第15話
今回の視点人物は嵐山先生です。
まったく今日はとんでもない厄日だった。
オレはスーツを脱ぐこともせず、疲れ果てた体をベッドに投げ出す。
しかし、いくら待っても睡魔は一向に訪れない。
最近はいつもこうだ。
体は疲労を訴えているのに、頭だけは冴えわたって中々寝付けない、そんな夜が続いている。
完全に不眠症の症状だ。
……薬、増やしてもらうか。
原因は考えるまでもなかった。
アイツだ。アイツのせいだ。
アイツのせいで全てがおかしくなっちまった。
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「嵐山くん、ちょっといいかな」
二カ月前、話がある、と教頭に告げられ一緒に向かった先は、なぜか職員室ではなく、視聴覚室だった。
そこにはすでに先客がおり、見慣れないスーツ姿の男たちが数名座っていた。
「こちらは死村財団の方々だ。実は四月から一名、ギシンの子が転入してくることになってな。
そのクラスの担任を嵐山先生にお願いしたいと思ってるんだ」
普段の業務連絡のようにあっさりと告げられたが、その内容はとてもおいそれと承服できるものではなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください。い、今なんて? ギ、ギシンってあのギシンっ!? いや、ム、おかしいでしょ!? だって私、まだ教師になって三年目のペーペーですよ!?」
「……私もそう言ったんだがね。こちらの方々が、どうしても嵐山先生でなければダメだというのだよ」
「こちらの方って……死村財団……」
そこでオレは居直るスーツ集団を改めてみる。
どいつもこいつも表情のない、生気の抜けたような顔をしていた。
死村 慈恩が生前に、予言でこっそり蓄えていた資金を元に設立された財団、死村財団。
その総資産は、かつて栄華を極めた資産家たちが束になってもかなわない、と言われている。
実質、コイツラが、今のこの世界の支配者だ。
そして、スーツ集団の中で唯一、まともそうな顔した眼鏡の男と目が合う。
そいつはオレに目礼すると、立ち上がって発言した。
「心中お察しいたします嵐山先生。ですが、これは貴方にしかお願いできない事なのです。どうかここは快く引き受けて頂きたい」
「で、ですからなんで私が」
「詳細は申し上げられませんが、我々財団の責務は、人類を一秒でも長く存続させることなのです。
そのためには貴方の協力が、どうしても必要なのですよ」
「い、意味がよく分からないのですが」
「……嵐山さんは《終劇の予言書》の事はご存知で?」
「終劇の予言書って……」
たしかアレだよな。
死村 慈恩が遺したと言われる人類が絶滅するまでの全てが記されたという予言書のことだよな。
でも、それってただのオカルトだろ?
「ま、まあ噂だけは」
「結構です。実は《終劇の予言書》には死村先生のありがたい予言が、かなり先々まで記されておりまして、そして予言が間違いなく成就されているおかげで、我々人類は今まで生きながらえている次第なのですよ」
なんだか予言の話をし出した途端、眼鏡男の雰囲気が変わった気がする。
上手く言葉に出来ねぇが、なんだ?
まあ、どうでもいいか。それよりそのありがたい予言書が今回の件に一体なんの関係があるんだよ。あー、訳わかんねぇ。
すると、オレのイラつきを感じたのか、眼鏡男がさらに口を開く。
「つまり、人類が今まで生きながらえてきたのは、予言書の内容が正しく実現されてきたから、なんです。逆にいえば、予言が正しく実現していなかったら、我々は今ごろ……想像するのも恐ろしいことです。ですから、予言は間違いなく実現されなければならない、そして我々、財団はそのために心血を注いでおります。……ここまで話せば、なんとなくお分かりになっていただけたのではないでしょうか?」
なんとなくは、な。
「はぁ、じゃあもしかするとオレ……私がギシンの担任になるってことが……あらかじめ予言されていたっていうことでしょうか?」
教頭の前なので慌てて言いなおす。
それにしても……この眼鏡、やっぱりただの坊っちゃんじゃねぇ。雰囲気がどうも……剣呑になってきやがった。
「そう思っていただいてかまいませんよ」
眼鏡男はオレの推測を否定しなかった。
「……そうですか。でも、やっぱりムリですよ。私なんかに務まる訳がありません。きっとその予言書に何か間違いがあったんですよ。現に私は今、お断りする気しかありませんし。もし強要するつもりなら、申し訳ありませんがこの学校を退職させてもらいます」
「お、おいっ、キミ、いきなり何を言っとるんだ!?」
ずっと黙ってた教頭が慌てて詰め寄ってくる。
悪いけど前から考えてたことなんで。
とても給料に見合った仕事とは思えないし、
それにやっぱり最期くらいは……家族と過ごしたいもんな。
オレの宣言を聞いた眼鏡男は豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、すぐに元の表情に戻るとなぜか嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうですか。嵐山さんのお気持ちはよく分かりました。ではこちらをご覧ください」
男が片手を上げるとスクリーンが下りて来てプロジェクターが起動する。
「何を見せるつもりですか? 何を見ても私の考えは変わりませんよ」
「ご覧になっていただければ分かります。たしか…………先生のご実家は青森でしたね」
「……えっ!?」
オレの困惑は、その後に映し出された映像によってさらに増幅された。
スクリーンにはこちらに向かって微笑む母ちゃんと妹のヨシノが映っていた。
二人は照れくさそうにしながら、オレに対する応援メッセージを次々に口にする。
「おめみだいな暴れ者に先生なんて務まるのが心配してだげど立派にやってらようで母っちゃホッどしてらよ」
「兄ちゃん、母ちゃんの面倒はわたしが見てるから安心してね。でもたまには家にも帰って来でね。こう見えて母ちゃん寂しがってるから」
……………
中身は何の変哲もないホームビデオ。だけどこの状況じゃ…………