第14食
「…………そうだったんだ………………私、一つの事しか見えなくなっちゃう性質だから…………メイの気持ちには気づいてあげれてなかった…………ゴメン……」
絞り出すようにヨーコちゃんは謝罪の言葉を口にする。
悲しそうなヨーコちゃんの声。
こんな声、初めて聞いたかもしれない。
胸が、さっきまでとは違う痛みを訴えてくる。
取返しのつかないことをしてしまったのだと、改めて実感する。
でも、もう遅い。後戻りなんてできない。
ヨーコちゃんは力ない足取りで、川の淵の方へと向かって歩き出す。
そして数歩進んでから立ち止まると、しばらくその場で佇んで、ゆっくりとわたしの方へと振り返る。
「……メイからそんな風に言われるなんて、初めてな気がする……でも、ホントの姉妹って………そういうものなのかもね………………だったらさ、メイ。今からでも、私の本音聞いてもらえるかな。次は私の番ってことで、いいよね」
それは確認ではなく、通達に聞こえた。
ビルの明かりを背にしたヨーコちゃんの表情は、よく見えなかった。
ただ、空気がピンと張り詰めたような気がした。
わたしは本当に弱くてずるい人間だ。
自分だけ言いたいことを言ったのに、自分が言われるのは、怖くて仕方がなかった。
いくら優しいヨーコちゃんでも、ここまで悪しざまに言われたらきっと……
わたしは唇を噛んで衝撃に備える。そして―――
「私はね、メイ、あなたは一生そのままでいいと思ってる」
ズキン
これがヨーコちゃんの本音。
その意味するところは
「それって、つまり、わたしは、今のままずっと、神威に目覚めないまま、役立たずのままで、一生を終えろって、そういう意味……?」
コクリ
「神威に目覚める必要なんてない。そのままでいい。変わらないでいいと思ってる」
景色がぐにゃりと歪んで、足元がおぼつかなくなる。
「そうあって欲しいと私は願ってる」
ヨーコちゃんのその言葉は、わたしにとっては余りにも辛くて
「ほ、本当にヨーコちゃんはわたしを、ペットのようにしか思ってなかったのね!? わたしの人格なんか無視して、このままずっと、辛い思いをしながら生きていけっていうのね!? そんなに自分が優越感に浸りたいの!? 役立たずな妹を眺めてほくそ笑みたいのっ!!? ヒドイ、ひどすぎるわっ!! そんなのっっ!! ―――わたしは、わたしがどれだけ、ううっ、うううう、ううううぅぅ」
泣いたら負けだと思ったけれど、わたしはガマンしきれなくなって両手で顔を覆う。
あの優しかったヨーコちゃんが、本当はわたしをどう思っていたのかが分かって、ショックすぎて、全てがウソだったなんて、もう何も信じられなくなって、
もうこの世界になんの未練なんか無くなって、わたしは、わたしは―――
「ち、違う違う。そうじゃない。そういう意味じゃない。私はね―――」
けど、ヨーコちゃんは慌てて取り繕う。
そして
「私が言いたいのはね、メイにはギシンじゃなくて―――普通の女の子として生きて欲しいってことなんだ」
「う″う″う″う″っ…………………………へっ?」
ヨーコちゃんの発した言葉は、わたしの想像とは余りにもかけ離れていて
「…………普通の……女の子……?」
「うん、そうだよ」
暗くて、その時のヨーコちゃんの顔は相変わらずよく見えなかった。
でも、わたしには何となく、ヨーコちゃんはさっきから怒っていたんじゃなくて、恥ずかしそうにはにかんでいるんじゃないかって、そう思えた。
「私たちはもう目覚めちゃったから、戦いの責任からは逃れられない。
けど、メイ、あなただけは違う。
あなたは私のできなかった普通の人としての生活を、まだ送ることが出来る。
それはとっても素晴らしい事なの。
多くの可能性に満ちた、奇跡みたいな事なの。
あなたは、私を含めた全てのギシンの希望。
神威に目覚めていないことを卑下する必要なんて、全くないんだよ」
気のせいかもしれないけど、なんだか、地面がグラグラと揺れている気がした。
「メイにはね、私が歩めなかった日常を、当たり前の普通の人生を代わりに歩んで欲しいって、そう願ってるんだ。そのために私は戦っている。
そう、私が戦えてるのは―――メイがいるおかげ。
昔っから私は、世界を守るためじゃない。
かけがえのないあなたの未来を守るために、戦ってるんだ。
その事を思えば無尽蔵に、いくらでも力が湧いてくる」
もし、それがヨーコちゃんの本心だとしたら、わたしは、わたしの今までの考えって
わたしが立っていた小さな世界が、足元から音を立てて、崩れていくのが分かった。
「メイは役立たずなんかじゃない。私に力を与えてくれる世界で唯一の人。
ペットなんかじゃない。私の大切な妹なんだよ………」
物心ついた時から、ずっとずっとわたしの手を握っていてくれたヨーコちゃん。
辛い時も、悲しい時も、寂しい時も、嬉しい時も、いつもあなたがわたしの傍にいてくれた。
その意味が、今、ようやく、ほんの少しだけ、分かった気がした。
「うぅぅぅぅ、うぅぅ、うわぁぁ~~~ん うわぁんうわぁんわぁ~~~~ん」
「ああ、ゴメン、ゴメン。泣かせるつもりはなかったんだけど……」
ヨーコちゃんは慌てて駆け寄ってきて、わたしを抱きしめてくれる。
優しくて、安心するいつもの温もり。
ずっとずっとこの温もりに包まれていたかった。
もう、わたしの意地なんてどうでもよかった。
「わ″た″し″こ″そ″ご″め″ぇ″ん″な″さ″ぁ″ぁ″ぁ″い″!!!
こうして、わたしとヨーコちゃんの初めての姉妹ケンカは、わたしの完全敗北で幕を閉じたのであった。




