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短い間だったように思ったが、ふたりでした満月見物が百をとっくに越えていた。
小鹿が月見団子を作ると云えば粉を間違え、もし作れてもノドに詰まらせる。
そんな生活に慣れた頃、今度はふたりしてドジをした。
流行病らしかった。
人里離れたところだというのに、病ばかりは貰ってくる。ツイていない。
「……すみませんです。何もご恩返しできないままで……」
「元気だけが取り柄だったんじゃないのか、早く治れ」
俺自身も、大分身体が気怠かったが、小鹿よりはマシだった。
歩くたびに五臓が痺れる。喋るたびに六腑が揺れる。呼吸するように吐き気が襲う。
ただ、まあ、立ち上がれない小鹿よりは元気、だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私が……」
「良いよ。お前が何かドジってもサポートするのもしんどい」
「申し訳ありません、申し訳ありません」
「謝る語彙だけ増えちまったな、お前も……何か精の付く物でも食った方が良いな」
「精の付く物……お肉とか、ですますか?」
ボケっとしているばかりの小鹿が、目を見開いた。
初めて見る、感情の読み取れない表情だった。
「……ああ、そうだな。お前は肉嫌いかもしれないけど……何か食えば違うかもな」
「お肉を食べれば……あなた様もお元気になってくださいますですよね?」
「? まあ、俺も力は出るかな」
「お肉……ですか」
「――何か取ってくるよ。お前も無理してでも食って元気になってくれ。それも恩返しだからな」
俺を送り出した小鹿の、いってらっしゃいという言葉が、妙に耳に重かった。
――甘かった。初めて山道を辛いと感じていた。
普段は畑を守るために音で威嚇するためにしか使わない銃を撃ってはみるが当たりはしない。
いつもの生活圏、山道といってもそれは動物たちも同じ。俺の足回りは限界に近かった。
兎どころか狸も狼も見付からない。下手をすれば行き倒れそうだ。そろそろ引き返さなければいけない。そう思ったときだった。
「……あ」
思わず声が出ていた。
視線の端に捉えたのは一匹の鹿。かなり大きくなり変貌しているが、いつぞやの仔鹿。動物に使う言葉ではないが面影が有った。
仔鹿……いや、もう鹿と呼ぼう。鹿は逃げる様子もなく、俺の方をじっと見つめている。
小さい頃のようにはしゃぐのでもなく、かといって普通の鹿のように逃げるでもない。頭の悪い鹿だと思っていたが、こうまでだとは思っていなかった……が、助かる。
「今日もかなり面倒だが……その命、貰うぞ」
不思議と泣いていた。俺も鹿も。なぜだろうか。
引き金を妙に重く感じた。そして撃ったあと、腕の中を銃の反動が鈍く残り続けている。
重くて辛い。以前担いだときより大きくなった鹿を担いで小鹿の待つ家へ向かう道は、気怠さと吐き気の満ちた帰路。動物を殺すのは初めてではないが鹿は初めてだ。
病から来るのだろうか。この胸の奥で蠢くような感触。
戻ったら血抜きや毛皮剥ぎも有る。早く小鹿に肉を食わせてやりたいというのに身体が重い。悪寒がする。
鹿の重さと流れる血が、妙に気分が悪かった。
そして、家に帰ると蒲団の中に小鹿は居なかった。
日が暮れて、満月が出ても、小鹿は帰って来なかった。