第14話
プルルルルルルル
はやく出ろよ。何やってんだ。
プルルルルルルルルル
ガチャ
『はい、こちら公民館前駐在所』
「死村 仁だ!! そちらにまだ慈 時雨はいるかっ!?」
『……はい? あのどちら様で』
「だからギシンの死村 仁だよっ!! さっきオレ宛に電話するように言ってきた学生がいただろっ!! 早く出してくれっ!!」
『えーっと、ちょっとお待ちください。確認しますので』
見事な程のマニュアル対応。
イライライライラ
いや、こんなイラつく道理がない。
オレの不明が招いた事態なのだから。
だとしても、気がはやる。
頼む急いでくれ。
「時雨かっ!?」
『ここの責任者の井上という者です。失礼ですが死村 仁さまで?』
「だから、そう言っただろ」
『ギシン様が駐在所に何の御用ですか?』
「何度も言わせるなよ。さっき、オレに話したいことがあるという学生が来ただろう。ソイツを出してくれって」
『ああ、ええ、確かにそう言った事案がありましたが、あれはイタズラだったということが分かりまして。先ほど厳重注意して、家に帰したところです』
「帰ってもらっただと?大人しく帰ったのか?」
『ええ、最後は大変申し訳ないことをしたと殊勝な顔して謝っておりました』
殊勝な顔して謝った?帰っただと?
……おいおいウソつくなよ。
そんなわけないだろ。
アイツは友人を助けるためならギシンにだって立ち向かっていく、そんな気が強いヤツなんだぞ。
おまけに素直じゃなさ過ぎて、面と向かって謝れないくらい性格捻じ曲がってんだぞ?
短い付き合いだが断言できる。
時雨は謝るくらいなら最初から駐在所なんかに駆けこまない。
全部自分で解決しようとしただろう。
だからアイツが人に頼る時っていうのは……それは本当にもうどうしようもなくなった時だけだ。
今、はっきりと分かったぜ
この井上って男、話し方はへりくだっているが、どうやらオレが本物だとは思っていないらしい。
ただのイタズラ電話だと思って適当にあしらおうとしてやがる。
時雨、お前はまだそこに居るんだろ。
……信じるぞ。
「井上さんって言ったっけ? アンタ、どうやらオレが本物のギシンだとは、思ってないみたいだな」
『いえいえ、そのようなことは』
「悪いが急いでるんだ。もし、すぐに時雨を出してくれないなら仕方ない。井上さんには消えてもらうことにするよ」
『えっ?』
「駐在員なら、担当地区のギシンの神威くらい把握してるだろ。死村 仁の神威は消滅系だと。
そして、オレの神威は相手がどんなに離れてても発動することが出来る、遠隔系でもある。やろうと思えばこの電話線を通してだって、それは可能だ。今すぐ時雨を連れてこなければ、オレはお前をこの世から欠片も残らず消滅させる」
『な、なぜ神威の特性を、そ、それは極秘で、ま、まさか、ほ、本物』
「だから何度も言ってるだろ。十秒やる。さっさとしろ。十~~、以下略、一!!」
『ひ、ひぃっ、お、お待ちをっ!!』
電話口の向こうで人が遠ざかる気配がした。
駐在員に与えられている情報は断片に過ぎない。
今のは半分以上は、ウソだった。
オレの神威は……まだ、そこまで万能ってわけじゃない。
だけど騙して、すまん、とは言わない。
こっちだって必死なんだから。
数秒後、電話口の向こうに誰かの気配を感じた。
「時雨かっ!?」
『……あ、アンタ、なの……?』
最初誰だか分からなかった。
それくらい憔悴しきった弱々しい声。
あの時雨がここまで―――
次の瞬間、オレはほとんど叫び声に近い声を上げていた。
「そうだ!! オレだっ!! いったい何があったっ!?」
『うっ、うぅ、お、お願いだから、何でもするから、だから』
時雨は今にも泣きだしそうな声で、絞り出すように。
『助けて』
救いを求めてきた。
あの時雨がオレに、
あの高慢で生意気で、出会った瞬間からオレの事を毛嫌いしていた時雨が、
面と向かって謝罪も出来ないほど性格のねじ曲がった時雨が、
涙交じりの声で、オレに救いを求めている。
受話器を持つ手が自然と震えだす。
「……何があったか教えてくれないか?」
『うっ、き、消えたの』
「消えたって? どういう事だ?」
『……消えちゃったの。ひ、火野華が、探しても、どこにもいないの。あの子と一緒にっ』
「あの子って……まさか」
嫌な予感が全身を駆け巡る。
『あの子が、アンタの妹が、来て、それで火野華の手を取って、気付いたら、もういなくて、それで、私、どうしていいか分からなくて、ずっとずっと探して、でもどこにもいなくて、それで、それで、うう、ううぅ、うわぁぁぁぁん!!!』
その絶望的な状況を思い出したのか、時雨は電話口の向こうで憚ることなく号泣する。
オレはその時、どんな顔をしていただろう。よく分からなかった。
「……よく知らせてくれた。ありがとう。お前の親友はオレが責任を持って取り戻す。だから安心して待っててくれ」
『ひっ、ひっく、で、でも、ど、どうずるの』
「……ギシンの不始末はギシンが片づける」
それは、自分の声とは思えない程冷たい声だった。
ガチャリ
しばらく時雨をなだめた後、オレは受話器を置いた。
「仁、どうするつもりだ」
いつの間にかリビングの入口には源蔵さんが立っていた。
「どうするつもりなんだ?」
重ねて問われる。
どうやら横で話を聞いていたらしい。
説明の手間が省けて助かる。
「心配しなくても教科書に載るような災事には、ならないよ。それより源蔵さん、ちょっとお願いがあるんだけどさ、今からオレが言う内容を、財団の緊急連絡システムを使ってトキノに伝えて欲しいんだ。出来るよね」
ちょっとしたお願いではなく、相当な無茶を言ったが、それでも源蔵さんは嫌な顔一つせず「分かった」とすぐに頷いてくれた。
ありがとう。本当にいい父親だと思う。
「あとさ、これは先に謝っておくけど」
多分、そうなるだろうな、ということは先に伝えておこう。
暗に危険だから近づくなという意味も込めて。
オレは天井を見上げながら、こともなげに言う。
「悪いけど今後はもう裏山でタケノコは採れなくなると思う」