(2)第四〇五号取調室
護送車はスピードを緩めることなく走った。護送車の中で、黒光りする逃走防止用の金網越しに見える官庁街の風景は心なしかいつもと違って見えた。
おそらく、これが外の世界を見る最後になると私は直感していた。
『勇往邁進!』と書かれたパネルが建っている教育省の前を通過した、次の角で護送車は右折すると、国家保衛省本部にそのまま直進した。
護送車の止まった花崗岩造りの正面玄関は、風雨で所々黒ずんでいた。
私は手を上げられないように腰縄で固定されてから、建物の中に連行された。そして表情の無い茶色の男たちが行きかう本部を、腰縄を引っ張られて歩かされた。
先頭に立って腰縄を掴んでいる警官は、コンクリートの地肌がむき出しになった階段を下りていく。青白いトンネルの照明のような光がますます場の空気を凄惨なものにしていた。
降りた先は地下回廊だった。回廊の両側には延々と取調室の扉が並んでいた。日夜、大量の人間が拷問を受けている場所のはずだが、悲鳴一つ聞こえてこない。
不気味な静けさだった。
天井に無数の電線やケーブル、ダクトが走っている薄暗い地下空間に、私と私を取り囲んでいる警官の靴音が不気味な遠のきを持って反響した。
コンクリートの壁からしみだした水漏れがぴちゃぴちゃと私の足に跳ね返る。
警官がある扉の前で立ち止まった。
寒々しい青色に塗られた頑丈な鉄の扉には「第四〇五号取調室」のプレートと、金網の張られた小さな覗き窓が付いていた。
警官は傍らの呼び鈴を押してから分厚い鉄の扉を開けた。
そして腰縄を引っ張って、私を取調室に押し込んだ。
既に一人の女性の取調官が私を待っていた。
女性取調官は顎の下で指を組み、顔を伏せていた。だから顔立ちや年齢はわからないが組んでいる手の指の色は白くて、きめ細かい。
だから若い。30代、いや20歳代ぐらいか、と私は観察した。
取調官は茶色の制服に少尉の階級章を着けていた。制服の襟のところに「4」のバッジが輝いていた。国家保衛省防諜局第四課の名前が電光のように私の脳内を駆け巡った。取調官の前には分厚いファイルが置かれていた。きっと私に関する基礎情報を記したものだろう。
私と女性取調官、そして二人の屈強な警官が残ってから、第四〇五号取調室は閉められた。開閉音を合図に、取調官はゆっくりと顔を上げた。
私は一瞬目を疑った。
「主任同志。ここに連れて来られた理由はご存知ですよね?」
女である私からしても魅力的な甘い声だった。




