第10戦
あれから、どれだけの時間が過ぎたのか―――
どうやらオレは≪全裸≫の攻撃の余波で吹き飛ばされて、気絶していたらしい。
目が覚めたオレの周りには――――何もなかった。
荒涼とした大地が、ただ広がっているだけだった。
……そして、オレ以外の、誰も、いなかった。
白み始めた空からは、曙光がさし始め、
さっきまで命がけの戦いがあったとは思えないほど、
穏やかで、静かな≪朝≫が始まろうとしていた。
なんつーかよ……
ふざけんなって感じだな……
オレは即効、ムカついてきた。
なんで、こんな普通の≪朝≫なんだよ?
もっと、こう、なんか、ねぇのかよ!?
ファンファーレとかよぉ!? 嬌声とかよぉぉ!?
世界がこの朝を迎えるために、オレたちがどんだけ苦労したと思ってやがる!!?
見ろよ、この足をよぉ!?
それに、アイツだって、アイツだって……
―――何が犠牲になったのか、分かっていやがるのかよぉっ!!?
オレが失ったのは、
自らの左脚と、大切な女と、そして―――
「くっぅ、クソがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
バシュウ!!
バシュバシュバシュバシュウ!!
八つ当たりで、その場にあった適当な岩を次々に消していく。
「……………うっ、うっ、うっ、うぅぅ……くっ……うぅぅ……うううおぉぉぉぉ!!!」
ちきしょう。
勝利ってのは、もっと気持ちいいモンのはずなのに。
最高に晴れやかな、スカッとした気分になるはずなのに。
痛ぇよ。
涙が、止まらねぇよ。
怒りが、おさまらねぇよ。
全然気持ちよくねぇ、まるで、負けたみてぇじゃねぇかよぉ!!
地団太を踏んで、拳で地面を殴りつけ、身悶えながら、叫ぶ。
「うっ、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
―――――
どれだけの時間、そうしていたか分からねぇ。
気づいたら、さっき見たときより、なんか、地面がボコってた。
……ハッ、どうでもいいぜ。
疲れ果てた体を横たえ、オレは目を閉じる。
もう何も考えたくねぇ。何もしたくねぇ。
世界なんて、どうなったってかまいやしねぇ。
本気で、そう思った。
そして、ただのクソ袋になり果てたオレは、そのまま…………死ぬまで寝ることに決めた。
あばよ、クソッタレなこの世界。
何の未練もなかった。
だが
寝れねぇ。
だって、……瞼の裏に、急に舞子が現れたから。
―――なんだよ、また文句でも言いにきたのか
本当は、ケツが浮くくらい嬉しかったが、そんな時ですら、オレは素直になれなかった。
目頭が燃えるように熱ぃ、けど、残念だったな。もう、涙は枯れ果ててるから、泣いてやらねぇよ。
オレはその時、最期の最期に舞子に会えたことに、心の底から、歓喜していた。
そして、最後にこんな憎い演出をしてくれた、神ってヤツに、初めて感謝しちまった。
なぁ? そういえばさ、
さっきさ、
オレに向かって何か叫んでいたけど、アレ、何を伝えようとしていたんだ?
それによ、
なんで、作戦無視して、自ら飛び込んでいったんだ?
あとさ、
お前、もしかしてだけど、その、腹の中によぉ…………
なぁ、教えてくれよ、舞子?
なぁ舞子?
なぁ?
なぁ??
なぁってばよ??
………………
……………………
………………………………
分かってる。
分かってるっつーの。
イタイ程、分かってんだよっ!!
こいつは、この舞子は、オレの作り出した、ただの幻覚だっつうことはよぉ!?
だから、これは、自問自答に過ぎねぇって、
答えなんて出るワケがねぇって、分かりきってんだよ!!
それに、そもそも答えなんてあるわけがねぇ!!
すでに―――答えは失われてるんだっ!!
舞子が何を考え、何を思い、なぜあんな事しやがったかなんて、本人の口から聞きでもしない限り、きっと、永遠に分からねぇ!!
くぉぉ
こいつぁ、今さらながらだが、
やっぱり……ムリ、だ……。
こんな辛い……抱えて……生きていくのは……しんどい……しんどすぎるぜ……
心の底から、限界を悟る。
……オレさぁ、お前には黙ってたけど、ホントは弱ぇ人間なんだよぉ。
いつも、いつも、ブルってたんだよ。
≪終末獣≫を前にすると、金タマが縮み上がって、震えちまう。
だから無理して、いつもイキがってたんだ。
お前みたいなヤツが傍にいてくれないと、戦えねぇんだ。
イキがってるオレを承認してくれる、お前みたいなヤツがいないと、ダメなんだ。
今までもずっと、そうだったんだ。
女を戦場に連れってって、自分を奮い立たせなきゃ、何もできねぇクソザコナメクジだったんだ、オレは。
―――もうさ、
―――もう、そんな風にイキがるのは、疲れちまった。
それに、左脚もなくなっちまったことだし、きっと、もう前みたいに、上手くは戦えねぇ。
だから、いいよな?
オレもそっちに行っても、いいよな。
オレの作り出した舞子は、拒絶することなく、オレを受け入れようと両手を広げてくれる。
あの胸に飛び込めば、オレの戦いは終わる。
あとのことは、本気でどうでもいい。
きっと、仁とか誄とかあたりが何とかしてくれる。
てきとうに任せたぜ、兄弟ども。
オレは舞子の胸に顔をうずめて、ほおずりする。
柔らかくて、暖かい感触が、偽りだけど優しい舞子が、オレを包む。そして……
超イタイ
…………あん、イタイ?
って、イタたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっっ!!!!
ちょ、ちょ、タ、タンマって!! 頭蓋骨が浮くか、らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
うぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
オレの頭部は舞子によって、がっつりヘッドロックかまされていた。
て、テメェ、いきなり何しやがるっ!!?
あまりの痛みに悶絶しながら、オレは慌てて首を引き抜く。
「お、お前よぉ!!? 何考えてやがんだ? いきなりヘッドロックなんてかましやがって!!? オレ様を誰だと思っていやがるんだ!?」
ド頭にきてオレは舞子を睨み付ける。
舞子は動じることなく、先ほどと変わらない姿勢で静かに佇んでいた。
そして、その唇が、ゆっくりと動く。
がんばりな、K・S。
おいおい、マジかよ。
……オレは、なんで忘れちまってたんだ?
大事なことを思い出す。
そうだった、オレは、そうだったじゃないか。
死村云々なんて名前を捨てて、オレは自分で決めたんじゃないか。
最強のギシン、K・Sになるということを。
オレのハッタリを形にするために、その思い込みは必要な儀式だったんじゃないか。
そうやって自分を誤魔化して、今まで、必死に戦ってきたんじゃねぇか。
K・Sが葬ってきた終末獣は、数しれねぇ。
その事実は、ウソ偽りねぇ、本物だ。
K・Sの神話は、本物なんだ。
舞子、お前は、それを、そんなことを、最後の最後に、オレに伝えに…………
気づくと、いつの間にか、オレの手にはグラサンが握られていた。
オレは、そいつを、ゆっくり、時間をかけて、顔の前まで持ってくる。
……どうやら、まだ、オレは……
スチャ!!
グラサンをかけた瞬間、オレの失われた左脚がニョッキリと生え、ボロボロだった革ジャンがワックスでも塗ったみてぇに光沢を帯び、髪が一斉に逆立つっ!! それは、オレの、いつもの、最強なスタイルだった。
へへっ!! どうだ? 似合ってるかよ? 舞子?
暗闇に浮かぶ舞子は、そんなオレを見て、満面の笑みを浮かべていた。
そして、こう言いやがったんだ。
ダサい、
でも、最高にカッコいい、と。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
目を開けると、オレの周りには、何もなかった。
荒涼とした大地が、ただ広がっているだけだった。
……そして、オレ以外の、誰もいなかった。
…………だけど、オレの胸には、熱い、熱い、炎が灯ってた。
アイツが思い出させてくれた、最強のギシンとしての、誇りだ。
そう、こんなところでクタってるヒマはねぇ。
オレ様は最強のギシン、K・S様なんだ。
オレ様の活躍を、今日も世界が待ちわびている。
オレの兄弟たちも、それを望んでいる。
そしてきっと、舞子だって、K・Sが世界を救うことを信じてる。
だったら、いいぜ、やってやるよ。
無敵のギシンが世界を救う、そんな英雄譚を見せてやるよ。
よかったな人類ども、もう、これで不安に怯える日々は終いだ。
必ずオレが、世界を救ってやるからな。
どこまでも、どこまでも、澄みきった、雲一つない青空に向かって拳を突き上げる。
K・Sらしく、不敵な笑みを浮かべながら。
…………そういえば、まだ、ちゃんと言ってなかったな。
K・Sは、マナーに厳しい男なんだ。
ちゃんと、礼節も忘れちゃいけねぇ。
世話になったヤツには特にだ。
オレは深呼吸すると、吐き出すように思いを告げる。
「ありがとよ、舞子。お前はオレの生涯で最高の、宇宙一イカした女だったぜ!!」
オレは急に曇りだした空を見上げながら、初めて本気で好きになった女に、伝えられなかった思いを告げていた。
第2章 最高にロックな日 ~死村 ??~ 完
ズキュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!
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「…………命中だ」
ジャキン
ライフルスコープから目を離さずに、橘さんは流れるような動作で次弾を装填する。
えっ?
「いやいや、もう、いいよ。橘さんのことだから、ちゃんと眉間、打ち抜いたでしょ?」
「……ギシンの生命力は侮れない。奴は片足を失って数時間経っても、絶命しなかった」
「生命力ぅ~? ぷぷぷっ」
「……可笑しいことなど何もない」
橘さんはスコープから目を離さずに反駁する。けど、声の機嫌があまりよくなかった。
……バカにしたの、分かっちゃったかな?
「いやぁ~~ゴメン、ゴメン。でも、ホントに大丈夫だから! ギシンだって体は人間と同じだから眉間を打ち抜かれたら即死だよ。僕が言うんだから間違いありません!!」
僕は片腕を胸に当てて宣誓する。
これで納得してもらえたかな?
「……そうか、分かった」
ズキュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!
間近で上がった銃撃音に、僕の鼓膜が悲鳴を上げる。
不意打ちなんてヒドくね? 僕、片手しかないから耳ふさげないの分かってる……よね?
「な、なんで?」
「……お前のことを、まだ全て信用したわけじゃないからな」
そう言うと橘さんはライフルを構えたまま立ち上がり、僕と目を合わせる。
僕が150cm代で、橘さんは190cmを超す大男だから、うん、すごい迫力だ。こえぇ。
「オレはプロだ。クライアントの要求は絶対に果たす。だが、クライアントがもし、不誠実を働いていたとしたら、その瞬間から雇用関係は崩壊する。もし、お前がオレに陥れようとしているなら、容赦はしない」
どっかのA級スナイパーみたいなセリフだった。
でも、この人それを地でいってるから、うん、まぁ、ジョークのつもりじゃないんだろうね。
「大丈夫だって。僕が橘さんを裏切るわけないじゃないっスかぁ~! なんせ、もう、運命共同体だもん♪」
「……軽いな。……まあいい。なら、運命共同体のよしみで、理由くらい聞かせてもらおうか」
橘さんは懐からシガレットケースを取り出し、紫煙を燻らしはじめる。
そして煙とともに、疑問を吐き出す。
「……なぜギシンがギシンを殺すのだ?」




