第4食
今回の話では第三者視点と死村ヨーコの視点が入り混じっております。
読みづらくてすみませんm(__)m
事情を知らない者がそれを見たならば、首をかしげるに違いない。
そして次に「なぜこんなものがここにあるのだ?」と疑問を口にするだろう。
横浜港上にポツンと浮かんだ弓道場、その異様な光景を目の当たりにすれば。
長さ約100メートル、幅約60メートルの直方型メガフロート上にその弓道場は建造されていた。
説明するまでもなく、海上では波が起きるたびに足場が揺れるため、正確な射が求められる弓道場との相性は最悪である。
さらに、この弓道場が異常なのは立地だけではなく、矢を受け止めるべき的場がどこにもないことでも明らかであった。
本来、的場があるべき場所には、ただ茫漠とした海が広がっているだけなのである。
そこで事情を知らない者は、この施設が本来の用を為していない、モニュメント的建造物である、と結論づけるだろう。
―――だが、それは大きな誤りである。
この地に住まう者なら、誰もがこの弓道場の真価を知っていた。
ここが日本を破滅の危機から救っている救世主の戦場であり、滅亡のカウントダウンを食い止めている防波堤であることを、誰もが知っていた。
そんな人々の希望と願いが込められた射場に、今日も一人の戦士が降り立つ。
彼女の名は死村ヨーコ。
若干17歳のギシンの少女。
その細い両肩に多くの人々の希望と願いが乗せられているというのに、その立ち姿からは気負いも迷いも見受けられなかった。
≪救世の乙女≫と呼ばれるそのギシンは、今日もいつも通りの、実に堂々とした態度で戦いに臨もうとしていた。
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ここが私の戦場。
私だけの戦場。
メガフロート上に建造されたこの遠的場には、私以外の誰の姿もなかった。
人がいると気が散るから、サポート要員には近くの船舶上で待機してもらっている。
それにしても……今日は特に波が穏やかだな。揺れがまったくと言っていいほどない。
まあ、どれだけ揺れていたとしても、私の神威に影響はないけれど、やっぱり足元がぐらつくよりはこっちの方が断然気分がいい。私の神威は技能よりもメンタル面の方が重要になる。
だから、今のこの状況なら私は最高のパフォーマンスを発揮できるはず。
地球の裏側までだって射貫けそうだな。
……なんて、さすがに調子に乗り過ぎか。
慢心は油断を生む。私は首を振って、自らを律する。
出来ることはできる、出来ないことはできない。
私の救える世界は限られている。
だからこそ、出来る範囲だけは必ず救う。
大分前にそう決めた。
そして、そう割り切ることで、私の神威は強くなった。
……だからこの決断は、絶対に間違ってはいない。
そう自分に言い聞かせる。
『ヨーコ様、そろそろ≪終末獣≫の出現時刻となります。ご武運を』
そんなことを考えていると、耳元のインカムから財団員の声が聞こえてきた。
「ああ、分かっているよ。大丈夫」
そう返答して私は射場へと移動し、額までずらしていたVRヘッドマウントディスプレイを装着する。
電源を入れると、そこに私の本当の戦場が広がる。
カメラによって撮影された外部の風景が、そのまま映像として私の目の前に映しだされる。
現実との大きな相違点は、映像と重なるように浮かび上がる、大量の文字や注釈。
そして上下左右に当たり前のように浮かんでいるコーナーワイプには、一か所が赤く点滅している世界地図、現在位置からそこまでの距離と方角、そして今まさに魔方陣から出現を始めている≪終末獣≫の姿が映し出されていた。
もちろんこれは実際の映像じゃない。CGだ。
今、実際に起きている映像を元に作り出されているCGだ。
ちょうど私から数千キロメートル離れたこの地球上で、今、まさに≪終末獣≫が現れようとしている。
―――昔、私が生まれる前に、世界は一つとなって≪終末獣≫に戦いを挑んだ。
その戦いは残念ながら人類側の惨敗に終わったけど、その団結は決してムダではなかった。
各国の垣根が取り払われたおかげで誕生した、最強の秘密兵器を残してくれたのだから。
≪ホルスネットワーク≫
それは各国が保有していた偵察衛星群≪ホルスの目≫から送られてくる情報によって形成されているネットワークの俗称だ。
垣根がなくなったおかげで、誰もが想像だにしていなかった膨大な数の偵察衛星群の情報も共有されることになったのだ。
それにより世界は文字通り丸裸にされて、二十四時間、常に休むことなく監視され続けている。
そして今では、異世界から来るという≪終末獣≫への警戒を世界が連携して行うようになっているのだ。
本来は別の目的として利用されていた衛星群が、≪終末獣≫によって、意図されていなかった平和的利用されることになったわけだ。
全く、皮肉な話だと思う。
だけどその人類の叡智のおかげで、私の神威の可能性は大きく広がった。
他のギシンが追随できないほどの高みまで。
死村慈恩の予言によって確定されている≪終末獣≫の出現、
それを捉える≪ホルスの目≫たる偵察衛星群、
そして、目で見た対象まで虚無の矢を放てる私の消滅弓
私の神威は、目で見ることさえできれば、距離の概念をある程度無視できる。その有効範囲は約9,000~9,300キロメートル。
予言と叡智と神威、全てが組み合わさることで、終末獣が出現した瞬間にその存在を消滅させられる、完全無欠の防衛機構が誕生したのだ。
その中心に私がいる。
それはとても、誉れ高いことだった。
純粋に誇りに思う。
…………本当にそう思っている。
だから、今日も私はこの地より、私の世界を救うための一射を放つ。
モニタ上には矢印で終末獣がいる方角が示されている。
そして矢印の終点に、仮想の的が浮き上がる。
私は呼吸を乱さずに、静かに射位に立ち、弓構える。
矢は無いけど、途中の準備動作を省きはしない。
数千キロ離れた地平線の果ての果て、そこまで神威を届かせるためには、イメージをより強固にすることが何より重要だった。
顔を≪終末獣≫のいるべき方角へ向け、弓を持ち上げ虚無の矢を引き込み、離の訪れを待つ。
モニタ上に表示されている≪終末獣≫はすでに膝上まで出現しており、後数秒ほどで完全体となって活動を始めてしまうと思われた。
そうなれば、ここから狙い討つことは困難になってしまう。
私の神威は、動かない的にしか当たらない。
それでも慌てて矢を離すような愚は犯さない。
ゆっくりと、その時が訪れるのを待つ。
キリキリ
両腕の間隔が広がっていき、弦の張る音が耳元に聞こえる。
そして。
パシュッ
鹿威しが頭を下げるように、弦が私の親指から離れ、虚無の矢を彼方へと押し出していった。
―――結果はその時もう分かってた。私の放った矢は―――
私は矢の行く末を見据えながら、ゆっくりと呼吸を吐き、弓倒ししていった。
そして―――
「……ごめんなさい」
言葉は届けられないけど、一言だけ、そっと、そう告げておく。
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日本の横浜港から数千キロ離れたとある諸島、そこに≪終末獣≫が、今まさに異世界から転送されようとしていた。
羽の枚数は6枚、全長30メートルに及ぶ中型タイプの≪終末獣≫、都市を壊滅させるのに1分もかからないバルバロス級と呼ばれるタイプ。
すでに死村慈恩の予言によって出現が確定していたため、政府によって周辺住民の退避はすでに完了済みであった。
そして、その人の途絶えた空間に、完全に姿を現したバルバロス級が重力を無視した下降速度で、ゆっくりと落ちて来る!!
ドシィィィン!!!
大地を両足で踏みしめた途端、そのバルバロス級は羽を散らしながら、凶悪な輝きを放つ双眸で大地を睨み付けた。そして
「グギャオォォォォォォォォォン!!!!」
抑えきれない破壊の衝動を解き放たんとばかりに咆哮を上げる。
どれだけの災禍をこの化け物がまき散らすのか、それは予言書にも記されていない。
だが、
その雄たけびが、この≪終末獣≫が地球で上げた、最初で最後の叫び声となった。
バシュゥゥゥゥゥゥ!!
突如、彼方から飛来してきた目に見えない塊が≪終末獣≫を貫き、30メートルもあるその巨体を、瞬時に掻き消してしまったのだ。
初めからそこに何も存在していなかったかのように、細胞の欠片も残さずに。
完全消滅
それは瞬きの間の出来事だった。
だが、しばらくすると―――先ほど終末獣が居た辺りの空間がグニュっと歪みはじめ、それが球状に広がり出す。
それは強力すぎる消滅弓の力が、≪終末獣≫を消してもまだ有り余るほどの力が、波となって周囲に広がり出す現象。
消滅波
その波は最初はゆっくりと、穏やかに広がり、そしてある地点に到達したとたん、いきなり爆発的に速度を速め、一気に広がり出した。
周囲に放置されていた車、ホームに横付けされた電車、人の途絶えた建屋、そしてこの島を特徴づける荘厳な自然がその波に飲み込まれていく。
そして、さらに、
豊かな自然に育まれた動植物たち―――
そして、その中には――――
政府広報で、絶対に安全だと聞かされていた避難場所まで退避していた、善良なる市民たちの姿もあった。
なぜ?
そんな疑問を抱かせる暇も与えず、消滅波は、何のためらいもなく、無慈悲に、多くの命を飲み込んでいった。
後に残されたのは、巨大なクレーター。
大気圏外に浮かぶ≪ホルスの目≫たちは、ギシンが今日新たに刻んだ巨大な傷跡を、抗議の声をあげるでもなく、ただ機械的に観測し続けていた。




