(7)特攻への道のり
「醜敵・ソ連を叩くは今ぞー。ソ連の物量戦法をー、破るのはー、尽忠護国の信念からなる体当たり突撃戦法である。行動は隠密を旨としぃー、突撃まで決してー敵に気取られてはならぬー。手投爆雷は戦車の横へ直角に当てよ。火炎瓶なら戦車の機関部の空気孔を狙え。刺突爆雷は銃剣術の要領で体当たりせよ。なお、刺突爆雷にいたっては安全栓を抜くのを忘れるという失態を犯すな! 安全栓を抜いたのち、誤作動防止の抵抗線を握ったまま刺突せよ! おわーりー!」
白峯警備隊長は最後まで絶叫し、唾を飛ばした。
私と桜子、そして母には刺突爆雷が手渡された。棒の先に爆弾を着けたもので、戦車の側面に触覚のような信管部分を当てて、爆発させるものだった。もちろん持っている人間もそのときに死んでしまう。
私は尖端が火薬の重量で重くなっているこの自爆兵器を、とてもうまく持つことは出来なかった。じゅくじゅくと手汗がわいて拭いても、拭いてもどうしようにも出来なかった。
黒光りする爆雷の尖端が不気味でとにかく嫌らしかった。
隣で、刺突爆雷の構造をじっと観察していた桜子に訊く。
「桜子、ノートはどうする?今私が持っているけれど」
「持っていて。そのまま」
「――でも」
「いいのよ」
桜子はじっと目を閉じた。
警備隊長が私たちに号令をかけた。
「出発ーーっ!」
何とも言い表せない感情に私たちは支配されていた。来ないで欲しかったものが来てしまった、状況からして来るべきものが来た、あるいはもう苦しまないで住むという安堵か、それともまだ死にたくないというこの世への未練か。
もう訳が分からなくなってきた。まず痛いのは嫌だなという感情ははっきりしていたけれど、それ以外は自分の中でもどう位置付けしてよいかわからない。
砲撃の着弾する中、丘の裏側を通って300人以上の兵士・国民義勇戦闘隊は外へと出た。
「スターリンのオルガン」と呼ばれる独特で不気味な発射音を響かせて、ロケット弾が三角形の炎の尾を引きながら何発も飛んできては着弾した。
私たちは態勢を低く、林の間を抜けて苫小牧の平野に進軍しているソ連軍の側面に回り込もうと行動を始めた。その直前に制服を着た女子学徒隊の一団が竹槍を持って、行軍しているのに遭遇した。
女子学徒隊で構成された看護部隊が最終決戦のため投入されてきたようだった。その中には三枝子の姿も見えた。
――三枝子!
隠密行動を命じられている中では話すことなんて出来ないが、列の中から三枝子もこちらのことに気づいて、軽く頷いたのがわかった。
さらに部隊は二手に分かれて進んだ。一隊は学徒隊と合流して敵戦車群の正面に展開。戦車の護衛についている随伴歩兵を引き離す囮の役目を担う。そのすきに戦車群の側面に回り込んだもう一隊が、死角から戦車の砲の効かない懐に飛び込み戦車を撃破するという作戦だった。
私は側面に回り込む部隊になった。
三枝子の学徒隊が真っ先に敵の正面に竹槍をしごいて無謀な白兵突撃をするのだ。
無理な話だと思った。
しかし私もその直後に敵の側面に向かっていかなければならないのだから、時間の差のように思われた。私もどうせ死ぬのだ。外へ出て敵を攻撃する段階になって自棄な感情が芽生え始めていた。
――他に選択肢はもう残されていない。私たちの飯上げを手伝ってくれた平野さんでさえスパイと疑われて殺されてしまったのだ。敵に投降しようとすれば、敵に殺される前に味方に銃殺されるだろう。味方から逃げきっても敵兵が勝者の驕りで私をかどわかすかもしれない。下手したら捕虜を作らぬと称して殺すかもしれない。どこに行っても殺される、殺される、殺されるばかりだ。死ぬ以外に道が残されていない。理不尽なことに敵はもちろん味方からも生存の道を塞がれてしまっているのだ。
もう恐怖から解放されたい。ただそれだけでいい。
桜子のノートは、桜子がそうしていたように腹に手ぬぐいで巻いていた。
隣で伏せている桜子の顔には引き攣った笑みが走っていた。
桜子はノートを渡してから自分の役目を終えたかのような顔をして、いつもみたいに考えをめぐらす様子もなく、ただ屠畜場へ引きずられていく家畜のように足を運んでいるだけだった。
私はぞっとした。
あれだけ周囲の流れに溺れてしまうことを恐れた人間が、今や死の恐怖によって骨抜きにされ廃人のようになっているのだ。
桜子はもう壊されていた。




