(4)自白
「私は……南日本のスパイだ」
それを聞いた村野はにやりと笑った。そして村野の合図とともに、二人の警官は拳を下した。
村野は私に休む暇を与えずに、尋問してくる。
「お前のコードネームは? 南日本の特務機関員のアジトは?」
私は喘ぎながら答える。
「……私のコードネームは、北32号。……アジトは札幌南14条西11にある。特務機関員の名前は天城之道」
村野は手元にあったメモ用紙にさっとそのことを書き留めると、後ろに控えていた警官に手渡した。おそらく逮捕を指示したのだろう。
警官は素早く取調室を出て行った。
「それでどういうやり方でその天城と名乗る特務機関員に情報を流した?」
「大臣から中規模機械製作省の中村次官に機密書類の搬送を依頼された時に、書類を受け取って大臣室を出てから、公用車が手配されるまでのわずかな時間の間に、あらかじめ確保しておいた電力経済省5階の使われていない資料室で、特務機関によって用意された小型カメラで書類をすべて撮影した。そしてカメラごとフィルムを特務機関員に渡していました」
埃の舞う資料室で機密書類を撮影するときは、いつも緊張のあまり手汗が浮いて仕方が無かった。だから服の裾でいつも拭ってから、私は機密書類の入っている封筒を開いた。
封筒の中に入っている機密文書の紙の白さがいつも目にまぶしかった。北日本ではパルプ不足もあって紙の質が低い。
そのため黄ばんだ藁半紙がもっぱらよく使われていたが、機密性の高い公文書などになると真っ白い高級で高品質の紙に印刷されるのだった。だから私はいつも、内容よりも印刷された紙の白さや手触りを確認して公文書の機密度をはかっていた。
文書の印刷された紙が純白でしかも北日本の国章が透かしで入っていたりする場合は、まさに最高度の機密文書だった。
これを見つけたとき、私は息をするのも忘れてしまったぐらいだ。
そんなことがまだ痛む脳裏に浮かんだ。
「渡した場所は?」
「官公庁から私の帰宅時に通る12・25戦勝大通りに面して建てられている党宣伝パネルの裏にカメラをそっと置いて、天城が後で回収することになっていました」
村野は首を振った。
「12・25戦勝大通りには、合計25個の党宣伝パネルがある。どのパネルだ?」
そう言うと村野はファイルの中から地図を一枚取り出すと、私に示した。私の通勤路のルートが地図には赤鉛筆で引かれている。
私は徹底して尾行され、監視されていたことに改めて気づかされた。地図は細かいがパネルの位置までは書いていない。私はどのあたりだったろうかと痛む頭の記憶を総動員して、指でルートをたどった。
「……『勇往邁進!』の言葉が入ったパネルです。教育省前に建っているものです」
「『勇往邁進』、教育省ビル前のパネルの裏か。ここのすぐ近くだな」
村野は小じわを寄せた。
自宅の庭先のような場所でスパイが暗躍していたのだから、防諜担当者としては不愉快極まりないはずだ。
「今日も津島大臣から渡された機密書類も撮影し、カメラを指定位置に置いてきたのか?」
「――はい」
「ふーむ」
村野は、調書に羅列した事項と私の顔をちらちらと交互に見た。私があまりにも早く、重大な事実を暴露したことが、どうも信じられないようだった。あまりに脆すぎる、これは何か罠か、陽動作戦でも仕掛けているのではないのかと疑っている様子だ。
村野は訊くのを止めて、穴のあくほど私をじっと見つめた。私が密室での沈黙に耐えかねて何かボロを出すのではないのかと期待しているのかもしれない。
1時間以上もそれが続いたのだろうか。
取調室のドアが開かれ、警官が1人、少し間隔を置いて、また1人が入って来て、手に持っていた紙片を村野に手渡した。村野は潜入捜査をしてきただけあって、表情一つ変えずにそれらに目を通した。
そして最後の一通が手渡された後で、私をもう一度睨んだ。
「今日はここまで。詳細は明日。監視独房へ」
村野はまだ私が何かを企んでいるのではと疑っているようだった。だがさっき話したのはすべて事実だ。
私の自殺を恐れてか、看守が常駐している監視独房へと入れられた。拷問の影響でじんじんとしている私の脳裏の中では、またあの戦争への巻き戻しが始まっていた。




