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(6)不信

 それから2週間。


 戦況は悪化の一途をたどった。

 

 北海道最北部でソ連軍と交戦していた第42師団(通称・(いさお)部隊)がついに壊滅したらしいという一報が、私たちのもとにも届いた。また帯広方面でソ連軍と対峙していた第7師団(通称・熊部隊)も壊滅寸前だという噂が流れた。


 ソ連軍は北と東から一気に全土を制圧するつもりらしい。

 

 追い詰められるにしたがって、軍隊ではしきりに訓示が叫ばれた。


「デマに惑わされるな。わが軍は現在ソ連軍と戦い、これを追い落としている。この戦争は楽なものではないが、この戦で日本軍の尽忠無比の特攻斬り込みが敵の機械力を圧倒している。事実、沖縄の嘉数陣地でも肉攻兵で敵戦車を多数屠ったのだ!」


「敵軍は、占領した地域で捕虜にした住民をたぶらかして、スパイに仕立て、味方の戦線に送り情報を盗んだり、後方攪乱をなしている!」


「スパイは住民や将兵の格好をして、何気なく近づき、情報を聞き出して我々を窮地に陥れる。日本人であっても油断はするな。見慣れぬやつを許すな!」


 日本人でさえも信用できない、となったらもう終わりだと私は思った。


 ソ連軍が上陸してから2カ月以上経った11月の半ばには、札幌が陥落したという話も出てきた。


 前線で散り散りに破れてきた沿岸の特設警備隊の生き残り、第四二師団の生き残り、さらには各地の国民義勇戦闘隊の生き残りなどが、続々と私たちの陣地へとなだれ込んできた。


 そして砲声の地鳴りもますます近づいてきた。


 それにつれて、坑道のように入りくねった壕の中はぴりぴりとしていく。近くに砲弾が落ちるたびに、壕は激しく揺れ、天井の土がぱらぱらと埃のように降りかかった。


 いつか崩れるのではないのかという恐怖が、人々に伝染していった。


 桜子はそんな中でも、同じ壕内で詰め込まれている兵士の目を盗んでノートに小説を書き綴っていた。任務の合間や、睡眠時間を削って一心に小説を書いている。その横顔にはなんとも言いようのない気迫が滲んでいた。


 私はちょっと見せてもらった。


〈今頃、我が軍の総司令部の布陣図では、敵軍の赤い駒が北海道のあちこちを埋め尽くし、その赤い敵軍の海の中で、わずかな味方の青い駒が群島のような寂しげな姿で置かれていることだろう。憔悴した将軍や、金モールを吊った参謀たちが暗い照明の中で、無為無策のまま破滅への道を描いているのが目に浮かぶ。これ以上何ができるというのであろうか?〉。


 私は桜子の顔をじっと見つめた。

 桜子は、友枝にも迷惑をかけることになるかもしれないと目で私に謝った。


 負け戦の11月は、身体にも心にも辛いものだった。一気に寒さが増し、外に出ると息は白く、9月のままの服装の兵士や私たちは寒さに震えた。特に前線からその身一つで逃げてきた兵士たちの場合は、余分に着るものを持っていないので尚更辛そうだった。

 

さらに兵隊と国民義勇戦闘隊との間での確執も深くなっていった。砲弾や銃弾の飛び交う外へ出て水を汲むことや、飯上げと呼ばれる炊事などの危険な仕事ばかりが、国民義勇戦闘隊の方へ押し付けられた。


兵士たち、特に中隊長などの幹部は


「正規軍は”最終決戦”のために温存しておかなければならないのだ。つまらん任務で命を落としてはいかんのだ」


 といつも言っていた。


 だが、この“つまらん任務”で死ぬ人間は多かった。

 水を汲む往復の道で敵の砲弾にまず撃たれるのだ。

 場合によっては敵兵の狙撃もある。戦闘機の機銃掃射に遭うこともある。


 補給部隊を叩くことで敵の弱体化を狙うのは卑怯な振る舞いだが、戦場では有効な戦術だ。

 たとえ女子がそれをやっていたとしても情け容赦はない。


 私も至近距離で爆破した砲弾の破片で危うくやられそうになったことがある。破片は当たらなかったが、そのときの爆風で頭のどこかをやられたためか、それから頻繁にふらつきが出るようになった。


 桜子の場合は狙撃されかけたが、相手の腕が下手で、間一髪で命を拾った。敦子にいたっては敵の威力偵察部隊に遭遇しかけ、ボロボロになって帰還した。


 敵と激しく渡り合っての武勲輝く死ではなく、水を汲み、飯を炊くという地味な任務の途中で砲弾にバラバラにされる無残な死がそこかしこに待ち構えていた。


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