第12戦
今回の視点人物はすっかり影の薄くなってしまった主人公、死村 仁です。
プルルルルルル
その電話は早朝未明にかかってきた。
朝っぱらから人様の家に電話をかけてくるなんて、たいそうマナーのなってない連中もいたもんだが、何の問題もなかった。
なぜなら、その時、オレは家にはいなかったのだから。
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あの剣ヶ峰での出来事から一週間が過ぎ、オレの中で何かが変化していた。
『オレはこのチート能力で世界を救ってやるからなぁぁぁぁぁ!!!!!』
ボッ
黒歴史がフラッシュバックして、顔から火が出る、いや、出た気がした。
あああああなんであんなこと言っちまったんだよぉぉぉぉ?いくら寝起きのテンションだからってあれはねーだろ火野華もトキノもポカーンとしてたしはずかしいったらねぇよぉぉぉ誰か時間を巻き戻してくれバカなオレをとめてくれぇぇぇぇ
思春期真っ只中の心に、あのイタイ発言が、時折ガラスの破片のように突き刺ささってくるようになっていたのだ。
いてぇ、いてぇよぉ。
……ちなみにあの日以来、火野華からは「やあ、チーターくん♪」となんだか足が速そうなあだ名をつけられてしまっている。
……詳細は聞けずじまいだ。
だって藪蛇になりそうでこわいんだもん。
……と、とにかく、いくらイタイ発言だからって、言ってしまった以上は責任を取らなければならない。
死村 仁は男の子っ!!
だからこうして毎朝早起きして、猛特訓〈?〉なんぞに励んでいるのだ。
スタスタ
スタスタ
スタスタ
う~ん、今日もさわやかな朝だ。散歩がはかどる。
大きく伸びをして日光を全身に受ける。
さあ、オレの全細胞よ!! 思う存分ビタミンDを生成しておくれっ!!
そうしてしばらくオレはその場に佇む。
・・・よしっ、こんなところだな。
これにて本日の特訓は終了!!
…………もちろん、ビタミンDが充足したからと言って、ギシンが劇的に強くなるわけではない。せいぜい骨が気持ち丈夫になるくらいだ。
なら、なぜこんなことをしているのか。もちろん遊んでいるわけじゃない。
ただ、環境を変えたかったのだ。
実は、オレはギシンが強くなる方法を―――なんとなくだが知っている。
神威をパワーアップさせる方法だったかな。とにかくそれには視点を変えることが重要らしいのだ。
それをオレはあの兄貴から聞いた。
最強のギシンを自称する、あの兄貴から
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昔、オレたちギシンは、全員が同じ施設で暮らしていた。
そこではギシンの神威を覚醒させ、その特性を調べるための研究が日夜されていた。
数少ないギシンのことだ。オレたちはそれはそれは丁重に扱われていた。
もちろん皮肉だ。
その余りにも劣悪な環境と待遇に、兄貴は、いつもいつもイラついていた。
「&%#△!!!」
イラつきすぎてて、たまに何を言ってるのか分からない時もあった。
……いや、結構あった。
だが、その内容はいつも同じだった。
翻訳すると
『オレ一人で終末獣は全部倒すから、兄弟たちには何もしないでくれ』
だった。
自分の事で弱音を吐いた姿は、ついぞ見たことがない。
いま思い返してみても、兄弟思いの、とてもいい兄貴だったと思う。
そんな兄貴にも、実は一つだけコンプレックスがあった。
名前だ。
どうも昔活躍したコメディアンと同じ姓名だったから、恥ずかしいらしいのだ。
ふざけて下の名前で呼んだ弟が、ゲンコツくらっていたのを何度か目撃したことがある。
そんなある日、たまたま便所で隣あった兄貴から、こんなことを聞かれた。
「よぉ仁、どうせお前もオレの名前がヤベェとか思ってんだろ?」
どっちのヤバいだろう?
急いで考える。
どちらにしろ、オレは洗ってない手でゲンコツをもらうのだけはマジ勘弁だったので、日ごろ思ってたことを率直に伝えた。
「ううん、素敵ないい名前だと思うよ。だって、その人はさ、多くの人を楽しませて幸せにした人なんだから。少なくともオレはカッコいいと思ってる」
兄貴はオレのその発言を聞くと、天井を見上げながらプルプルと震え出す。
「…………へっ、ありがとよ、仁」
どうやら終わったみたいだな。色んな意味で。
安心しきってオレも背筋を震わせる。すると
バシンッ
いきなり勢いよく背中を叩かれた。
ああ、なんてことを……
反動で指先が大変なことになってしまっていた。
……あと、兄貴さ、まだ手、洗ってないよね?
だが、それはまだ序章にしか過ぎなかった。
さらにトドメとばかりに、兄貴はオレの頭をワシャワシャと撫で回しだす。
ああああああああああああ
「……へっ、んなこと言ってくれたのはお前が初めてだぜ。ありがとよ、仁」
分かったから、分かったから、もうやめてくれぇぇぇぇ
オレの心の叫びを無視して兄貴はさらに力強く頭を撫でてくる。
「よしっ!! 決めたぜ!! テメェだけは特別だ。オレ様がとっておきのネタを教えてやるっ!! 耳かっぽじって聞きやがれっ!!」
そんなことはどうでもいいからこのわしゃわしゃをやめてくれぇぇぇぇ
「……いいか、オレたちの神威には秘密があるんだ。実はコイツはパワーアップするんだ。その方法はよぉ…………」
正直、頭の方が気になって、その時の発言内容を全ては覚えていない。
そもそも兄貴のことだから、結構感覚的な伝え方だったと思う。
ただ覚えているのは「見方を変えろ」、「形質を理解しろ」、「こねくり回せ」その三単語だけだった。
こねくり……なんのこっちゃい?
ホントによくわからなかった。
……あと、これはたぶん先ほどのリップサービスのお返しだと思うのだが
「……お前が奥意に目覚めたら、きっとオレ以上の最強のギシンになれるぜ」
と、たいそう持ち上げられたのだけは、くすぐったくて、はっきりと覚えている。
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「ただいまー」
特に収穫のなかった朝の散策を終え、オレは我が家へと帰り着く。
そして玄関を開けた途端、源蔵さんと目があった。
上がり框で腕組みして仁王立ち、だけど、その表情はどこか曇ってて、オレはなんだか…………とても嫌な予感がした。
「……何かあったの?」
「―――様が、落命された」
「そう、なんだ、へー」
正直、その発言を聞いても何も感じなかった。
実感が沸かなかったんだ。
ホントに沸かなかった。
沸いてたまるか。
だってさっきまでオレは、その兄貴のことを考えてたんだぞ?
それがなんだよ? 帰ってきたらいきなり「落命された」って
そんな出来過ぎな話、あってたまるかよ。
あってたまるか。
ふざけんなよ。
いくら源蔵さんだからって、そんな性質の悪い冗談言うなんて。
許されないぞ。
オレは怒りのあまり、源蔵さんをキッと睨み付ける。
源蔵さんは身じろぎ一つせずに、そのオレの視線を受け止める。
「あなた」
「下がっていろ!! オレが話す」
奥から織江さんの声が聞こえてきた。
だが姿は見えない。
…………そうか、そりゃ、そうだ。
今更ながら理解する。
感情を乱したギシンの前に立つなんて、自殺行為も甚だしい。
いつ暴発して消されるか、分かったものじゃないんだから。
よく見ると源蔵さんの額には、汗が滲んでいた。
……ホントは内緒にしててもいいのに、気づかれるはずがないのに、普段通りのいい父親を演じてれば、それで何事もなく一日が過ぎていったのに。
それなのに、この人は、源蔵さんは、兄貴が死んだと教えてくれた。
オレの立場を理解しつつも、せめて兄弟の生死だけはと、ギシンに対して真摯に向き合ってくれてるんだ。
そういうバカ真面目な人なんだよな……
だから、こんな人が、こんな冗談にもならない冗談を言うワケが、ない。
この人は命がけで、本当のことをオレに伝えようとしてるんだ。
…………そうか、そういう事なら、仕方ない。
嫌だけど、信じたくないけど、納得できないけど、
認めるしかない。
兄貴は……本当に逝ってしまったんだ……
オレは黙ってくるりと踵を返し、表へと出ようとする。
「仁、どこへ行くんだ?」
「どこへ……? そうだなぁ」
涙が乾く時間はいかほどだろう。
オレは適当な理由が思いつかなかったので、とりあえず今、思うところを伝える。
「世界を救うために、修行してくるよ」
そう言いながら、玄関のドアを後ろ手でバタリと閉める。
『……お前が奥意に目覚めたら、きっとオレ以上の最強のギシンになれるぜ』
兄貴のその言葉が頭の中で反響する。
ウソかホントか、今となっちゃ分からない。
けどさ、見ててくれよ、兄貴。
オレ、ちょっとだけ、マジになってさ、
それで、本当に、世界を救ってみせるから。
第2章 最高にロックな日 ~死村 ??~ 完
今度こそ本当に2章は終わりです。
ちなみに2章のタイトル死村??はK・Sと謎のラスボスのダブルミーニングだったりしております。
第3章からはまた新しいギシンの物語が開幕いたします。
最後までお付き合いの程、なにとぞよろしくお願いいたしますm(__)m




