(1)誰もいない部屋
退出した時には7時を回っていた。今日は一日中曇りだったせいで、冷たくて乾いた風が頬を切る。気のせいか息が白く見える気がした。もう冬が近づいているのかもしれないなと思う。
12・25戦勝大通りは夜になると、メインストリートでありながら寂しげだった。
乾燥した落ち葉が風に煽られて舗道を掠る音、落ち葉を踏んづけたときの干からびた組織の崩れるクシャという音を聞きながら私は歩いた。
ぽつんぽつんとしか並んでいない街路灯の白い光が、闇の中で妙に黒ずんで見える赤色のプロパガンダのパネルに反射してぎらつく。
煙を盛んに上げる煙突を並べた工場や、手を大きく広げる美人の絵が描かれ、「輝ける社会主義共和国の完成へ 勇往邁進!」というスローガンが踊っている。
「国家保衛省」と横に書いた“灰色のカエル”が後ろから、カエルの目玉のようなぎょろりとしたヘッドランプを光らせて、私のすぐそばを通り過ぎた。
高層住宅街。
朝には多くの少年、少女が集まっていたコンクリートの広場には一人もいなかった。
エレベーターのない高層アパートの階段を5階まで上がる。
疲れ切った身体にはこたえる。
自分の部屋に帰ると、電燈をつけた。青白い光によって、使い古した誰もいない寒々とした部屋のありさまがさらけ出される。
この瞬間が、一番、私の孤独感を掻き立てる。
とにかく私はヒーターに点火した。
人民服を脱ぐと、雑に折りたたんでベッドに置く。最近この着なれた人民服でさえ重く感じる。
私はそのまま、ベッドに横たわった。そしてポケットから、うまくもないチョコレートを取り出すとまた一粒、口に含んだ。
想念はいつのまにか、また本土決戦へと戻っていく。




