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異世界戦記譚  作者: 田中銀二
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五話

 ダンドが連れて来られたのは砦の屋外修練場だった。


 空は高く、雲も少ない。乾いた風が冬が開けたと告げている。季節は春の真っ只中だ。

 快晴の空に比べ、ダンドの顔は曇りきっていた。


 グレゴールのとの模擬戦、一対一の剣の比べあい。

 元々ダンドは運動が得意という訳じゃない。苦手だった訳でもないが、好き好んでスポーツをするタイプではなかった。

 学生時代も体育の成績は並であったし、部活も文芸部の文科系だ。

 しかも社会人になってからは運動のうの字もなくなり、体は完全に鈍っていた。


 コチラに来てからは環境もあってか少しは筋肉もついたが、回りの荒くれ共と比べると雀の涙もいいところだ。

 それなのに、これから戦う相手は歴戦の戦士が比喩ではない屈強な男なのだから無理もない。


 そこら辺の兵士の一人によって手にかけられた縄が解かれると、代わりに木剣を渡される。


「ルールは簡単だ。相手を戦闘不能にするか、相手の降参を認めるか だ。ただし、相手を殺した場合は罰を与える。」


 シルマーリアが高らかにルールの説明をするが、要は何でもありのド突きあいと言うことだ。

 最後の一文に至っては両者と言うよりグレゴールに向けた言葉だろう。


「ちなみに、早々に自分から参ったと言ったら?」


 恐る恐るダンドがシルマーリアに聞くと、彼女は眉一つ動かさずに答える。


「グレゴールの顔を見ればわかるだろう?」


 見ればグレゴールは木剣を持ち、鋭い眼光をダンドに向けていた。

 表情は既に戦士のソレだ。どうみても早々の降参を認めてくれるとは思えない。


 始める前からうんざりした気持ちで一杯になっていると、


「怪我しない様気を付けよのぉ~!」


 と、間延びした声が見学の兵士の群れから聞こえる。

 見ればマキシャも野次馬共の中に紛れていた。


まぁ 子供のような低い背は明らかに回りから浮いてはいたが。


(いいご身分だぜ……。こっちは現状を理解するだけで精一杯だってのに)


 捕虜になって奴隷宣告を受けたと思えば、やる意味すらわからない殴り合いをするはめになっている。


 こめかみに痛みを感じるが、これは混乱によるものなのか怒りによるものかはもうわからない。


「では両者、構え!」


 シルマーリアの声にハッとして、木剣を正眼に構える。

 剣の先にいるグレゴールは至って自然体で、同じく木剣を正眼に構えていた。


「始め!!」


 開始の声と同時にダンドは防御の構えを取りながら後ずさる。

 三十六計逃げるに如かず。本来ならば全力で撤退するのがダンドの基本戦術だったが、この場ではそうも行かないのでせめて距離はとって置かなければならない。

 十歩ほど 距離にして約8メートルほど離れ、相手を見据える。

 グレゴールはダンドの動きに眉ひとつ動かさず、その場に陣取っていた。


(様子見か…。先手はくれてやろうって事なんだろうが…。)


 ダンドの頬に汗が伝う。相手を見ただけで実力が図れるなんて真似は出来ないが、グレゴールの顔を見てるだけで足が震えてくる。


 傭兵にも強面の野郎はいたし、戦場でも厳つい奴らは沢山いたが、グレゴールはまた別種の威圧感があった。


 改めてグレゴールの姿を分析する。歳は40代だろうか。灰色の髪と髭はその貫録ある顔を際立たせている。背丈はおよそ190もあろう大男で、今は軍服のみだがその分隆々とした筋肉がわかってしまう。


 動くに動けないダンドにグレゴールの低い声がかかる。


「先手はいらぬのか?このままでは日がくれてしまうぞ。」


 明らかな挑発だ。ぞんざいな口調とは裏腹にグレゴールの姿勢には一分の隙もない。


(落ち着け…慎重に間合いを取ってチャンスを伺うんだ…。)


 半ば自分に言い聞かせる様に口のなかで呟く。


 暫くの沈黙の後で、動きを見せたのはグレゴールだった。


「ならば此方から行かせてもらう。」


 ゾクリ――とダンドの背筋が粟立つ。

 もっと距離を取らねばと、足を一歩下げた―――…。


 その隙にと、瞬く間にグレゴールはダンドを間合いに捉える。


(早ッ!?)


 頭蓋を狙う降り下ろしの一撃。


 カァン!! と木剣特有の軽い音が響く。


(防げた!)


 なけなしの技量で初撃をいなす。

 しかし咄嗟に受けながす事は出来たが、その衝撃は重く ダンドの手を痺れさせた。


 無言でグレゴールは続け様に追撃を放つ。下から上へ斬り上げ。


(受けたら剣を弾き飛ばされる!)


 姿勢が崩れるのも構わず、体を捻り剣先を躱した。

 ダンドの頬を掠めるように剣が抜ける。


 反撃をする余裕などなく、避けるので精一杯である。


(このまま体勢が崩れた事を利用して、転がってでも何とか距離を取らなければ―――!)


 しかし先に一手を出したのは、やはりグレゴールだった。


 斬り上げた勢いのままの回し蹴り。ダンドは必死に剣で防ぐが、防御の上からでもとてつもない衝撃が襲う。


 メシリ と嫌な音がすると共にダンドは蹴り飛ばされた。


 軽い浮遊感の後に背中から落下する。


 気が飛びそうになるのをなんとか抑え、体勢を建て直そうとするも上手く体が動いてくれない。


(しかし、落ちたのが背中からで良かった。まともに受身もとれない俺は頭から落下していたならば首を折って死んでいたかもしれない……。)


 無理やり体を起こし、揺れる視界に見えたのは10メートル先に悠々と立つグレゴールだった。


「化け物かよ…。」


 ダンドは体格こそ細めだが、普通の成人男性だ。幾ら武の人であろうと、人一人ここまで蹴り飛ばすなど およそまともな人間ではではない。


 奇跡的に手放さなかった木剣も、刀身の中ほどから"く"の字に折れ曲がっている。


 胴や背からは抗議のようにズキズキとした痛み。もしかしたら肋骨辺りは重症かもしれない。


(クソッ!なんで俺がこんな目にあわなきゃならないんだ…!)


 痛みが怒りを沸き立てる。顔を上げ、グレゴールを睨み付けるが、グレゴールもまた鋭い視線をダンドに向けていた。



「グレゴールめ、本気で痛めつける気だな。」



 ダンドの後ろから凛とした声が響く。

 振り向けばシルマーリアが腕を組んで立っていた。


 ダンドはシルマーリアの足元まで蹴り飛ばされていたのだ。


「貴様も真面目に打ち合わんと、腕か足が叩き折られるぞ?」


 ダンドなりに真面目にやってるつもりだが、シルマーリアにはまだご不満らしい。


 これ以上どうしろっていうんだ……!


 怒りに任せ、文句の百でもぶつけてやろうと口を開こうとした所でダンドは気づいた。



 シルマーリアが確信を持った目で此方を見ていることに。



 紫の瞳はダンドを捕らえ離さない。

 褐色の美貌はこれから起こるであろう何かを見逃すまいとするかのように真剣だった。



 喉元まで競り上がった怒りが、潮が引くように覚めていく。



 ここでシルマーリアに罵声を浴びせても、後悔しかしないだろうという気がしたのだ。



(何故この女は俺にそこまでの期待を向けるのか?)


 別にシルマーリアに恩を売った記憶もないし、ヒーロー染みた活躍を見せたわけでもない。牢屋で二、三事話しただけの出会いで目をかけられる謂れはないだろうに。


 怒りから困惑に変わったダンドの顔をどう思ったのか、シルマーリアは ふむ と唸ると少し考えた後に提案をする。


「そうだな。もしグレゴールに勝ったならば、私の許す範囲でお前の要望を一つ叶えてやろう。」


 じゃあ とダンドが喋り出す前にシルマーリアは釘を刺す。


「勿論、勝ったら解放してくれなんて事は言わないだろう?それが私の許す範囲に入っていないことなど、とっくに理解してくれているだろうがなぁ。」


 ぐっ と、ダンド言葉につまる。確かにその手の要望通らないだろう。

 ならばと、半ば自棄糞気味にダンドは答えた。




「……風呂に入らせろ。熱い湯を張ったデカイ風呂だ。もちろん芋洗いみたいなのは無しだぞ。」




 ※



 二人の様子を隙のない目でグレゴールは見ていた。

 少し距離があり、また風が吹いてきたせいで会話の内容までは聞き取れ無かったが、どうやら模擬戦の中断の申し入れではないようだ。


 グレゴールは先の手合わせでダンドのおおよその技量は把握していた。

 グレゴールの見立では、ダンドの腕は一兵卒程度。むしろ訓練中の新兵と同等くらいだろう。


 様子見の攻撃にすら手一杯で、本来ならば歯牙にもかけない小者。

 それがダンドというらしい男の評価のはず。



 しかし、グレゴールの歴戦の勘はダンドが危険人物であると訴え続けていた。



 自身でも少々困惑しているが、しかしこの手の勘は違った試しはなかった。

 そして、例え間違っていたとしても、この勘に従おうとグレゴールは決意している。


 ーーこの男は此処で殺す。


 グレゴールの腕ならば、木剣であろうと人の頭蓋を叩き割れる。

 今ならまだシルマーリア嬢は殺すまではしないだろうと思っているはずだ。


 殺るならば、今を機会を逃す手はない。


 シルマーリア嬢にはお叱りを頂くかもしれないが、フォビタン家の今後を憂うならば小事に過ぎないだろう。


 中断されてしまう前にと、グレゴールは声を掛ける。


「そろそろ休憩は終わりにしてもらおう。シルマーリア様もお下がりくださいませ。」


 ダンドにはどうでもよいが、少々上司に向けては不遜

 な態度だったと思う。が、シルマーリア嬢は気にした様子もなく後ろに下がった。


 グレゴールは剣を中段に構える。


 ダンドの木剣は既に折れ、肋も数本折れているはずだ。

 不審に思われない様に、せめてダンドが立ち上がる迄は待ってやる。


 ダンドは曲がった木剣の剣先をもぎ取り放り投げから、ゆっくりと立ち上がった。


 構えもせずに、此方を見るその黒い眼は、不敵に笑っている。


 グレゴールは駆け出す。ダンドとの距離は10メートル程度。五歩も詰めれば剣の間合いだ。


 ダンドが胴のガードに入る。その刹那、中段から上段に振り上げた。


 単純なフェイントだ。しかし、素早い接近と相手の動きを見極めてからの切り替えにダンドは追いつかない。もしダンドが熟練の剣士だったとしても捌ききれないであろう流れる動きだった。


(取った。)


 グレゴールの剣はダンドの防御を逆手に取り、空いた頭に渾身の一撃を見舞う



 ……はずだった。


 しかし、その前にグレゴールは視界を奪われる。


 その原因は……砂だ。


 グレゴールが胴を狙った中段から頭を狙った上段にスイッチしたわずかの隙に、握り込んだ砂をぶちまけたのだ。


 元よりダンドはガードをする気はなく、この目潰しを狙っていたのだろう。


 目に砂が入る。

 目から痛みが走り、視界は奪われてしまった。




 だが、グレゴールは強者だった。


 視界を無くしても、首が取られた訳ではない。

 上段の構えから左肩をつき出す。


 駆け込んだ勢いをそのままにした体当たり。


 しかも踏み込んだ足を落としてから、かち上げる様に体を起こす。


 手応えあり。


 ダンドのひ弱な体など簡単に吹き飛ばせた。

 距離さえ取れば仕切り直しだ。次こそは油断なく、奴の頭蓋を叩き割ってみせる。


 目をぬぐい、視界を取り戻す。


 突き飛ばしたダンドは既に立ち上がっていた。





 折れた木剣の尖った先をシルマーリアの首に突きつけながら。

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