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(9)私はなぜ生き残ったのか?

私が目を覚ましたときは夜だった。左目の後ろの頬骨の部分に小さな破片が突き刺さって、顔の左半分が血に染まっていた。口の中も鼻も鉄臭い。身体の所々に破片が当たったようだ。 


しかし生きている。

しかし、どうすればいいのか?


味方も敵も、私に死ぬ以外の選択肢を用意してくれていない。


「ううう」

そばにあった刺突爆雷を杖代わりも使って、私は自分の体じゃないみたいに痺れている全身に何とか力を込めて立ち上がってみた。

左手の指には砲弾の破片が刺さり折れてしまっている。腹を見ると服にも破片が何個か突き刺さっている。私はそっと見てみると、破片は生地を貫いて桜子から託されて腹に巻いていたノートに突き立っていた。


 破片は服とノートを縫い付けてしまっていた。

 なぜこうして今でも生きていられるのかが不思議な状態だった。


 一歩一歩とにかく歩いた。


 重りを付けたように重くなった足を一歩、また一歩と前後に運んで、杖代わりの刺突爆雷の棒で倒れないように身体を支えた。だが10歩も歩かないうちに私はまた倒れてしまった。


 頭の中で振り子が激しく揺れているような激しい頭痛。破片による大量の切創からの出血のためか貧血で全身が冷えるように寒い。この冬の夜に動けないまま野外で気を失えば凍死するほかない。脱水症状も起こしたのか涙も唾も出てこない。吹き飛ばされたときに口の中に砂でも入ったのか、じゃりじゃりとした感じがする。


 もだえ苦しみながら私は服の下にあるノートに重くなった手をやった。

――終わりだ、桜子。

 

 そこで私の意識は途切れた。





「起きろ、234番」

 あの戦争の最終局面にうなされていた私は看守の声で、朝が来たことを知った。

 私は国家保衛省地下拘置所の独房の中で目を覚ますと、ゆっくりと起き上った。


「取り調べが先だ。出ろ」


 茶色の警官がずかずかと入ってくると、手際よく手首に手錠をかけ腰縄を巻き付けた。

 何が先なのかわからなかったが、少し考えて朝食のことだとわかった。


 昨日と同じ取調室の青いドアの向こうには、村野が昨日の調書を振り返っているのがまず目についた。村野はちらりとこちらに視線を向けると手で、「早く座らせなさい」と指示を下した。私は昨日と同じく荒々しく椅子に座らされた。

 

 昨日、私を自白に追い込んだ勝ち誇った余裕と残忍な喜びを浮かべながら、村野はナルシスト的に口元を指で弄っている。しかしその目は鋭くこちらに固定されたままのようで、私は村野がまだ疑っていることに気づいた。


「南の特務機関員は捕まえたんじゃないんですか?」

「訊くのは私だ」


 村野は不愉快そうな表情をして私の質問を遮った。


「訊きたいことがある」

「――何でしょうか?」


「お前と津島大臣の関係だ。自分は官公庁に配属された優秀な元日本軍兵士、通称“シベリア組”の追跡調査と内偵のため官公庁への潜入捜査を行っていた。つまりお前の上司の丸山(まるやま)光雄(みつお)・電力経済省大臣官房秘書課長を調べた。しかし丸山はシロだった。何の権限も無く機密情報に触れることさえ出来ないのだから外部に情報を持ち出すことは不可能。――だからこそ、大臣から一手に権限を与えられているお前に捜査対象を絞った。津島大臣がお前を信任していること限りなかった。その例として、本来なら相互監視のために最低二人で担当させるべき重要機密文書の輸送を、お前一人に任せていたことだ」

 

ここまで一気に言うと、村野は指を組んでこちらを睨んだ。


「だが、お前と丸山課長の違いは一体何なのだ? 何が違う? 丸山は元関東軍兵士。お前は元国民義勇戦闘隊員。かつて“解放”ソ連軍相手に弓を引いたという共通点がある。しかも両方とも、一番多感で知識吸収量も多い青少年期に軍国主義教育に染まった最も“思想改造”の可能性の低いタイプだ。だが、一方は重用され、もう一方は冷遇され飼い殺しにされる――この違いは何だ?」


 私を威圧するかのように村野は両手の指を組んだり、ほぐしたりする運動をせわしなく繰り返した。


 私は隠す必要もないと思っていた。


「津島さんの実の娘の津島桜子さんが、私の親友だったからです。津島さんは戦争に反対して特高警察に逮捕されました。その結果家族は「非国民」として迫害され離散。娘の桜子さんという人も親戚の家へ養子に出なければいけなかった。その桜子と私は同じ女学校に入り、同じ国民義勇戦闘隊の一員として、死ぬ直前まで一緒にいた。


 津島さんは当時、“思想犯”として網走刑務所に収監されていましたが、ソ連軍の接近とともに仲間の囚人とともに脱走。その後、ソ連軍に協力して日本軍や日本人に降伏を宣伝する宣撫(せんぶ)班員として行動しながら家族の安否を探していました。私はソ連軍戦車に斬り込みをした際に奇跡的に生き残って重傷で身動きが取れないところを、津島さんに発見されて保護されたのです。でも、収容所は地獄だった。夜になると女の人の金切声がどこかから聞こえるんです。それと男のげらげらと笑う声が。私はいつも身を固くしていました」


 村野は私の言おうとすることを察知すると、嫌な表情を露骨に浮かべた。 


「収容所内でソ連兵が、日本人の女を強姦していたというのか。あり得ない。そんな『自虐的』なことを言うな」

 私は苦笑を禁じ得なかった。何と言う皮肉だと思ってそのことを指摘する。


「国家にとって不都合な指摘を『自虐的』と排斥するのは南日本もそうでしたね」

「黙れ。怠惰な資本主義の南日本とは違う」


 村野は感情的になって否定した。そしてより私を「無知な人間」として軽蔑するような笑みを浮かべた。


 私は無視して続けた。


「本来なら、私も丸山課長のようにシベリアに捕虜として送られてもおかしくなかった。女の子だったけれど、私も国民義勇戦闘隊の隊員で一応、兵隊だったからです。当時、私は負傷していましたから、送られていたら多分生きて戻れなかったでしょう。でも津島さんが私を共産主義教育で有望な成績を収めた、北日本建国に使える人間としてソ連当局と交渉してくれたおかげで、私はシベリアに送られることなく無事に済んだ。津島さんがソ連当局からのお墨付きを受けて、電力経済省の大臣に就任した時に私はその引きで電力経済省に入ったんです」


 私の言葉を聞いて村野は腕を組んで胸を反らして、唇の片端を侮蔑的にひどくゆがめていた。

「お前は国家を裏切ったうえに、命の恩人さえ裏切ったのか。反動であるだけでなく卑劣な犬畜生だったな」

「――そうでしょうね。国家を裏切ったことは何も後悔していません。でも津島さんを裏切ったのは本当に申し訳ないとしか言いようがありません」


 村野は眉をぴくりと上げた。

「津島大臣という個人への裏切りの方が、お前にとっては大きいことなのか? 国家に対しては何とも思っていないのか?」

「――思っていないです。というより、もう“狭い器”は嫌だと思っているんです」

村野は挑戦的になってもっともらしい台詞を吐く。


「お前は自分が何をやっているのかわかっているのか? 国家を裏切り、この北日本に住んでいる国民全体を危機に陥らせたのだ」


「国民? ここでその言葉を持ってくるのは卑怯だと思う。昨日の映画鑑賞会での国歌強制や“思想検討”だ、なんだのと国民を徹底的に縛りつけて、苛め抜いて奴隷のようにしておきながら、自分の正義を唱える時に限って国民を持ち出すのは、通らないと思う」


 私は「またか」と思っていた。国民の生命などほとんど軽んじている国家や権力者が、戦争をするときの大義名分に持ち出すのは、いつも「国民の生命を守る」なのだ。国民は、そんな権力者に都合よく使われる駒じゃない。


「私は、もう国によって選択肢の狭められた窮屈な“器”の中で生きていくのに疲れた。言い換えると、国のために奉仕するだけの奴隷はもう嫌なだけです。あの戦争をした時のあの国も、そして北日本も、窮屈な“器”であることに変わりはない」

 私は言うたびに段々自分が冷えていくような気分だった。現実のむごさが改めて全身に響き始めている。


「――あの戦争で、あれだけの犠牲を出したんです。もう少し変わっても良かったのではないのですか?」


 私はこの一言を誰かにずっと言いたかったのかもしれない。

 桜子が願った通りに世界は、少なくともこの国は動いていない。

 それに対して、あのノートを託された人間として私は何かの異議申し立てをしなければいのではないのか――その正義感みたいなものに燃えて、私は親友の父であり命の恩人でもあった津島さんを裏切ってまで、スパイをやったのだろうか?

 

いや、そんな立派なものじゃない。

 村野は歪んだ笑みを浮かべて私を見て言った。


「本当に無知なんだな、お前は。人間ほど愚かなものはないぞ。しかも人間は一人で生きていくことが出来ない。秩序や国家という“器”や“枠”の中に当てはめてやって、人間は初めて生きていける。それに人間などいくらでも作ることが出来る。たとえ何百人と死のうとまた新たに男女が交尾すればまたいくらでも生み出せる。しかし国家や秩序は違う。これを失えばすべてが終わるんだ。この大いなる“器”が壊れる時、“器”の中の生活はもちろんのこと人間の命さえ消滅するのだ。お前の面倒なたとえを使うと、要するに中身じゃなくて、中身を受け取れる“器”が大事なんだ。中に牛乳を入れようが、お茶を入れようが何の問題もない。だって中身など取り換えがいくらでも利くだけの存在に過ぎないのだから。なら、中身は“器”を壊さない、”器”にとって都合のいいものを入れた方がなお良い。ただそれだけだ」


 村野はここまで持論を述べてから、自分がしゃべってどうすると、ここでは自分をしっかり自虐してから尋問を再開した。


「――諜報を開始したのは何年前からだ?」

「2年前からです」

「なぜ、命の恩人である津島大臣を裏切った?」

「ソ連を後ろ盾にこの北日本が建国された時から、この国が大してあの大日本帝国と変わりがないことはわかっていました。何しろ国旗を決める時に『日の丸の方が描きやすかったな』と軽口を叩いた選考委員をさっそく粛清したぐらいですから。でも私はそれでもそのときはこの国に反旗を翻そうとは思わなかった。津島さんがいたからです。津島さんに命を助けてもらった恩返しをしたいと思って電力経済省で懸命に働いたんです。私には他に生きていくだけの目的も支えも無かった。本土決戦で家族は全員死にました。津島さんも。いや津島さんの場合はもっと酷かった。津島さんが特高に逮捕されたので、血縁者は「非国民の家族」という烙印に苦しめられ、その重荷から逃れようと人一倍危険な任務をしたり、させられたりしたので、無残な最期を迎えた人が多かったんです。同じ痛みを抱えた人間同士として、津島さんは私を信じたし、私も津島さんを信じたんです。でも、2年前でした」


 村野が私の言葉の先を見越して言う。


「――丸山が秘書課の課長になった」

「そうです。丸山さんが課長になった。そこで私は津島さんが丸山さんを虐待するところを何度も見ました。たまらなかった。あれだけ権力によって苛め抜かれた津島さんでさえも、あのようなことをしてしまうのかと思ったら悲しくなった。それから私は秘書課の部屋で、飼い殺しにされ失意の中窓の外ばかりを見ている丸山さんの背中をずっと見ていた。さっき、あなたの言った通り私と丸山さんの間には年齢と性別以外、ほとんど似ているところが多い。もしかしたら私も津島さんの娘の親友でなかったなら、丸山さんのような酷い目に遭ったのだろうかと思った。そのとき、私は支えを無くしてしまったんだと思います」

「――そこに南の特務機関員が、スパイ確保のため工作をかけてきた」


「そうです。なぜか南の特務機関員は、私が丸山さんのことで党高官である津島さんに対して不満を持っていることを知っていました。それで(くみ)(やす)しと見て工作を仕掛けてきたんです。それでさりげなく私に近づくと、このことをよく話題に振って私の不満を煽って来た。私もなんだか自棄になっていたのでそれに応じたんです。応じてしまったと言った方がいいかな――。やっぱり狭い“器”のままであったことに、息苦しさを感じていたので、特務側が報酬と一緒に提示した『南日本へ行ける』という言葉に、どこか解放感を感じたんです。新天地に私も行けると。それに、これは諜報活動を始めた直後ですが、諜報の報酬の代わりに桜子のノートを南の特務機関の手で出版させることを思いついたんです。北日本だと国民義勇戦闘隊員の小説というだけで日本帝国主義に繋がるものを称揚するのを禁じた『日帝容認罪』に抵触する恐れがありますし、なにより“狭い器”と国家を評価する部分などは、国家への無限の奉仕を命じるこの国の中では、許しがたい部分だと思います。そして私はある時、私を担当している特務機関員にこのことをお願いしたんです」


私はそのことを頼んだときの自分が自分でも滑稽でたまらなかった。あまりに物を知らなさ過ぎたと思っていて、後悔していることなので、なかなか言い出せなかった。

だが、村野が話せと強要してくるので言った。


「『自虐的すぎる』と言われたんです。だから出版させることは出来ないと。南の特務機関は旧日本軍の流れを引くものだから、本土決戦時に旧日本軍が行った残虐な行為、たとえば全く何の確証も証拠もなく、一方的に疑わしいと思った人間をスパイとして処刑したことや、劣勢で敗北必至な状況にも関わらず“玉砕”や“自決”以外の選択肢をあらかじめ塞いでいたこと、などを克明に描いている桜子のノートが世に出ると、南日本内部で燻っている再軍備反対論が勢いづいてしまうという背景もあるんだそうです。笑っちゃいますよね。結局北も南も国家にとって都合の悪いことはすべて無視、そして即座に排除。――そもそも『自虐』って何なんですかね? 私があの戦争で見た地獄は、あの戦争を引き起こした国家や権力者、熱狂的に賛成した多くの人たちが永遠に自虐を続けても、なお追いつかないようなものでしたよ。それに、自分や自分の国、自分の国民にこういう弱さがあること、こういう愚かなことをしてしまったことを把握することは将来への建設的な行いであって、自虐という呼び方からして正しくないと思う」


 村野は苛立って怒鳴った。


「余計な話はいい。それでお前はどうしたのだ。結局諜報を続行した理由は何だ?」


「特に何もないです。ただ南のスパイになった時点で私はもう、南の特務機関員に弱みを握られてしまった。彼らが私を脅そうと思えば『北日本の国家保衛省にお前がスパイだと密告するぞ』と言えばいい。結局私は彼らの奴隷になってしまったんです。ただでさえ息苦しかった日々の生活がよりつらくなってしまった」


「――なるほど。ところで、話は変わるが、そのスパイがなぜ昨日の“思想検討”であんな御大層なものを書いたのだ?」

「御大層でしたか?」

 村野は笑った。

「御大層だよ」

 そう言いつつ傍らに置いてあった調書のファイルから、昨日回収された思想検討用の用紙が取り出した。

「『この映画はただの長いだけのプロパガンダ映画に過ぎない』という書き下しから始まったものだ。わざと“思想検討”に引っ掛かろうとしただろう?」

「引っ掛かるものですか、この内容はあなたがたの解釈では」


 村野は答えなかった。拡大解釈をして自分の目障りな人間を消そうと思ったら、その解釈の基準は明かさない方が有利だからだろう。


「“思想検討”を何回も体験しましたけど、そのたびに自分の思いを偽るようなことばかりを書かされていることに耐えきれなくなったんです。特定の意図を押し付けるために、作られたぎこちない話の流れや、くさい台詞。そんなものばかりの何の魅力も無い映画を『愛国の精神に満たされた感動作』などと持ち上げなきゃいけなかった。だけど、私のことを信じてくれていた津島桜子はあの残酷な本土決戦の中、生き残るための選択肢が完全に塞がれている状況でもあれだけ真面目に自分の書くべきものを書こうと最期まで努力していた。それなのに私は生き延びるためとはいえ、全くその逆をやっている。そしてこれからもやり続けてしまうのか、そう思ったら自分の薄汚さに嫌気が差したんです。それに、南日本も結局同じ穴の(むじな)とわかってから、気が付いたんです。結局私も“狭い器”に利用されているだけだって。だからもう終わりにしたかった」


 村野はようやく納得した顔で、思想検討用の用紙を仕舞ってから言った。


「お前は、間違いなく国家を裏切った反動だ。だが、南日本特務の束縛を嫌がってスパイ活動を止めたがっていたというのだったら、情状酌量もある。死刑ではなく収容所での重労働25年に減刑される可能性もある」


 この人はここまで人を愚弄するのかと悲しい思いに駆られた。


「憐れみのように言うのは止めてください。どうせ収容所群島のロクな食事も出てこない過酷な環境の中では25年の刑期を終える前に病気か、過労か、栄養失調のいずれかで死ぬでしょう。温情のように見せかけてゆるゆると緩慢に殺していく、遠回しの処刑ですよね?」


 これに村野は声を出して笑った。残酷な処置をしたことを後悔していない笑いだった。

反動すなわち売国奴は殺して当然。残酷な手段まで使って自分は“正義”を執行している。私はこんなに偉いことをしているのだ、と自分に酔っているのだと思った。顔がお餅のように丸っこくてあどけない分、余計子どもっぽいと思った。

 村野はそんな私のことなど眼中にない様子で、私にとどめを刺す気で言葉を吐き出す。

「――“人道的”だろ?」

 私はもう捕まることも死ぬことも何もかも恐れていない。こんな狭い“器”の中でこれからも生きていく気はさらさらないからだ。村野の言葉はとどめなんかになりはしない。


 でも私は警告と皮肉の一つもぶつけてやらなきゃ気が済まなかった。ここで私と村野とは今生の別れだろうから。


「本当にお国のために命を捧げるような権力者好みの愛国者でさえも、本土決戦の時は生きていることを許されずに死んでいったんです。あなたはこの国の政権に本気で忠誠を誓っているつもりかもしれませんけど、権力者というのは、自分に都合の良い人間であっても、自分の都合が変わったら平気で切り捨てます。そのことをお忘れなく」


 村野は笑うことを止めなかった。


「ところで、最後に……どうでもいいことだが、その桜子ノートはどうしたのかな?」


「――津島さんに渡しました。南日本で出版することが出来ないとわかった後に。私があのノートを持っていなかったら津島さんは私が桜子の友人だとわからなかったでしょう。それに最愛の娘の遺品でもあるあのノートは、やはり父親である津島さんが持っていたほうがふさわしい、そう思ったんです。私なりの訣別(けつべつ)の挨拶であったかもしれませんが」

「そうか」


 そして、村野は、もういいと、ゴミでも払うかのように手を打ち振るった。その合図を受けて後ろにいた警官たちが私の腰縄を取ると、取調室から私を引っ立てた。


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