(5)苫小牧 独立混成第101旅団・独立歩兵第456大隊
それから10時間以上歩き続けて、深夜になってからやっと私たちは、苫小牧に着いた。そして休む間もなく、ボロボロの私たちは独立混成第101旅団・独立歩兵第456大隊に組み込まれた。
大隊陣地は、小高い丘の中腹に手作業で横穴や竪穴を掘っただけの代物だった。しかも、まだ工事が完了していないので、深夜になっても朝鮮人軍夫が軍曹や古参兵に殴られたり、怒鳴られたりしながら穴を掘らされていた。
私は不寝番として小銃を持って警戒している兵士にそっと尋ねた。
「すいません。こちらに札幌雪花女学校の女子看護部隊が来ておりますか?」
「知らんな」
「あの、今、戦況はどうなっているんでしょうか?」
「わからん。稚内と根室の二方面から敵軍が上陸したという話は聞く。目下稚内にいる勲部隊(第42師団)と帯広の熊部隊(第7師団)がこれと交戦中らしいが、よく分からん」
結局何も得るところは無かった。私たちには壕の出口付近の空間があてがわれた。桜子と私は隣り合って座った。桜子は膝の上に片開きにしたノートを載せて、鉛筆で何やら書いていた。
「三枝子ちゃんのこと聞けた?」
桜子はノートから目を上げることなく聞いてくる。
「いや、他の大隊に行っているのかもしれないって言われた……それとも」
桜子は手を止めて私の眼をじっと見つめた。
それから、自分にも言い聞かせるような口ぶりで言った。
「あんまり悪く考えない方がいいと思う。これからもっと悪くなるかもしれないんだから。今の内は楽観的に考えて、神経を休めよう」
それから桜子は膝の上に載せていたノートに持っていた鉛筆を挟むと、服の下にノートを忍ばせた。
「それは?」
「小説。原稿用紙が無かったから、使い残しのノートに書いていた」
「持って来ていたんだ」
完成したら読ませてもらうという約束をしているが、肝心の小説がまだ完成しないため私は桜子の作品のことは何一つ知らないでいた。
「私の魂だからね。落とさないように腹に手ぬぐいで巻いている」
「なんで鉛筆なの? 万年筆持ってなかったっけ?」
「持っているけど、使わない。インキで書くと雨に弱いから」
「なるほど」
私は桜子の作品を出すことへの執念を感じた。
そして、作品を書くという自分なりの軸を持っていることがなんだか羨ましいなと思った。
私は少し眠ろうと思って、土の地肌もそのままの壁に頭をつけて目を瞑った。
しかし、ほとんど眠れなかった。




