★第34食
私はゆっくりと空を見上げて、そして目を閉じる。
胸の奥から知らない力が湧いてきて、熱い。
これって、もしかして。
もしかして……これが奥意の力なの……?
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ヨーコはすでに気づきかけている。
あとはもう黙って見守るくれぇしかこっちはやる事がねぇな。
……ヒマになっちまったし、とりあえず世話になったヤツに礼でも言っておくか。
「トキノ助かったわ。サンキューな。そんで悪かったな。悪者にさせちまってよ」
オレじゃヨーコをたきつける事はできなかった。
素直にそう礼を言うと、トキノは興味無さそうなツラをしながら
「別に」
そっけなくそう言い放った。
全くオレに似ず素直じゃねぇ妹だ。
「……私、都合が悪くなると泣く女ってそもそも嫌いだし。それに」
「それに? なんだよ?」
「ぜったいにこの世界には滅びてもらっちゃ困るのよ。だって私まだ仁と×××してな」
「あーっわーった、オッケー!! もういいぜ!」
礼が必要ないヤツも世の中にはいるって事をオレは初めて知った。一つ賢くなったぜ。
「……なによ? 自分から聞いておいて……失礼な男」
トキノは不満そうに口をとがらす。そういう態度は年相応のガキらしかった。
「で、今、いったい何が起きてるのよ」
「あぁん? まぁオレの予想が正しければすげぇモンが拝めるはずだ。楽しみに待ってな」
「スゴイもの?」
「ああ、そうだ。だって考えてもみろよ」
奥意は自分で気づかなきゃ意味がないからヨーコにはヒントしかやらなかったけど、トキノだったら問題ねぇだろう。
オレは気前よくネタ晴らししてやることにした。
「弓矢が9,000キロも飛ぶワケねぇだろ。ずっと自分の神威を勘違いしてたんだよ、アイツは」
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クソッ
ダメだ
何かが掴めそうで、掴めない。
強固なイメージが私の中に居座っている。
幼いころに見た遠的の映像。
髪を結わえ、姿勢を整えた美丈夫が、弓をしならせ矢を放つ。
ビュンッ
的中
あれが私の原体験。
モノを遠くに飛ばすという行為、イコール遠的、が私の中に刷り込まれてる。
それを覆すとしたら、並大抵のことじゃ無理だ。
だったら
やるしかない
「……うぉぉぉぉっ!!」
私は手にしていた弓を地面に叩きつける。
長年苦楽を共にしてきた相棒は、小さな抗議の音を上げながらいともたやすくポッキリと折れた。
ごめん。でも、こうでもしなきゃ私は変われないんだ。
弓を手放したことで自分の中で踏ん切りがついてきた。
お次は
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
今度は両手を襟にかけて一気に引く。
紐が解け、帯が緩み、袴が下に落ちる。
「きゃっ」
「さらし、か……いい趣味してんじゃねーか」
さらしの下はノーブラだからさすがに外さない。
人間の尊厳まで捨てる必要はないだろう。
あとは―――コイツか
少しの逡巡ののち、私は決意する。
両手を頭の上に持ち上げて、髪留めを外す。
バサリ
長年蓄えてきた髪が、重力に従って全身に広がる。
キレイな髪だった。我ながらほれぼれする。
でも―――
「兄貴、コレ、切ってくれないかな?」
メイもキレイだねって、よくほめてくれた自慢の髪。
でも、もういい。
変わるならもう必要ない。それに――――
…………ちょっと手入れも面倒だったしね。
「イイのかよ? オレは本職じゃねぇから適当カットだぜ?」
「かまわないよ。バッサリやってくれ」
「後で文句いうなよ。そらっ」
バシュバシュバシュバシュ
私の髪がはじけ飛び、消失していく。
後頭部に手を当ててみる。
ザラザラとした感触がした。
ものの一瞬で私はベリーショートになっていた。
………本当に不揃いで、長さも左右であってない。
きっと鏡を見たら声を失ってしまうほど酷い有り様だろう。
だけど――――
とってもいい気分だった。
本当に生まれ変わったかのような、そんな充足感が身体中を満たしていた。
これがきっと素の≪死村ヨーコ≫なのかもしれない。
私は胸に手を当てて、自分に問うてみる。
さあ、≪死村ヨーコ≫よ、教えてくれ。
私の神威は何だ?
私の神威は弓矢じゃない。
そうだ。
それは間違いないだろう。
弓矢じゃ海を飛び越え、遠くの≪終末獣≫まで届くはずもない。
なら、私の神威とは一体なんだ?
もっと違う、何か、別の力なのか―――?
その時、
本当に不意に、あの夜の事が甦ってきた。
メイが神威に目覚めたあの夜。
冷蔵庫の中身を食べ漁っている人物を、私は最初メイだと気づかなかった。
暴漢が物色しているものだと思い込んでいた。
あの時感じた恐怖感が鮮やかに甦ってくる。
そして、それと同時にその時の私の思考までもが、鮮明に思い出される。
そうか
そうだったのか
頭の中の回路がつながった感覚
これが私の本当の
こんな簡単な
――――とっくに答えは出ていたんだ。
私が見ていなかっただけで――――――
私の神威は――――――――
「…………分かったよ、兄貴」
「へっ、気づいたか。なら、とくと拝ませてもらうぜ。死村ヨーコ一世一代の大花火をよ!!!」
兄貴が歯を見せて笑う。
その横でトキノも微笑む。
もう、迷わない。
この力で世界を救う。
「任せな」
力の込め方は適当だ。
そもそも構造なんて知らない。
でも、間違いなく翔んでいく。
そして狙いをつけた敵を確実にせん滅する。虚構を作り出すメットなんてもう必要ない。
私の神威はそういう力だ。
大きく伸びをして、天を仰ぐ。
青空を視界に焼き付ける。
うかうかしてると視界がぼやけてきそうだったので、深呼吸して前を見据える。
彼方を、≪終末獣≫がいるであろう彼方の方角を。
喉が鳴る。
私が放つ最期の神威。
それは
弓矢じゃなくて、もっと強靭で、もっと強力で、そして―――この地球のどこにも死角がない最強の兵器。
そうだ私の神威は―――――
「私の神威は――――――ICBMだっっ!!!!」
瞬間、残命が巨大な質量と化して背後から放たれていったのを、感じた―――
かまわない。この≪終末獣≫だけはぜったいに仕留めてみせる。
その後ならば、真っ白に燃え尽きようとも私は―――
私は――――
後悔などしない―――――
…………………
……………
………
バタッ




