第10食
気を取り直してわたし達は、駅前に点在しているDVDショップを回っていた。
しかし、
「当店では取り扱ってません」
終わってる、次。
「は? いや、オレ、バイトなんでよく分かんねっス。今、店長いないし。その棚に無ければないんじゃないっスか?」
な~にが、スか、よ。この店がスカよっ!!
「……お嬢ちゃん、この看板見える? ホラ、コレ、R18……子供はダメよ」
あっ、し、失礼ぃ!!
「ウチにはないアルヨ」
どっちよそれっ!!? 紛らわしいわよっ!!?
~~~~~~~~~~~~~
「なんで? なんで? ありえないんだけど……」
わたしはガックリとうなだれて、そのまま地面にひざまづく。
すでに日は暮れかけている。なのに今日一日、ふぁぼ♥ふぁぼ♥シスターズのふぁの字すらお目にかかれなかった。
横浜界隈のDVDショップのどこにもふぁぼ♥ふぁぼ♥シスターズのDVDは置いてなかった。
それも全巻セットどころか、1巻すらないという体たらく。
この街が……ちょっとキライになりそう……
わたしの心は荒みかけていた。
「メイ、元気だしな」
ヨーコちゃんが景気よく肩をポンっと叩いてくれる。
……きっと、ヨーコちゃんがいなかったら、わたし、今ごろ泣いていたに違いない。
本気でそう思う。
「ホラ、これで涙も拭いて」
ああ、もう手遅れだったのね。
差し出された花柄レースのかわいらしいハンカチを、弱々しい手つきで受け取る。
!! なんてすべすべな肌触り、荒んだ心がちょっとだけ癒されていく。
わたしはそれで目元を拭い、そして今日一日のやるせなさを吐き出すかのように、思いっきり鼻をかむ。
チーーーーン!!
「あ、あの、メイ? できれば鼻はティッシュで……それ結構お気にのヤツ……」
ヨーコちゃんが何かを言っていたけど、わたしの心には何も響いてこなかった。
もう心身ともに疲れ果てていたから。
こんなに歩いたのは、いつぶりだろう……?
足はパンパンで、おまけにお腹もペコペコだった。
ぐぅ~~
ホラ、この通り。
「ふふっ、今日はセツコさんも遅いみたいだから、何か美味しいもの食べて帰ろうか?」
ヨーコちゃんに笑われちゃったけど、あんまり恥ずかしいとも思わなかった。
それよりも、とにかく今はどこかに腰を落ち着けて休みたかった。
「……うん、分かった。DVDはまた今度にする。わたし豚まんが食べたいな♪」
「豚まんかぁ、ここら辺にあったかな?」
そう言うとヨーコちゃんは目を閉じ腕を組み考え出す。きっと今頃、頭の中で地図を描いてお店を探してくれているのだろう。
この状態のヨーコちゃんの集中力は凄まじくて、外部の情報が完全にシャットダウンされてしまう。
その間、わたしは手持ぶさた。
よっこいせっと立ち上がり、何気なく周辺をキョロキョロと見渡してみる。
横浜はお母さんの予言によって被害が出ないことがほぼ間違いないとされている予言特区という特別な街。だから今日も色んなお店に明かりが灯り、大勢の人が行き交っている。
とってもにぎやかで楽しい街、さっきは少しキライになりかけてたけど、やっぱりそんなことない。
ヨーコちゃんとわたしが暮らしている街なんだもの。大好きに決まっている。
そんなことをボーっと考えならガヤガヤとした喧噪を眺めていると、ふと、道端に置かれている看板が目についた。
そしてそこに書かれている文字を、わたしは思わず声に出して読みあげてしまう。
「DVD有り〼?」
それは手書きで書かれただけの簡素な立て看板だった。
とても品揃えが良さそうには見えない安っぽい作り。
けど、なぜか分からないけど、そこには何かがある、そう信じさせる不思議な空気感がその看板からは漂っていた。
「ねぇ、ヨーコちゃん」
「……うーん、あそこはテイクアウトだけだしなぁ……他にあるとすると……」
ヨーコちゃんはまだローディング中だった。この様子だとしばらくはかかりそう。
「……ちょっとだけ覗いてくるね」
そう言い残し、わたしは看板の指し示す先へと一人向かう。
そこは大通りから一本外れた路地裏で、先ほどまでの喧騒が届かないウソみたいな静寂に包まれていた。
その奥の方で、一か所だけ扉が開け放たれ、光が外に漏れているお店があった。
その前には先ほどと同じ「DVD有り〼」と書かれた立て看板が置かれており、そこがわたしの目指すべき場所だという事が分かる。
ちょっとだけ怖かったけど、わたしは拳を握りしめ、勇気を奮い立たせる。
……待っててね、アリサちゃん、メイちゃん、わたしが必ずお迎えに行くから……
決意を胸にお店の暖簾をくぐる。
そして……
わたしの、長かった旅路に……………
ようやく終わりの時が訪れる…………
「魔法少女ふぁぼ♥ふぁぼ♥シスターズ? ああ、それならあるよ」
ドパァッ
瞳から、涙があふれ出して、止まらない。
ドレッドヘアーの店員さんが何気なく言い放ったその言葉は、わたしが今日、何よりも待ち望んでいた言葉だった……




