第8戦
――――正直、ちょっとだけ、後悔してる。
終末獣を目の前にしたアタシは、少しだけ、ブルってた。
……いや、少しなんてもんじゃない。
今まで感じたことがないくらい、ブルってた。
さっきから抑えようとしても、震えが止まらない。
そもそも、抑えこもうという、意思すら働かない。
意識は完全に無、だった。
目の前にそびえ立つ、巨大な壁から放たれる威圧感によって、アタシという人間の覚悟はいともたやすく吹き飛ばされてた。圧倒的過ぎた。
……もっと楽な死に方があったんじゃないか?……
なんで、わざわざ、こんな最悪手を、選んじまったんだ……アタシは?
……もう、止めようかな……
無になった心を、一気に弱気が塗りつぶしていく。
全身にまでその感覚は広がっていき、もう立ってられないくらい膝が笑い出すと、アタシはあきらめてその場で膝をつくことに決めた。
仕方がないよ。こりゃ不可抗力だ。
人間がこんな化け物に立ち向かおうだなんて……あまりにもおこがましいって……。
楽になりたい、その一心で、大地に向かって崩れ落ちる。
だが、倒れなかった。
その時、崩れ落ちそうになったアタシの体を支えていたのは、
ただの〝意地“だった。
―――ははっ、まさか、最後の最後に、これとはね。
笑えてくる。
今までアタシは、この意地っ張りな性格が原因で、結構、損してきた。
親、友人、今まで出会った数多くの人、全員から、けっこう疎まれてる自信がある。
なんせ納得できないことには、徹底的に反抗したからね。
生きづらい性格だってのは、昔から分かってたけど、どうしようもなかった。
そういう性格込みで、アタシという人間なんだから。
こんなめんどくさい性格のおかげで、失ってきたものは数知れないけど、
だけど―――どうやら最後の最後で帳尻があったらしい。
だって、そのおかげで、ただの何の力も持たない、平凡な人間のアタシでも、終末獣と対峙して、こうして立ってられるんだから。
負けたくないって、意地を張れるんだから。
アタシの後ろには、あの子がいる。
アタシに心底ホレている、ギシンがいる。
だったら―――かっこ悪い姿は見せられないねぇ!!
その意地が―――アタシを最後の最後で奮い立たせた。
「図体ばっかりデカくったってさぁ!!」
アタシはキッと目を見張ると、目の前の壁を睨み付ける!!
確かにデカい、でも、だからどうしたっていうんだい!!?
テメーだって、終末獣の中じゃ、小さいほうじゃないか!?
そもそも、そんなところで張り合う必要はないっ!!
アタシは人間だ。
テメーらが虫けらみたいに踏みつぶしてきた、ちっぽけな人間だ。
そんなチンケな人間を、恐怖で膝つかせることすらできなかったなんて、
―――きっと、過去に例がないよ。今までで一番ダサい、最弱の終末獣なんじゃないの、アンタ?
そう思うと、今まで感じていた圧迫感が、ウソのように消え失せた。
どう考えてもこっちの方が格上だ。
アタシは今、精神的にコイツを見下せているっ!!
音が甦り、世界に色が戻っていく
灰色の世界から、ようやく帰還できた。
「――――――!!」
途端に、アイツの、K・Sの叫び声らしきものが聞こえてくる。
まったく、大したガキだったよ、アンタは。
あまりしたくはなかったが、その時、アタシは素直に尊敬の念を抱いていた。
たった一人で終末獣と闘い続けたギシン。
グラサンをかけて、ムリに笑って、ダサい革ジャンを着て……
必死にイキがって戦う少年に対して。
…………それにしても、ホントに似合ってないグラサンに、ダサい革ジャンだったわねあの子…………
ぷっ
不意にあの珍妙な姿が思いだされ、思わず、吹き出してしまう。
まったく、こんな時に笑かしてくれるなんて、ホントあの子、名前どおり、人を笑わせる才能あるわ。
いつの間にか、恐怖は完全に消え失せていた。
とても穏やかで、すがすがしい気分だった。
どんなに巨大でも、恐ろしくても、関係ない。
アンタはもう、お終いだ。
だって、アンタの相手は、アイツなんだから。
どんな苦境もひっくり返してきた、最強のギシン。
反則級な強さを持ち、
残忍で、
狡猾で、
容赦なくて、そして、誰よりも臆病。
そんな訳分からない男にケンカを吹っ掛けちまったんだから、それは、もうご愁傷さま、としか言いようがないね。
そして首のない終末獣に向かって、アタシはゆっくりと、中指を立てる
「さあ、覚悟しな。この、クソケダモノヤローがっ!!!」
……言ってみて初めて分かった。
コレ、とってもスカッとする!!
アタシはポケットに手を突っ込み、信号拳銃を手に取ると、真上に掲げて一気に引き金を引く。
パシュー
一筋の光がクネクネと蛇行しながら、夜空に向かって昇っていく。
その赤い閃光を眺めながら、一つ、願掛けをしてみた。
あの灯が消えるまでに、アタシの覚悟が決まれば、きっと全てがうまくいくと。
「……よっしゃ……やるか」
灯が消えるのと、アタシが決意したのは、ほぼ同時だった。
覚悟は決まった。後悔は……しない。
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舞子の合図の光だ。
オレは息を大きく吸い込み、奥意で一気に《全裸》の足裏を貫く。
「ボォォォエエエェェェムゥゥゥゥン」
よっぽど堪えたのか、実に悲し気な声で泣きわめきやがる。
しばらく、そうやって悶えてな。
お前の出番も、もうすぐだからよ。
《全裸》が頭を抱えて苦しんでいる隙に、オレは全ての攻守壁を集めて《首無し》の足元を穿つ。
バシュゥ
立っていた足場が急に失われ、《首無し》はバランスを崩しながら、後ろ向きに転倒する。
だが、その倒れこむ前に、もう一仕事。
≪首無し≫の背後に。穴を掘る。
攻守壁の残量はほとんどねぇから、巨大な塊をぶつけるわけにもいかねぇ。
オレは奥意を発動させ、小さな輪っか状の攻守壁を作る。
そいつを地面に叩き込み、回転させながら、徐々に輪の外縁を広げていく。
技名は……サークル・K・Sってとこだな?
バシュバシュバシュバシュバシュゥ!!
回転体となった攻守壁によって、大地がみるみる削られていく。
そして、いい感じの穴が掘り終わった次の瞬間、
ドシィィィィィィィン!!!
≪首無し≫がその穴に倒れこんですっぽりとハマる。
……これで、終いだ。
そこがテメェの墓穴だよ。
後は、舞子が依代を穴の中にぶん投げてくれれば、それでこの長い長い夜も終わりだ。
オレは安堵して、足を地面に投げ出す。
全ての攻守壁が解除され、《全裸》が虚無の針牢獄から解き放たれる。
「……さあ、テメェもいい加減、鬱憤が溜まっただろ? 全部吐き出していいぜ。特大のをかましてくれや」
「グググ、フォフォフォフォオオオオムゥゥゥゥンンン!!!!」
オレの意志が伝わったのか、《全裸》は今までにねぇ爆音を響かせながら、天高く跳躍していった。




