第2節
「ザッザザッ―――それではみなさん、ザザッ―――今日も一日頑張って生き延びましょう―――」
朝のニュースは、いつもそんな虚しい願いで締めくくられる。
今日で死村慈恩の終末予言からちょうど20年。
人類はまだ滅びてはいなかった。
なら彼女の予言は外れたのか?
―――もちろんそんなことは無い。
なぜなら彼女の予言は、現在進行形で進んでいるのだから。
◇◇◇
予言のすぐ後に起きた大寒波、戦争、飢饉。
怒涛の勢いで押し寄せてきた災禍によって、世界人口は瞬く間に最盛期の半分以下まで減少してしまった。
ひどい惨状だがそれもまだほんの序章。その後すぐに人類は、本当の脅威に遭遇することになる。
「おい、なんだあれ?」
ある日誰かが呟いた。
彼が指さす先には、ファンタジー世界に出てくるような巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。
そしてそこから現れたのは―――
まるで特撮に出てくる怪獣のようなフォルム、
背面には大天使よろしく白い羽が何枚も飛び出している、そんな異形の怪物だった。
ラッパを持ってないのが唯一の救いと言ったところだろうか。
そんな異形の怪物が、重力を無視した下降速度でゆったりと地上へ降りてきた。そのあまりに現実感のない光景に、誰もが最初はARの一種かと思ったらしい。
だが、その化け物が突如雄たけびを上げ、そして口らしき部分から放ったレーザーによって
大陸は分断され、
海は干上がり、
山脈が一瞬で溶解した。
その一撃で人類は全てを理解した。
―――コイツが終末獣、この化け物に自分たちは絶滅させられる、のだと。
だが、人類は座して終わりを受け入れるほど愚鈍ではなかった。
初めて遭遇する未曾有の脅威に対抗するため、有史以来初めて人種も国家も飛び越え手を取り合い《世界統一連合軍》を発足させることに成功したのであった。
その奇跡のような出来事は、絶望の淵にあった世界を希望の光で照らし出した。そして、その発足から一か月後、太平洋のど真ん中で連合艦隊と終末獣が雌雄を決する時が訪れる。
人類の本気を思い知るがいいっ、この化け物めっ!!
誰もが拍手喝采で艦隊を見送った。勝利を信じて。
……きっと誰もが恐怖のあまり、死村の予言を忘れてしまっていたのだろう。
―――残念ながら今のあなた方では、絶対に敵わない相手です―――
その絶望的な一文を。
戦いはあっけなく終わった。
連合艦隊は終末獣に何一つ損傷を与えられずに全滅した。
周囲の次元が歪んでいるのか、ミサイル、砲撃類は到達する前に全て消失してしまうのであった。
まるで空気の壁に向かって砲撃しているようだ、と、とある艦隊の司令官は語ったとかなんとか。
もちろん人類最強の兵器、核兵器も投入された。
だが、成層圏まで届く巨大なキノコ雲の下で、灼熱の炎に包まれた終末獣は挑発するように小首をかしげていたそうな。
……希望の光に見えたのは、どうやらただの線香花火だったらしい。
全人類がそう気付くのにさして時間はかからなかった。
そして今度こそ誰もが終わりを受け入れた。
「……これが最後の奉仕です」
ある日、世界中が絶望に包まれている中、命知らずのテレビクルーたちによって送られてきた終末獣のライブ映像の中に、無謀にも終末獣に立ちはだかる人間の姿が映し出された。
誰もがその姿を見て驚きを隠せなかった。
モニタに映しだされた人物、それは突如、姿を消した預言者、死村慈恩その人だったからだ。
そして彼女は何を思ったかおもむろにベールを脱ぎ、初めてその素顔を衆人の前にさらした!!
……その美醜をコメントするのは、差し控えるとしよう。
「さあ、元の世界へお帰りなさい……」
そして彼女は何を思ったか、とつぜん終末獣に向けて膝を折って祈り始めたのだった。なんてアグレッシブな自殺、だがそうではない。
な ぜ か 終末獣が突如悶え苦しみ出す。
それは人類が初めて目撃した終末獣の苦悶の姿。
そして苦しみに耐えきれなくなったのか、急に空に魔法陣が現れると終末獣はその中へ飛び込んでいき、姿を消してしまった。
実にあっけない幕切れ。
それが死村慈恩のおかげ……なのかもよく分からず、人々はただ困惑する。
だが、脅威が去ったことを実感した彼らが次に取った行動、それは糾弾する事だった。
テメェそもそもハナから怪しかったんだよ!?
なんで未来のことが分かるんだよ!?
もしかしたらお前があの化け物を呼び寄せたんじゃないのか!!
ふざけるなよこの魔女がっ!!
生き残っている世界中の通信回線から怨嗟の声が上がったのは、終末獣撃退のほぼ直後だったというのだから人間の浅ましさここに極まれり、である。
そんな言葉の暴力に耐えきれなかったのか、未だ空に浮かぶ魔法陣を眺めながら死村慈恩は
――――いきなり血を吐いて倒れた。
「……今のが正真正銘、最後の奉仕です。
私は、力を、使い果たしました。
おそらく、もう来年までは……もたないでしょう。
終末獣が次に現れるのは……およそ8年後になりますが、
どうか……それまで……皆さん……お元気で……」
死村慈恩の辞世の言葉が、電波にのって世界中に届けられる。
それを聞いた人々は、
すいません!!スイマセン!!すみません!!
失礼なことを言って本当に申し訳ありませんでしたっ!!
アナタの気が済むまで謝ります!!!
だからどうかお願いですっ!!!見捨てないで下さいっ!!
なんでもしますから、なんでも捧げますから!!!
だからどうかお願いしますっ!!!
憐れなボクたちをまた救ってください!!
全力で掌返しを始めた。
世界中から二十四時間途切れることなく、病床の死村へと無辜で善良なる願いが届けられていく。
すると
「ふふっ、ふふふっ、予言は……絶対。
それなのにあなた方は……抗おうというのですか?
まったく浅ましい。だけど正直な生命。
……ならばいいでしょう。
救う、とは言いません。出来る限りの事をして差し上げましょう。
私はあなた方人間の事を……心からいとおしく思っていますから」
その時の死村は、死の淵にありながら妖艶な笑みを浮かべていたという。
そして翌年、人類は色んな手をつくしてはみたが、結局彼女は宣告通りこの世を去っていった。
享年 不明。
誰も彼女のことを何も知らなかった。
そして予言者は約束通り、出来る限りのことをしてくれていたのであった。