第12話
夕食を終えたオレは、リビングでテレビを囲みながら家族団らんの時を過ごしていた。
画面の中では、背中にモンモンしょった任侠者が、匕首片手に八面六臂の大活躍中。
いやいや待て、どんな団らんだコレ。
……まあ仕方がない。
何度も言うが終末世界のテレビはほとんど開店休業状態だからな。
ちょっとオレの趣味じゃないけど、映るものなら例え環境放送でもなんでも見させてもらうというのが現代っ子の矜持なのだ。
「むぅぅぅ」
それに、オレの横では源蔵さんがうなり声を上げながら真剣に見入っていることだし、最後まで付き合うとするか。
そうして
結局、その抗争は一人のヤクザ者の活躍によって無事に終焉を迎えた。
テレビが砂嵐を映し出したので、源蔵さんはよろよろと立ち上がって電源をOFFにする。
そこでおもむろに一言。
「はぁ、やっと終わったか。オレ、血が多いの苦手なんだよな、うぅぅ」
ムリして見てたんかい!!さっきのうなりはそういうことかよ!!
だったら途中で何か言ってくれって。
無言で見入っているから、てっきりこういうのが好きなのかと思っちゃったじゃないか。
それでなくても源蔵さん見た目はちょっと極道入ってるんだからさ。
オレは、我が家がまだコミュニケーション不足であることを痛感する。
「そう?私は好きだけどな」
唯一、織江さんだけが肯定的な意見を述べる。
「それに、男の人はあれくらいやんちゃな方がいいわよ」
オレは源蔵さんと目を合わせる。片手が切り落とされた男からは、血が滝のようにドバッーと吹き出ていたが……アレがやんちゃ?
日本語の誤用が多い日だなと思ったが、まぁ、でもそうか、織江さんはこういうのが好きなのか。ならこれからはオレも懐に匕首でも忍ばせておくとしよう。
―――などとはもちろん思わない。
なんせ、ギシンに刃物は厳禁なのだ。
源蔵さんと織江さんはオレの両親にあたる人だ。
もちろん血のつながりはない。ついでにいうとこの二人は、本当の夫婦関係ですらない。
ただギシンの精神安定を図るためだけに、財団が用意した偽りの家族なのである。
そんなに気をつかわなくてもいいのにと思うのだが、この二人とはフィーリングが合うのか今までの(偽)家族と違い、一緒にいて苦痛を感じたことは今のところ一度もない。人材不足の折、よくこんな逸材を見つけ出してきたもんだと感心する。そこだけは本当に財団に感謝している。
でもまあ、やっぱり本当の家族のような気安さはさすがにないけどね☆
―――と思ったけど、よくよく考えたらオレ、本当の家族をそもそも知らなかったわ。
「それはそうと仁、今日、何かあったのか?」
ソファでぼうっとしていると、突然源蔵さんから抽象的な質問を投げかけられる。
「何って、別に何もないけど」
抽象的には抽象的。
別に何も考えていなかったわけじゃないぞ。
「そうか。ほら、例えば、何か嫌な事があったとか、何かショックな出来事があったとか」
「いや、ないよ」
そもそも今日はほとんど寝ていました。すんません。
「……実は、ちょっとおかしな数値が計測されたらしくてな。それで、その、なんだ、みんな気をもんでるらしいんだよ」
ああ、そういう事。
ようやく言わんとすることを理解する。
ギシンが神威を発動すると、何か良く分からんいい感じの未知の粒子が観測されるのだ。
二次方程式すら解せないオレには理解不能な領域だから詳細は省かせていただく。
しかしなんだね。最初からそう言ってくれればすぐに分かったのに。
やっぱり我が家はまだまだ、コミュニケーションが不足している。
「ああ、それはオレじゃないよ」
「ほう」
「トキノがちょっと遊びに来てたんだ」
「そうか、トキノさまか。ならいいんだ。そうか、そうか、あの方がな」
源蔵さんは顔は平静そのものだけど、内面は動揺しているのが分かった。
掌でアゴを何度もさすっているのが何よりの証拠だ。
これは一カ月間一緒に暮らして分かった、成果の一つと言える。
「しかし困ったものだな。ずっとそうだったのか?」
「うーん、そうだなぁ、多い時は週に二、三回来てた時もあったけど、今は大分落ち着いてる方だと思うよ」
「そんなにか」
顔がマジになってますよ源蔵さん。
「べつにいいじゃない。トキノさまはお兄ちゃんっ子なのね」
すかさず織江さんがフォローをいれる。ナイスフォロー!!
「あなたは一人っ子だから離れて暮らす兄妹の気持ちが分からないのよ。大目に見てあげなさいな」
「むう、まあ、そういうものか」
しぶしぶ納得する源蔵さん。
やっぱりいいコンビだなこの二人は。
本当に結婚しちゃえばいいのに。
「そうかもしれんが……トキノさまの担当地域は、気が気がじゃないだろうし……少し控えてもらった方がいいかもしれんな……」
それは誰に言うでもなくほとんど独り言だった。
言って聞くような奴じゃないのだが、きっと伝わらないだろうな、と半ば諦めていると
プルルルルルルル
電話が鳴った。
「あら?誰かしらこんな時間に」
織江さんがおっとりした動作でソファから立ち上がり、電話の方へ向かう。
源蔵さんも特に反応せず鼻毛を抜いていたので、オレも肩の力を抜いてソファにもたれかかる。
死村慈恩によって終末獣の出現は全て予言されている。
ただそれは公表されてはいない。
普通に考えて当たり前のことだ。
事実が常に平穏を与えてくれるとは限らない。
いくら先が見えている世界でも混乱は少ない方がいいだろう。
だから、予言は財団によって厳重に保管されている。
そして公表の時期が来たと判断された時に、関係者に速やかに通達されることになっている。
最前線で戦うギシンなんて関係者の中では筆頭だ。
だから電話が鳴ると自然と身構えてしまう。
これはギシンあるあるその2だから、仕方のないことなのである。
「あら、いつもお世話になってます。ええ、それでどうしました。ええ、はい、はい、そうなんですか、それは、ちょっと……私では何とも……ええ、いますが」
受話器に向かって話す織江さんの声が段々とトーンダウンしていく。
何か深刻そうな雰囲気だ。
大丈夫、なんだよな?
オレは少し不安になって様子を伺う。
「あなた、ちょっと代わっていただけませんか?駐在さんです」
「ああ?なんだ」
この時代、多くの町は財団から派遣される団員によって治安が維持されている。以前の警察機構と同じく制服を着て詰所に駐在する団員は、親しみを込めて駐在さんと呼ばれている。(まんまだな)
「ご苦労さん、どうした?」
どうやら織江さんでは判断がつかない事案のようだ。
ちなみに我が家では源蔵さんが最終決裁者になる。
はっきり聞いたわけではないが、雰囲気から察するにおそらく源蔵さんの方が階級が上なんだろう。
「……そうか、それでその子は、まだ居るのか?……うん、そうか、ちょっと待ってくれ」
源蔵さんは受話器を一旦保留にすると、オレを手招きする。
「どうしたの?」
「いや、なに、駐在所にお前の友達って名乗る子が来ているらしくてな。それでどうもお前に話したいことがあるそうなんだが、心当たりあるか?」
こんな時間に友達から?
もう10時回ってるぞ?
いやいや、そもそもオレの友達って……だれよ?
この一カ月でまともに話したことがある生徒なんて、火野華くらいのもんだし、アイツが他人にオレと友達なんだー、なんて宣言するほど厚顔なヤツとも思えない。
「うーん橘っていう子なら、まあギリ可能性がなくもないかな」
「分かった、ちょっと待っててくれ……おい、その子の名前は……そうか、分かった」
源蔵さんは受話器の通話口を抑えながら、卓上メモにペンを走らせる。ずいぶん器用だな。
「橘って子じゃないそうだ」
「なら心当たりないね」
貧しい交友関係をさらすのは少し寂しいが、こう答えるより他にはなかった。
「分かった」
源蔵さんは通話口に戻り、そして我が家の結論を述べる。
「イタズラの可能性が高い。すまないがそちらで処理しておいてくれ」