれになって、歯も何本か折れたけど、そんなことを気にしている余裕はない。
完全に分かった。
セツコさんのこの体勢、わたしに覆いかぶさるように倒れていたこの体勢、この人は間違いなくわたしをかばってこんな目に……!!
「絶対に助けるからっ!!」
…………
………
……
はぁ、はぁ、はぁ
どれだけ時間が経ったか分からない。
セツコさんをおしつぶしていたガレキはほとんど消し去ることができた。
でも、セツコさんは、セツコさんは
「こ、こんな、ヒドイ……」
セツコさんのキレイで細かった足は、つぶれてぺしゃんこになっていた。
本当にマンガみたいにのっぺりしていて、とても直視できない。
お腹の真横からは木材が飛び出ていて、そこから血がドクドクとあふれ出している。
それが白いエプロンドレスを染めていくのを、わたしはただ黙って眺めている事しかできない。
なんて無力、こんな、こんなことって
「……ぁ……ぅ……ぁ……」
「!!? セツコさんっ!? 大丈夫っ!?」
大丈夫なわけないけど、それでもわたしはそう聞くことしか出来ない。
セツコさんはまだ生きている。
けど、こんな状態じゃ遅かれ早かれ……
どうすればいいの? どうすれば?
わたしは絶望のあまり頭を掻きむしる。
その時
パラパラ
何かが落ちる音がした。
パラパラパラ
顔に細かい粒がぶつかってくる。
何―――と思っている内に音は激しくなっていき
パラ
パラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラ
どしゃ降りの雨のように降り注いでくる。
これってまさか――――
気づいた時には遅かった。
いや、気づけたとしても反応なんてできるワケがない。
一瞬の内に上からの圧力が高まり、
一気に闇が押し寄せてきてそして
パラパラパラパラズシャァーーーーーーーー
わたし達は再び崩落に巻き込まれていた。
その時―――
意識したわけじゃない。
ただ、わたしは無我夢中で闇に向かってあるモノを突き出していた。
それは自分の口から吐き出された黒い球体、希望の光、
グロ丸だった。




