第2食
つけっぱなしにしていたテレビモニタから、天使がわたしに向かって『メイちゃん』って語りかけている。
その子は可愛らしいフリフリワンピを着た、黒髪ロングの美少女だったけど……
でも待って、こんなのありえない。
テレビに話かけられるのはもちろんだけど、それ以前に
この子は絵なのよ!?
アニメのキャラクターなのよ!?
なのに、なんでわたしに話かけれるの?
一体何が起きているの?
もしかしてわたし、悩み過ぎて頭がヘンになっちゃったの?
なんで? なんで?
わたしは一瞬、本気で心配する。
けれども、すぐにそれが杞憂だったと分かる。次の瞬間、画面がパッと切り替わって、
『もちろん!! 今日もいっぱいふぁぼ♥ろうね!! アリサちゃん♪』
そこに、ボブカットの、ちょっとボーイッシュな雰囲気の女の子が映しだされたからだ。
ジャカ ジャカ ジャカ ジャーン♪………………
……ああ、なーんだ、そういうこと。
事情を察して納得する。
さっきのは、わたしじゃなくて、この子を呼んでいたのね。
紛らわしい。
つまり、最初に見た黒髪ロングの子がアリサちゃんで、奇しくもわたしと同じ名前で、さらに髪型までいっしょのメイちゃんってキャラを呼んでたのを、勘違いしただけなのね。
「な~んだ、つまんないの」
軽い調子でそうボヤく。けど、その実、わたしはけっこう落胆していた。
わたしを呼ぶ声を聞いた瞬間、この鬱屈した生活に風穴が空く、劇的な変化が起きる、そんな予感がしたのだから。
でも、これでよかったのよ。
もし、実際にアニメキャラと会話なんて出来るようになったら、それ、たぶん人として末期だもん。
これでいいに決まってる。
そう自分に言い聞かせてリモコンを手にし、テレビの電源をOFFにした
……………
する、つもりだった。
けど、いつまで経ってもわたしは消ボタンを押せなかった。
……ま、どうせヒマだし、ちょっとだけ見てみようかしら。……この子たち、なんだか可愛いし。
わたしは軽い気持ちでソファにふんぞり返り、そのままテレビを視聴することにした。
――――この時の何気ない決断が、わたしの人生観を大きく変えることになるとは、この時想像だにしていなかった―――
『ねぇアリサちゃん~、今日の算数の宿題忘れちゃったよぉ~、お願いだから見せてぇ~』
『ダ・メ・よメイちゃん。宿題は自分の力でちゃんとやらなきゃ意味がなくなっちゃうんだから』
『そうだツイ! メイはちょっとだらしないツイ!』
『もう~、相変わらずアリサちゃんは厳しいなぁ。ホントお姉ちゃん属性だよねぇ。……あとツイットるは黙っててね』
『え、笑顔でボクの顔をつかまないでほしいツイ~』
『ふふっ、ツイットるがかわいそうだからやめてあげてメイちゃん。いいわよ。見せてあげる』
『ホントにっ!? ありがとうアリサちゃん!! いやっアリサさまっ!!』
『その代わり今日の帰りに駅前のクレープ屋、よろしくね♪』
『……うぅ、今月のお小遣い、ピンチなんだけどなぁ』
……………………
……ふーん、どうやらこの二人はお友達で、ハムスターっぽいマスコットキャラ(使い魔的なヤツかしら?)に不思議な力を与えられたのね。
つまりシスターズと言いながらも、本当の姉妹ではないのね。
けど、実の姉妹以上に仲良しさんなのね。
…………血のつながらない本物以上の姉妹。
…………それ、なんか、わたしとヨーコちゃんに似てる。
ふと、そう思った。
わたしとヨーコちゃんはお母さんは一緒だけど、お父さんが違う異父姉妹。
そのせいか、顔も体形もあまり似ていなかった。
……ううん、そうじゃない。見た目の問題じゃない。
わたしとヨーコちゃんはまったく似ていない。
遺伝子上は近くても、世界を救うカッコいいヨーコちゃんと、役立たずのわたしじゃ似てるところなんてあるはずがない。
全くの真逆の存在だ。
そんな意識が強いからか、はっきり言って、わたしはヨーコちゃんとの血のつながりなんて意識したことはほとんどない。
もしかしたらわたしだけ、お母さんも違うまったくの赤の他人なんじゃないか、とすら思う。
けれどもわたしとヨーコちゃんは、とっても仲良し。
それこそ本当の姉妹以上に仲良し。
それだけは誰がなんと言おうとホントなの。
出会った時から、ずっとずっと仲良しなの。
そんな風に思っていたせいか、いつしかわたしは、このふぁぼ♥ふぁぼ♥シスターズの二人に、わたし達姉妹を重ね合わせるように見てしまっていた。
…………アリサちゃん、気持ち小っちゃい頃のヨーコちゃんに似てたし。
そうすると、みょうにこの二人に親近感を覚えてしまい、いつの間にかテレビ画面からわたしは目を離せなくなってしまっていた。
ドキドキ
……でも、それだけじゃない。
ドキドキ
なんだろう、
さっきからこの子たちを見てると、不思議と胸が熱くなるの。
ドキドキ、ドキドキ
こんな気持ち、今までなかった。
ワクワクとしたこの高揚感、何なの? 何なの?
ドキドキ、ドキドキ
ワケが分からない。けど、けっして不快じゃない。
むしろ楽しくて、うれしくて、心が躍り出すようなこの感覚!!
ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ
こんなの初めて!! 何なの? 何なの?
わたしは、生まれて初めて経験するこの胸の高鳴りの意味が分からなかった。
そして、
『大変だよアリサちゃん!! ディスるんるんたちがいつまで経っても底辺でうだつの上がらないネット小説家をディスってるっ!!』
『たいへん!! このままじゃあの人、追い詰められて人生エタっちゃうわ!! 早く助けないと!!』
激しいテンポの音楽が鳴り響き、物語は佳境を迎えていた。
深刻そうな表情の男の人がホームの先に立っていて、そして電車が今まさに進入しようとしてきているところだった!
男の人の周りには、ディスるんるんと呼ばれた、名前はかわいいけど、ヘドロみたいなのがより集まって出来たブヨブヨの気持ち悪い怪物が群がっていて、そいつらが男の人を線路へと突き落とそうとしている!!
た、大変、このままじゃあの人!!
その時
『ふぁぼろうメイちゃん!!』
『うん!! ふぁぼっちゃおう!!』
アリサちゃんとメイちゃんが手を取り合い、お互い向き合う。
そして、瞳をうるわせながら見つめ合い、照れているのか二人の頰がだんだんとピンク色に染まっていく。
な、なになに、なんなの? 何が始まるの!?
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ
未知への期待が、わたしの心音を爆発寸前まで加速させる。
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキトキメキ!!
そして儀式が始まったっ!!
『今日もかわいいパッチリおメメだね。ふぁぼ♥』
アリサちゃんが、メイちゃんのまぶたの上にそっと口づける。
そこからハートマークが飛び散って、メイちゃんの体に貼りつく。
『今日もキレイで目が離せないデコルテさんだね。ふぁぼ♥』
今度はメイちゃんがお返しとばかりに、アリサちゃんの首筋にチュッとフレンチキスをする。そこからまたまたハートマークが飛び散り、アリサちゃんがハートに包まれていく。
そうして二人はお互いを褒めたたえ合いながら、口づけを交わし続け、いつしか大量のハートマークに覆い尽くされていく。
それはとてもとても美しい光景だった。
何コレ、ヤバい、ヤバい、ヤバい、止めて止めて、心臓が、イタイイタイイタイ!!!
ブシュゥゥゥゥゥーーー
ポタ、ポタ
血が床に斑点を描き出す。
…………どうやら興奮しすぎて、鼻血が出ちゃったみたい。
本当にこんなマンガみたいなことがあるんだ。
わたしは袖口で鼻を抑えて血を塞ぐ。
ティッシュを取りに行く時間が、おしい。
それよりも大量のハートマークに包まれた二人を見届ける方が大事だわっ!!
わたしは画面を注視するっ!!!
二人を包んでいたハートマークは、心臓みたいにドックン、ドックン脈打ち、そして白い輝きを発しながら、はじけ飛ぶ!!
そして、その光の中から―――
『『褒め合う言葉が力になる!! 魔法少女ふぁぼ♥ふぁぼ♥シスターズ!! いまここにリ・ツインッ!!』』
羽化した蝶のように、可憐な変貌を遂げた、本物の天使たちが飛び出してきた。
ああ、なんて、尊い姿なの……
わたしは顔の前で手を握り合わせる。
自然にとってしまったそのポーズは、信徒が神に捧げる、まごうことなき祈りの姿勢だった。
今なら分かる。この作品を形容する言葉。
これはわたしにとっての《聖・典》なのだと……
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