エピローグ
私は妙に晴れやかな気分で、薄汚れた青い扉の並ぶ地下通路を歩いている。
私はやっとわかったような気がしていた。
あの戦争が継続されることを知った日に桜子が、なぜあれほど暗い表情をしていたのか。
あの最後の日に、桜子が私にノートを見せた時に、なぜあんな表情をしていたのか。
桜子は、自分の正直な思いを誰にも語られないまま死ぬことが嫌でたまらなかったんだ。あるいは、後世の悪い人間に自分の思いを勝手に曲解されて悪用されることを恐れていたんだ。
自分は“狭い器”のために死ぬんじゃない。“狭い器”のために殺されるとしても、私はただ私なりの思いを持って生きていたことを伝えたかった。ひょっとしたら、もう私みたいに、選択肢を選べない“狭い器”の中に閉じ込められる人間がもう生まれないでほしい、そう願ったのかもしれない。
私がそれを受け止めることができたかはわからない。今、私が理解したと思っているこの解釈も、一方的で身勝手なものなのかもしれない。桜子の思いはやはり本人にしかわからないのかもしれない。だって、桜子自身ももっと詰めたかったと言い残していた。
わからなくても、悲しくはない。桜子の思いが本当はどこにあるのか、それを想像できるだけで、私は嬉しい。
靴音の反響が軽くなった。どうやら地上が見えてきたらしい。白い光の差しこむ出口には灰色の護送車が、私を収容所群島へ運び去ろうと、口を開けて待っていた。
私は後ろを振り返った。
放射線状に取調室へ向かう通路が伸びていた。私はそのうちの一つから出てきたらしい。
その先にいずれも行き止まりが待ち構えている通路の一つ一つへ私は目を向けた。
たとえ選択肢がすべて塞がっている“狭い器”の中でも、何かを思うという選択肢は変わらずあり続ける。目も口も耳もすべて塞がれても、密かに思うことだけはできる。
桜子はそう教えてくれたのかもしれない。
「ありがとう」
私はそう言って、護送車の中に消えた。
(了)




