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小説『狭い器』 本土決戦の中で私と桜子は二人だけの世界を構築した。  作者: 居木井丈晴
第一章 北日本人民共和国の朝
5/39

(5)フラッシュバック

中庭に出ると、国旗の小旗を掲げた黒塗りのソ連製高級車・ジスが唸りを上げて私を待っていた。


専属運転手は大臣公用車のジスのステップに足を掛けてじれったそうに煙草を吸っていたが、私を見る「やれやれやっと来たか」と煙草を捨てて運転席に荒々しく座った。私は後部座席に飛び乗った。

「ごめんなさい。お待たせして。ちょっと同僚と話していました。中規模機械製作省の方へお願いします」

「はいはい・・・いつもどおり中規模機械製作省ね。まったくいつもあなたは遅いよ」


運転手は大ざっぱな手つきでハンドルを回すと、勢いよく車は電力経済省から滑り出した。正門に控えていた衛兵が大臣専用車に向かって敬礼した。


 公用車は40メートル以上の幅がある12・25戦勝大通りに出た。1945年12月25日に“解放”ソ連軍が北海道苫小牧に集結していた日本軍主力を撃滅して、最終勝利をおさめたのを記念して名づけられた北日本のメインストリートだ。


「寂しいもんです。この季節は―」

運転手はぶつぶつと言っていた。


「戦勝記念日にでもなれば、この車がほとんどいない大通りでも偉大なる伊那征太郎書記長同志の観閲のもと、人民軍がダチョウ足行進で、機械人形のようなキッチリとした動きで壮大なパレードをするのに来年までお預け。つまらない、つまらない」


 私はふと左を見る。カーキ色に塗られたソ連製の軍用トラックが並走しているのが見えた。荷台に乗っている自動小銃を構えた兵士たちが、無表情そのものといった目でこちらを見ている。


 冷たい水に満たされた水槽にいる魚のような気がして、私は軍用車から目を逸らした。


「珍しい。今のトラックの荷台には、ソ連兵が乗っていましたよ・・・。真駒内の中規模機械製作省へ警備に行くんかな?」

「さぁ、どうなんでしょうか?」


 大通りの両側に灰色の高層ビル群が、ドミノ板のような狭い間隔で並んでいる。まるで工場のような直線的デザインで統一されたスターリン様式のビルが並ぶ変化の乏しい町並みを眺めていると、自分が同じところをぐるぐると回っているような気がしてくる。


 公用車が風を切った時に出来た気流が、路面の端に溜まっていた乾いた落ち葉を、青白い排気ガスとともに巻き上げる。燻された落ち葉がコンクリートの路面を擦りながらどこかへと吹き飛ばされていくのを見ながら、私は何とも言えない心の渇きを覚えた。


 私はこらえきれなくなって目を瞑った。


――あの時も、こんな荒涼とした風が吹きすさんでいた。


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