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小説『狭い器』 本土決戦の中で私と桜子は二人だけの世界を構築した。  作者: 居木井丈晴
第一章 北日本人民共和国の朝
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(7)高木桜子の憂鬱 1945年8月14日

1945年8月14日。


 国民義勇隊の集合場所になっている町内会詰所に、私はいつものように出頭した。

 義勇隊は町ごとに編成されているので、同じ町内に住んでいるのなら昔の仲間と顔を合わせることになる。女学校時代の同級生だった高木(たかぎ)桜子(さくらこ)はもう詰所の集会室の中にいた。 


奉仕作業や陣地構築で一日の大半を使い潰す生活の中で、この作業が始まる前のわずかな隙間が、私たちにとっては宝石のような時間だった。


みんなこの時間を大切にして無駄にしないように、そっと細切れの時間をすくい上げていく。


そのわずかな間におしゃべりをしたり、本を読んだりして、奉仕に疲れた心を紛らわす。桜子はもっぱら物資不足で紙一枚だけになってしまった新聞の朝刊を読むことにあてている。


桜子は、何やら深刻そうな表情を浮かべて何度も紙面を読み返していた。私は少し声をかけようかためらったけれど、先に桜子の方がこちらに気づいた。

「おはよう、友枝」

「おはよう……どうしたの?浮かない顔をして」

「これを見て」

 私は紙面を覗きこんで目を瞠った。


『阿南陸相に天誅下る』


 終戦工作に尽力していた阿南惟幾陸軍大臣が、継戦派の一将校によって暗殺されたこと、そして継戦派の強硬な宣言文がその一枚だけの新聞に掲載されていた。目を通してみると、まさに檄文としか言いようがない過激な字句が羅列されているのがわかった。とにかく尽忠とか、護国とか、そういう精神主義を強調する語句が目につく。


桜子が「薄っぺらい」とか「実が無い」と切り捨てる類の文章だなと私は思った。


「また二・二六みたいなことが」

東京で陸軍の反乱事件が起きたのは、私が八歳のころだ。北海道に情報が伝わる速度は遅いので、両親が余計不安に駆り立てられた姿が印象に残っている。

 ただこれで二回目と思うと、恐怖よりも、呆れるものを感じた。

 

桜子はそんな私の表情を読み取る。


「なんか白けた顔ね」

どきりとした私は周囲から“非国民”と批判されるのが怖くて、周囲で誰も聞いていないのを確認してから「これで二度目だからね」と小声で答えた。

「そ」


 桜子は縫い付けられたようにまた新聞に視線を落とした。それからじっとしたまま動かない。蒸し暑くて空気が淀んでいるような集会室の中で、いつもなら新聞記事に対する自分の見解を話したがる桜子が、一言も言わずに固まってしまっている。その手元を見ると桜子の握りしめている新聞紙には爪を立てて撓めた皺が走っていた。

 

憤りのあまりそうやってしまったのだろうか。


 そして桜子の机の周りには愛用しているはずのメモ帳も筆記具も置かれていない。いつもならあるはずのものが置かれていない。

「メモしなくていいの?」

「ん?……」

「いつも、自分が興味を持った記事は、必ずその内容や、日付とかを書き取るじゃない」

「今日はなんだか気乗りしない」

「そう」


 桜子は落ち着きを失って、手の爪先をしきりに擦りあわせて研いでいる。


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