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人類滅亡が確定した世界をチート能力で救うことが出来るか?  作者: 平 来栖
第3章 魔法少女になれた日 〜死村 メイ〜
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第16食

 ……参ったな、眠れない。


 普段なら床に就いて五秒で眠れる私だっていうのに、今日は目を閉じても一向に眠れやしなかった。


 横浜に配属されてから一年以上経つけど、こんな夜は初めてだった。


 メイと一緒にいた時にちょっと寝ちゃったからかな?


 ……いやいや、そんなわけないか。きっとまださっきの余韻が残ってるのだろう……。




~~~~~~~~~~~~~


 メイとベンチで語り合った後、私達は場所を駅前の中華飯店に移してさらに語り合っていた。


 お互いにそうしたい気分だったから。


 そして今までのこと、これからのこと、メイの大好きななんとかシスターズのこと、本当に色々なことを二人で話し合った。


 先ほど本音を暴露しあった後だったからか、二人の間には余計な気遣いや遠慮は全くなくなっていた。



 ……ホントに遠慮が無さすぎる程だった。

 メイなんて


「昔っから思ってたけど、ヨーコちゃんってちょっと武士っぽいよね♪ 髪型もちょっとちょんまげっぽいし」


 おいおい、私の自慢のポニーテールを昔からそんな風に思ってたなんて……ちょっとショックじゃないか。


 メイが今まで温めていた本音はその時私を少し落ち込ませた。



 けど、それ以上に嬉しかったから文句は言わなかった。


 だってその話をしていた時のメイは、久しぶりに心の底から嬉しそうに笑っていたから。



 あの笑顔のためだったら本当に月代に剃って、髷を結ってもいいとすら私は思ってしまう。



 そしてちょんまげスタイルで道着を着て、和弓を構える自分の姿を想像してみる。



 …………いや、さすがにちょっとやり過ぎかな。射的場もなんだかセットみたいだし、完全にコントの世界になってしまう。

 


 私の中の女が寸でのところでブレーキをかけて止めてくれなければ、きっと明日から完全に武士デビューしてしまっていた事だろう。

 



 ……それにしても今日はよく食べてたなぁ、あの子……



 笑いながらもひたすらに大皿をかっ込んでいたメイの姿を思い出す。


 あの食べっぷり、今、思い出してもちょっと胸やけがしてくる程だった。

 運動もしてないだろうし、太りゃしないかちょっと心配になる。


 ……そうだ。だったら、明日から早朝ランニングにでも誘ってみるとしよう。

 朝の海沿いを走る楽しさ、あの子にも知って欲しいし。


 そして二人並んでランニングする姿を夢想して、私は一人ほくそ笑む。




 ……ダメだ。どんどん楽しい事を考えちゃって、目がますます冴えてきちゃう。

 ……仕方がない。今日はこのままこの幸福を噛みしめながら一晩過ごすとしますか。




 私はそう覚悟を決めると、ベッドから一旦起き上がる。




「……とりあえずコーヒーでも飲むか」




 そして部屋を出て照明の絶えた暗い廊下を一人進む。






 (何だ……?)





 そして……異変に気づく。



 キッチン周辺がぼんやりと明るくなっていた。


 どうやら冷蔵庫が開けっ放しになっていて、そこから光が漏れているようだったのだが、




 ベリッ、ビチャ、グチャ、ズズッ




 そこからなぜか咀嚼音らしき音が聞こえてきていた。





 背筋にじわっと汗が滲む。





 誰かが、いる。

 もしかして……泥棒っ!?





 システムキッチンの陰に隠れており、冷蔵庫周辺はここからではよく見えない。



 だが、間違いなく冷蔵庫の前に何者かがいる。

 そして中身を無遠慮に物色している最中のようだった。



 でも、泥棒がこんな悠長に冷蔵庫を漁るか……? 何か違うような……



 その時私はふと、ギシンを世界から排除する事を教義としている新興宗教、レコンギスタ教団の存在を思い出していた。


 死村慈恩が≪終末獣≫を呼び寄せた元凶であり、その血縁者であるギシン全てを排除すれば再び平和な地球が戻ってくる、という過激思想を掲げる宗教団体というよりはほとんどテロ集団に近い存在。


 随分歪められた思想だと思うが、≪終末獣≫の存在に絶望して自暴自棄となった人たち。はたまた政治的な理由でギシンの存在が目障りになった人たち。そして……私たちギシンの神威に巻き込まれ、全てを失った人たち。


 そういった人たちにとってはその思想は魅力に映ったようで、年々信徒が増え続け無視できない規模にまで膨れ上がっているらしい。


 そして日夜、財団相手に過激な破壊工作を行い、保安部門の予算が年々膨れ上がっていて正直迷惑している、とセツコさんがこぼしているのを私はどこか他人事のように聞いていた記憶がある。


 ―――そしてその時に彼らの奇妙な風習、ターゲットを暗殺する前にそのターゲットと同じ食事を摂る、という話も聞いた気がする。


 何でも全ての行動をトレースすることによってターゲットの心情を理解し、暗殺の精度を高める、という聞いてもよく理解できないような内容だったと思うが……





 それって……まさに今、ここで起きている事そのものなんじゃないのか……



 もしかしたら、あの光の先には……





 ゴクリ



 喉が鳴る。



 もし相手がそういった連中だったとしたら、私じゃ対応できない。


 私の身体能力は、同年代の婦女子とほぼ変わりない。


 だからと言って賊相手に神威を使うなんてもっての他だ。


 ダニ一匹駆除するのに|ICBMを持ち出すようなもので、規格が違いすぎるし自分も消滅破に巻き込まれて無事じゃ済まないだろう。


 


 どうしよう、どうしたらいい?




 その時、私の脳裏には当たり前のようにセツコさんの姿が浮かんだ。



 財団のエージェントはギシンの身の回りの世話だけでなく、身辺警護もその任務に含まれている。


 それにセツコさんは普段から隙のない身のこなしをしていたし、経歴書の内容を信じるならば、彼女は何度か単身でテロ組織を壊滅させている一人旅団を地で行く人なのである。




 彼女なら何とかしてくれるに違いない。

 そう判断する。



 セツコさんは庭に設置されている離れで寝起きしている。


 呼びに行けない距離ではない。


 それに幸いなことに闖入者は食事に夢中で私の存在にはまだ気づいてはいないようだった。




 イケるんじゃないか?



 私は足音を立てないようにすり足でゆっくりと後退していく。


 一歩、一歩、慎重に、慎重に……



 玄関を静かに開けて、セツコさんのいる離れまでたどり着ければ私の勝ちだ。


 多分、そんなに時間はかからない。せいぜい一、二分もあれば済む。


 私は息を殺してゆっくりと後退する。



 なんとかなりそうだ。








 ―――だが、不意に私は、その場で立ち止まる。








 何だ? 何か、基本的な事を見落としているような……?



 目を閉じ、生じた違和感の正体を探っていく。


 



 あっ!!





 そして、ある重要な事実に気づいてしまう。





 監視カメラ




 いつぞやのセツコさんとのやり取りを思い出す。




『もしかして映ってたのかな?』


『いえ、そうではありません。一時間ほど前にヨーコ様がご帰宅されると連絡がありましたのでここでお待ち申し上げておりました』




 あの時の受け答えで、彼女は『そうではありません』と私のブラフを否定はしなかった。つまり、言外に監視カメラの存在を認めていたことになる。


 だから私の予想通り、この洋館とその周辺には大量の監視カメラが設置されているのはほぼ間違いない。


 セツコさんが確認できない時間帯は他の財団員が常に確認しているか、もしくは異常が発生すればアラームか何かでセツコさんに通報が行くようになっていると思われる。


 そうでなければ機能として不完全すぎる。


 そんな監視の目があるにも関わらず、賊がこの建物の内部まで侵入できたという事は……


 


 最悪のケースが頭に浮かぶ。



 つまり、それは……


 監視カメラに不審者が映っても何の対応もされないのは、

 監視していた人間が、すでに対応出来ない状態だから。



 と、しか考えられない。



 例えば監視カメラが故障、もしくは破壊されて映像が映ってない場合は、それは異常として検知されるだろうから、すぐに確認作業が行われるはずだ。



 だから監視カメラの異常で賊が見逃されたとは、考えづらい。





 ……なんてことだ……だとしたらセツコさんはもう…………



 希望が一瞬で失われ、膝が笑い出す。



≪終末獣≫と戦う時でさえこんなに怖くはなかったのに。



 これ……かなりマズイんじゃないか……?



 どうしたらいいんだ? どうすれば?



 グチャ、グチャ、ズズッ、グチャ……



 その時、冷蔵庫前の咀嚼音が急に鳴り止んだ。


 もうめぼしいモノが無くなったのか、それとも食欲を満たしたのか、それは分からない。





 けど、もう、考えている猶予は無かった。






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