第22食
第3章本編の続きとなります。
ここからはラストまで一気に怒涛の展開が続く予定です。
運命に翻弄された姉妹の物語、どうぞ最後までお付き合いの程、よろしくお願いいたします。
「お願いだから……もう、わたしを殺してよぉ……」
大粒の涙をボロボロこぼしながら、わたしは懇願する。
ここ数日ですっかり涙もろくなってしまった。でも仕方がない。
だってわたしは生きててもなんの、意味のない人間なんだから。
神威の力で口にしたモノが全て消滅してしまって、代わりに黒くてかたい球体がお口の中から出て来るようになってしまったのだから。
もう、わたしはモノを食べることも、水を飲むこともできない。
こんな状態で生き続けても意味がない。
それに……おいしいごはんが食べられなくなってしまったことより、何よりも辛いのは、ヨーコちゃんの願いを叶えてあげられなくなってしまったことだった。
こんな体で普通の生活なんて……送れるわけがない。
ヨーコちゃんの希望を、わたしは最悪の形で裏切ってしまった。
その絶望がわたしの心を塗りつぶしていた。
それに……ヨーコちゃんもすっかりわたしに愛想をつかしてしまったみたいで、この状態になってからは一度も会いに来てくれていない。
……こんな期待はずれな妹なんて……きっと要らないのね……。
もうこれ以上生き続ける理由がどこにも無いことを、たくさんのチューブにつながれたわたしは、十分に理解していた。
だけど、わたしは弱かった。
自分で命を絶つことなんて、どうしてもできそうになかった。
だから最後の最後にセツコさん、他人に頼らせてもらう。
「お断りです」
そう、セツコさんならきっとわたしを殺してくれるはず……
だって常日ごろからわたしの言動に眉をひそめて、嫌っていたのを知ってたから。
感情も希薄で、ロボットみたいに冷たい女性。
きっと彼女なら、喜んで手を下してくれるに違いない。
ちょっとくらい痛いのはガマンするから、思う存分、今までのうっぷんを晴らしていいよ。
……………………
「…………って、アレ? 今、なにか言った?」
「だからお断りします、と申し上げました。なぜ私がそんなことをしなければなら
ないのですか?」
「なんでって……えっと、だから、その、わたしのこと、ずっと憎かったでしょ? 今なら何の抵抗もしないから一思いにやっちゃっていいよって……」
「別に憎んでなどおりません」
「わ、わがままばかり言っててキライだったでしょ」
「いえ、嫌ってもおりません」
「ウ、ウソよ!? そ、そんなことあるワケ……そ、そうよ!! だってあの時だって、結局タケノコの山一粒しか食べさせてくれなかったじゃない」
「………………」
「そこは黙っちゃうんだ!?」
「……とにかく……ここは日本です。いやしくも法治国家です。依頼されたからといっておいそれと他人の命を奪えはしません。それに、メイ様がそのような状態になられて、まだ二日目ですよ? そこまでナーバスになられるのは、少し大げさかと思います」
「お、大げさじゃないわよっ!! どうせ遅かれ早かれこのまま衰弱死して死ぬことになるんだから!! ちょっとはかわいそうだなって、哀れだなって、同情してくれる気持ちがあったっていいじゃないっ!!?」
セツコさんはわたしの怒声をため息で受け流す。
「はぁ……メイ様、失礼を承知で申し上げますが、少しお考えが甘いと思います」
たしかに、わたしは甘くみていた。
セツコさんのこと。
彼女の感情は希薄なんじゃなくて、全く無いんだ。
ロボットと話しをしているようなものなんだ。
わたしの言葉なんて届くわけがない。
わたしは、この時までセツコさんの事を全く理解していなかった。
本当に何も
だって、絶望に打ちひしがれたわたしに向かって、こんなこと言う人だなんて、知らなかったんだから。
「メイ様、一つ申し上げておきます」
セツコさんはコホンと一つ咳払いして、わたしの目をまっすぐに見つめながら、諭すようにゆっくりと告げる。
「あなたは死にません」
「…………え?」
「大丈夫です。死んだりはしません」
「な、なにを根拠にそんなこと!? だって現に」
「口を使わなくても栄養を摂取する方法なんてたくさんありますよ。今、メイ様が行っている静脈に点滴で直接栄養を投与する方法もそうですし、胃に穴を開けて直接栄養を流し込む経管栄養補給なんて方法もあります」
「い、胃に穴っ!!? そんなお腹に穴が空いちゃったら、まともな生活なんて送れるワケないじゃない!」
「そんなことありません。現にそんな状態になっても元気に暮らしていらっしゃる方を何名か存じております。人の命というのは、案外しぶとく出来ているのですよ。それに……」
そう言いながら、セツコさんはおもむろにわたしの頭に手を置く。
「私の知っているメイ様なら、きっとこの程度の困難、たやすく乗り越えられるはずです。生まれてからずっと、プレッシャーと罪悪感に苛まれながらも、笑顔を絶やさなかったあなたはご自分の想像なさっているよりも、強い人間です。そんなあなたならば、必ずや神威をコントロールして、元の生活に戻れることでしょう……」
そしてセツコさんはわたしの頭を優しく撫でまわす。
ヨーコちゃんとは違う感覚だったけど、それでもその手から伝わる体温は、冷え切っていたわたしの心を優しく暖めるのに、十分な熱を持っていた。
…………あったかい…………
なぁーんだ、セツコさん、ロボットなんかじゃなかったね。
人の心が読めるエスパーだったのね。
それに、こんなに優しい温もりを持っていた……
わたしって、本当に何も知らないお子様だったのね……
「それにメイ様、死んでしまってはコレをご覧になることは出来ませんよ」
わたしは頭を撫で終わったセツコさんは、おもむろに懐から一枚のディスクを取り出した。
「何ソレ?」
「メイ様がずっと探されていたものです。とうとう私は手に入れたのです! ふぁぼ♥ふぁぼ♥シスターズのスペシャルエディションDVDをっ!!」
その時の鼻息荒く興奮しているセツコさんは、わたしが見たこともないセツコさんだった。
ほ、本当にわたし、彼女のこと、何も知らなかったのね……
「……でも、わたし知ってるのよ? ふぁぼ♥ふぁぼ♥シスターズって、ホントはとっても悲しいお話なんでしょ? 自殺しちゃった子もいたって……わたし、そんな悲しいお話……見たくない……」
「おや? ご存じだったのですか?……ですが、ご安心ください! これは私があるツテから手に入れた究極にして至高の一枚っ!! 大垣監督が個人的に再編集、さらに新作カットまでふんだんに盛り込んだというスペシャルエディションverなのですっ!! これこそが究極にして真なるふぁぼ♥ふぁぼ♥シスターズ!! 愛と勇気と友情が奏でる美しき三重奏っ!! 制作陣が本当に伝えたかった夢がこのディスクの中には余すことなく詰まっているのですっ!! これを見ずしてふぁぼ♥ふぁぼ♥シスターズは語れませんっ!! 真のふぁぼリアンを名乗りたいのならば、このDVDは必ず見なければならないのですっっっっ!!!!
……なんか、最後の方、唾が顔にかかったんだけど……
「そ、それより、ふぁ、ふぁぼリアン? そ、そんなの名乗るつもりないんだけど……」
セツコさんのあまりの豹変っぷりにわたしはたじたじになってしまう。
……でも、今のセツコさんの口上を聞いて、わたしは胸の鼓動が高鳴っているのに気づいてもいた。
この感覚は知っている。
これは期待と興奮ってヤツだ。。
さっきまで死ぬことを考えていた人間をここまで熱くさせるふぁぼ♥ふぁぼ♥シスターズ、やっぱり素晴らしく尊い作品だと改めて実感させられる。
「……ねぇセツコさん」
「なんでしょうか」
「お願いなんだけど、せっかくだからソレ、今から見せてくれないかな?」
セツコさんはしてやったりと言った顔になって、にっこりと笑った。
わぁ! セツコさんって笑うとこんな顔になるのね。
………ちょっとかわいいかも。
「勿論いいですよ。では、早速」
セツコさんは手慣れた手つきでDVDデッキを操作して準備を終える。
そして、さも当然とばかりにわたしのベッドの横にある丸イスにドカッと腰を下ろす。
「……このお部屋の超大型モニタで見れば、さぞや映えることでしょうね。ふふっ」
そしてうっとりとした表情でそう呟いていた。
まぁ! 現金な人。もしかして最初からそういう魂胆だったの!?
……まぁ、でもいいわ。今日だけは大目に見てあげる。
その代わり、わたしのワガママも聞いてもらうわよ。
「ねぇセツコさん」
「なんでしょうか?」
「まだ、一つお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか」
「手、つないでもいい?」
「……どうぞご随意に」
セツコさんがおずおずと差し出した手を、わたしはガシッと握りしめる。
とっても安心する温もりが手のひらに広がる。
わたしはその夜、本当は優しかったメイドさんと一緒に、本当に尊くて素晴らしい時間を、一緒に過ごすことが出来た。
素晴らしい夜にふぁぼ♥
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