第7戦
勝利を確信し、振り向いたオレの視界の先には、横倒しになって大破しているジープが映っていた。
な、何が起きたんだっ!? ついさっきまでは、無事だったのに?
「ま、舞子ぉぉぉぉ!!」
距離が離れていて、届くとは思えなかったが、オレは、そう叫ぶ。
声が届いたとしても、それで舞子の運命が変わるはずもなかったが、とにかく、そう叫ぶ。
完全に油断していた。
《首無し》は《全裸》を守るための、ただのデクノボウだと思い込んでいた。
そんな単純な話じゃねぇ。アイツだって腐っても終末獣だ。
攻撃の手段は備えているに違いない、そう判断するべきだった。
いくら片足を失って、朦朧としていたからって、こんな判断ミスをしちまうなんて、クソッ、クソッ、クソがッ!!
《首無し》の鎧の隙間からは触手みてぇなモンが数本飛び出して、それがジープの周囲をウネっていやがった。
アレが、舞子を、襲ったのか、
「クソがぁああああああ!!!」
攻守壁を使って触手を蹴散らす。
バシュゥッ!!
アレには攻守壁が効く。だが……埒があかねぇ!!
消した先から、次々に生えて来やがる。全部を捌いてる余裕はねぇ。
それに――――
「ボォォォエェェムゥゥゥ!!」
《全裸》の方を、おろそかにするわけにはいかねぇ!! まださっきの痛みから回復はしてねぇようだが、気を抜けばオレの神威はすぐにスッ飛んじまう。とても《首無し》の触手全てにまで気を回している余裕はねぇ!!
どうする? どうすりゃいい?
喉が渇く、頭がイテェ。
あと、少し、あと、少しだったのに、こんな、クソッ。
八方ふさがりの状況にオレは、今度こそ本当に絶望しかかる。
その時、オレは、本当に愚かだった、と言わざるを得ねぇ。
こんなに簡単に負けを意識して、諦めかけちまってたんだから。
でも、この日だけは特別だったことを、すぐに思い出す。
いつも一人で、一人っきりで戦ってきたオレだったが、
今日だけはスゲェ助っ人がいる。
オレは、宇宙一スゲェ女と、一緒に戦ってたんだ。
それを、思い知らさせる。
視線の先で、ジープのドアが内側から蹴破られ、そこから舞子が現れた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
イタイ……な……
エンジンが止まったジープの中は、棺桶みたいに冷え切っていた。
それにしても、全く、ひどい話だと、改めて、思う。
アタシは節々が痛む体をいたわりながら、さっき聞いた作戦を思い出していた。
アタシの安否なんて、微塵も考慮しちゃいない、人命無視の作戦を。
―――あの首がない終末獣の鎧の隙間に、依代を置いて来いてきてくれ――――
ホントに小憎らしくて、ふてぶてしいガキだよ。そんな事、女のアタシに頼むかね、普通?
まったく、最後の最後まで人をイラつかせてくれたモンだと呆れる。
セ○クスだって一人よがりで、ヘタクソだし、避妊なんて一度もしてくれなかった。
本当に絵に描いたようなクズだった。
なんでそんなクズのために命を張らなきゃいけないのか? 世界のため? それともあの人のため?
改めて考えてみる。
どれも違うと思えた。
まぁ、そうだろうね。
しいて言うなら、
今まで見てきたからだろう。
あのギシンの苦悩を。
あのギシンは、いつも震えていた。
戦いの前なんて、眠れずに、いつも毛布にうずくまって震えていた。
それを誰にも悟られないように、イキった風にしてたけど、アタシを含め、周りの大人はみんなその本性に気付いていた。
だけど、そんな状態でも、キチンと自分の義務を果たそうとするアンタの仕事っぷりを見て、皆、心の奥ではアンタを認めてもいた。
そして、いつしかアタシ達は、何も出来ず、ただ世界を救う重責を子供に負わせていることに、後ろめたさを感じるようになっていった。
だから、いくら体を求められようが、拒絶はしなかった。
それくらいしか出来ることがなかったからね。
……そうさ、これは誰のためでもない。
きっと、アタシの気分の問題なんだ。
ガキに世界の運命を全部まかせて、それで安穏としてる、そんな歪な日常を否定したいだけなんだ!!
―――早く戻ってやらないと、あの子のことだ。
横転したジープなんて見たらすぐに弱音を吐いちまうに決まってる。だからさっさと行くとしよう。
アタシはボロボロになった身体にケリを入れて気合を入れなおす。
依代は……もう、つぶれちゃってるね。これじゃ使い物にならないだろうけど……多分、問題ない。
アタシは見たんだ。
終末獣の攻撃によってケースが破壊された瞬間、その中に収められていたモノを。
ハッ、何か怪しいとは思ってたけど、まさか、あんなモンが依代の正体だったとはね。
そりゃ、公表できないわけだ。
嫌悪感はあったけど、おかげでアタシは安堵する。
代用が効くに決まってる。自信はある。
最近、なんだか体がだるいことが多かったし。
多分、間違いないだろう。
アタシの身体は、今、きっと依代と同じだ。
なんせ、この一カ月間、あのクズには一度も避妊されてなかったんだから。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ま、舞子ぉぉぉ」
ジープから出てきた舞子の衣服は、所々、血塗られているように見えた。
ケガの程度は分からねぇ、だが、とても無事とも思えねぇ。
だけどアイツは健気にも、ケースを抱きかかえて、オレに向かって親指を立ててきやがった。
……ヤロウッ、あんな、あんな、態度、見せられちまったら、もう、迷ってるヒマはねぇじゃねぇか!!
絶対にこの作戦を成功させてやらぁっ!!
オレは《全裸》に割いていた攻守壁の一部を、舞子の防御に回す。
次の瞬間、《首無し》の触手が間髪入れずに、舞子に向かって襲いかかった。
攻守壁の残量はほとんど残っちゃいねぇから、舞子の全身を覆いつくすのが精いっぱいだ。
終末獣の攻撃が、舞子の皮膚スレスレにまで迫る!!
だけど、舞子はそんな状況でも、全くビビらず、スーツを抱えながら、自ら《首無し》に向かって駆けて出していく。
スゲェ女だよ、ホントに……。
なら、オレは、絶対にお前を守り切ってみせる……。
だから、そのまま、迷うことなく駆け抜けろ、舞子っ!!
舞子と《首無し》の距離は直線距離で、およそ数十メートル。
遮る物は何もない。
行けっ!! そのまま駆けろっ!!
手を握りしめながら、その行く末を見守る。
そして、
とうとう、その時が訪れる。
舞子が、《首無し》の足元に到達する。
それは二体の終末獣の、終着駅。
この戦いの終わりを意味した。
星の輝きが薄れ、空が白み始める。
舞子とオレが力を合わせて共に戦った、長い長い夜が、ようやく明けようとしていた。




