第23食
「……ヨーコ様。明かりをつけないと目を悪くされますよ」
照明の灯っていない薄暗い部屋。
唯一の光源は砂嵐を映し出しているテレビモニタのみだった。
「……やぁセツコさん。ゴメン、ちょっと気分じゃなくてさ」
「……失礼します」
許可を待たずに私は照明の電源を入れる。
主人の意にそぐわない行いである事は分かっていたが、この方もまだまだ子供だ。
私は大人としての責務を果たすことを優先した。
パチッ
室内が明るくなるとともに、ヨーコ様のお姿があらわになる。
雄々しかった黒髪は、今ではすっかり色を失って真っ白になってしまっていた。
頬はこけ、眼窩は落ちくぼみ、別人かと思えるほど憔悴しきった救世の乙女の姿がそこにあった。
「……まぶしいな」
「……何かお召し上がりになって下さい。お体に障ります」
朝・昼・晩に給仕した食事は、サランラップのまま手つかずの状態で机に放置されていた。
メイ様が神威に目覚めた夜から、ずっとこの状態が続いている。
「……ゴメン、とても食べれるような気分じゃない」
「おかゆを用意します。少しでも何か口になさってください」
「……いらないって。メイがあんな状態なのに……私が食べれるわけないだろ……」
ヨーコ様のお気持ちは、私には痛いほどによく分かった。
妹を思いやる姉の気持ち。
私にもかつて妹がいたからよく分かる。
けど、このままではメイ様より先に、ヨーコ様が倒れてしまう。
「メイ様は先ほど生きる決意をなされました。何も口にできない絶望的な状況にも関わらずに、です。ヨーコ様がそんな状態だと知ったら、きっとがっかりなされることでしょうね」
少し挑発的な言葉も混ぜて揺さぶってみる。
ヨーコ様はチラリと横眼で私を睨み付けると、
「……生きれるわけないだろ」
吐き捨てるようにそう告げた。
「……なぜですか? 現に水分や栄養は問題なく摂取できております。私の知人にも同じような状況の方がいましたが、その方は今でも」
「何も分かってないくせに気休めをいうなっ!!!」
ヨーコ様の怒声が室内に響き渡る。
数秒経ってから、ヨーコ様は謝罪を述べるでもなく、トツトツと語り始めた。
「……セツコさんは分かってないんだよ。分かるワケがない。だって普通の人間なんだから」
「どういう意味でしょうか?」
「……神威を使い続けるリスクのことを、分かってないんだよ」
「リスク?」
「……死村慈恩……覚えてるだろ? ≪終末獣≫を撃退した魔女が最後になんて言ったか?……もしかしたら予言も神威の力で行っていたのかもしれない。……とにかく、身の丈に合ってない神威を使ったことで、彼女は死んだ」
『私は、力を、使い果たしました』
あの時の放送は幼いながらも強烈に記憶に刻まれている。
そしてその言葉の意味することを察して私は言葉を失う。
「……そうだよ。そうなんだよ。私たちの神威は、たぶん、使うたびに命を削られる。私も消滅弓を放つたびに体から大事な何かが抜け落ちていくのを実感している。ギシンが管理運営されているのはなんてことない。神威を無駄遣いさせないためだ。……私達は、弾薬と一緒、ただの消耗品なんだよ」
ヨーコ様はおそらく大分前からこの事実に気づかれていた。
それなのに弱音も吐かずに戦い続けてこれたのは、彼女の意思と精神力の強さを物語っていた。
それをそれを支えていたのは…………
「メイの神威は24時間休むことなくあの子の命を奪い続けている状態だ……もう、どうしようもない。止められない。神威のコントロールなんて、私だってどうにもできないよ。だから、あの子は、もう…………助からない………本当に………死んじゃうんだ……」
その告白が終わった途端、ヨーコ様は膝枕に顔をうずめて声を押し殺して泣き始める。
私は職業意識からではなく、ただ一人の少女を慰めたい思いで、そっとその小さな背中に手を添える。
「ヨーコ様、きっと何かいい方法が―――」
ビィー! ビィー!
その時、室内のスピーカーから発せられた静かな警報に、私は現実の過酷さを改めて知った。
誰よりも知っていたはずなのに、すっかり失念していた。
この世界には神なんておらず、救いもどこにも存在しないのだということを。
「≪終末獣≫の出現予報……」
その時、ヨーコ様が呆けた表情で発した言葉を、私は決して忘れる事はできないだろう。絶望に打ちひしがれた少女が放った、何気ないその一言を。
「……あれ? これ、私が戦うの……? でも、一体、なんのために……?」




