三話
捕虜の処理方法は大雑把に分けると四つ。
一つ目は身代金を条件の解放。これは捕らえた者が上級貴族の場合だ。余り高値を着けると破談になったりもするが、それを狙ってわざと高額をふっかけ、要人を拘束する なんてこともある。
二つ目は捕虜の交換の駒だ。一方的に捕虜が手に入るなんて事はまずない。戦えば捕らえ、捕らえられる。こちらの捕虜を返してもらうためにあちらの捕虜を返すという訳だ。
その際に返す捕虜はまちまちで、返してもらう捕虜の格にあわせて上級貴族だったり下級貴族だったりする。
この二つが適用されるのは十中八九貴族である。残念ながら平民はすんなり返されることはまずない。
三つ目は奴隷としての商品。平民や金のない下級貴族は奴隷として国内や国外の奴隷商へ売られる。男は労働力として。女は慰み物として。男は体格がよいほど高値になる。肉体労働の為になるべく使えるモノでないと困るからだ。女は顔と処女かどうかどうかが値段の決め手。美人であれば平民でも大した金になるかもしれない。どちらにしろ未来ある道ではないが。
四つ目は簡単だ。すっぱり死んでもらうこと。
捕虜だって飯を喰うし、糞も垂れる。奴隷としての価値もない者に維持費は必要ないので、早々に死んで頂くのだ。
自分は恐らく三つ目だろうなとダンドは考えていた。
捕虜として檻に入れられて三日が経つ。中でする事もないので無体な考え事しかない。
治療をしてくれたり、飯を食わせて貰っているということは早々に殺すこともないだろう。殺すより売れるなら売った方が生産的だ。
大当たりは商人か地主に売られて、事務仕事に振られる事だろうか。読み書きはまだこちらの文字に慣れてないので怪しいが、計算が出来る奴隷は貴重なはずだ。アラビア数字ではないものの、十進法に対応する数字があったので問題はないだろう。
しかし一番ありそうなのは十把一絡に買い叩かれて、どこぞの鉱山か何かで働かされることだ。
この場合仕事はキツく、環境も悪い。労働環境を整えれば奴隷でも生産効率は上がるだろうに、そこまで経済学が発達していないこの世界ではすぐに事故か病気でぽっくり逝ってしまうだろう。
(祈るにしても、こちらには知ってる神も仏もいないしなぁ…)
異世界は異世界なりの宗教がいくつかあるらしいが、いた場所が傭兵団なだけあって、あまり信仰について知る事が出来なかった。
(機会があれば、此方の宗教学にも触れてみたいモノだ。)
元の世界でも知識欲は高い方だったが、異世界に着いてからはより一層欲深くなった気がする。最も、学ぶ機会はかなり絶望的であるが。
胡座をかきながら考え事を続けていると、牢内に足音が響いた。
他の檻いる捕虜達がざわめきはじめる。まだ飯の時間ではないので、このタイミングでやって来るのは釈放か、死の宣告か。
足音の主は見張りの兵士だ。見張りはダンドの前に立つと無表情で言い放った。
「お前を尋問にかける。連行する為に拘束をつけるから両手を前にだせ。」
尋問、と聞いては嫌な予想が頭を巡ってしまう。
先日もシルマーリアに言ったが傭兵風情の情報に価値のあるモノはない。
となると時代劇や映画のように、ありもしない事を吐かされり為に鞭打ちやキツイ拷問に掛けられてしまうのだろうか。
手に縄を括られ牢を出る。砦の窓から見える空は快晴だった。
縄で牽かれ、着いたのは砦の最上階だ。尋問室にしては豪華な木の扉を前に兵士がノックをして声を張り上げる。
「指揮官殿!お申し付けの捕虜を連れて参りました!」
思わずダンドは目を丸くする。
(指揮官直々の尋問とは、どういうことだ?)
『ご苦労。中へ。』
ダンドの当惑を無視して扉が開かれた。中に居たのは執務の机に着いたシルマーリアと、後ろに立つ以前見た厳つい男の二人。
「そこの椅子に縛り付けてくれ。尋問は私とグレゴールで行うので下がってよい。」
兵士はダンドを椅子に固定すると、任務に戻ります と告げて退室していった。
おそらく執務室であろう部屋に指揮官と捕虜と厳つい男の三人だけ。疑問は幾つもあるが、とりあえず大掛かりな拷問をされる事はないと分かりダンドは安堵した。
「さて、改めて自己紹介させてもらおう。私はここ、東部防衛基地指揮官のシルマーリア・フォビタン。後ろにいるのは副官のグレゴールだ。」
グレゴールと紹介された男は表情こそ無いが、やたらに威圧感があるのが如何にも武人らしい。
(しかし、あの女がここの指揮官だったとは。)
女の軍人は珍しい。敵対国の最前線基地となれば尚更だ。
お飾りをこんな場所に置くとは思えないので実力もあるのだろうが、美人で有能とは羨ましい限りである。
「【山猫の爪】所属のダンドだ。」
ダンドは前と全く同じ自己紹介だが、他に言い様もないので仕方ない。
「では早速だが尋問を始めよう。」
シルマーリアはこのまま進めようとしているが、ダンドはつい待ったをかけた。
「待て、記録官はいいのか?後ろのおっさんもペンすら準備してないじゃないか。」
傭兵相手とはいえ、尋問は尋問だ。証言を記録する必要があるだろう。証言の証拠は文章での記録でないと効力はない。
「ほう…、やはりお前は中々に学があるな。まぁ今回は対外交渉の道具が欲しい訳ではないから記録は必要ない。私が個人的に聞きたい事があるのだ……傭兵団【山猫の爪】について。」
シルマーリアは椅子から立上がり、ダンドの前に進むと一枚の羊皮紙を読み上げる。
「【山猫の爪】はオリステールの西部で活動する傭兵団。五年前に結成し、今の人数は200人程度。人種はまちまちで、種族出身に拘らない。団長はヒト種のマニク。オリステールより北の寒村の出で、腕はそこそこ、性格は大雑把。先の戦いで死亡したな。」
(団長は北国出身か。知らなかったが、しかしよく調べたモノだ。)
ダンドも知らない情報に、感心を超して呆れてしまう。もう今更聞くことなどあるのだろうか?
「結成当初は小規模で、仕事は行商の護衛位しか出来なかったようだな。しかし、三年前ぐらいから活動幅と人数を増やし金振りが良くなって来ている。」
三年前と言えばダンドが拾われた時期だ。
あの当時の惨状を思い出すとつい苦笑が漏れる。
「俺が入ったのはそれぐらいからだな。事務として入った時は酷いもんだった。何せ事務は誰もやりたがらないし、そもそも文字も読めない奴ばかりだった。俺も読めなかったのに我ながら良くやったよ。」
文字の読めない事務に、経営を丸で理解していない団長。書類の保管も適当で、入ったばかりは大忙しだった。
しかし忙しさのお陰で異世界に来た混乱を少しの間、保留できた。そして少しは冷静に考えることが出来たのだ。
「お前、学がある癖に文字も読めなかったのか?」
意外そうな声をあげるシルマーリアに、自分が異世界から来た事をどう説明したものか悩む。素直に体験した事を説明しても信じられないだろう。ダンドが苦虫を噛み潰した様な顔をしていると、シルマーリアは何か納得したように言葉を続けた。
「お前、東の出身だな?向こうはこちらとまた違う文字を使うのだろう。」
勝手に勘違いしてくれるのならばありがたい。とりあえず まぁ、そんな感じだ とお茶を濁すと、彼女は次の話題に移った。
「仕事の幅を増やしたのはお前の手腕か?」
「あぁ、金が無くて腹空かせているのに暇してる様だったから、あれこれやってみたらどうかと提案したんだ。」
ダンドが提案したのは農村の護衛。期間を決めて格安で護衛をする。その代わり在中している団員に朝晩二回飯を出してもらうのだ。オリステールは西のカルバーラと戦争をしているし、東の宗国とも仲が悪く度々国境で諍いを起こしていた。こうした環境は、ならず者や山賊が出る温床なので、農村はそういった暴力集団から身を守る手段を欲していたのだ。
そして値段を格安にしたのは、農村から飯を貰うため。こうすれば農村に派遣した奴らはタダで飯が食えるのだ。ならず者だって毎日村を襲撃する訳じゃない。襲われなくとも飯は出して貰えるのだから団員達は喜んだ。
もちろん襲撃されたら迎撃しなければならないが、あらかじめ警戒していれば圧倒的な数の差がなければまず防衛できる。
移動する商人の護衛とは違い、柵や何かで陣を組める分、安全で確実だったのだ。
こうして互いに利を得ていたがそれだけではない。
護衛期間中の農村への暴力や迷惑行為は絶対しない様に徹底していたので、農村から良い評判を貰えればそれは次の仕事に繋がった。護衛期間は農村の食糧に負担が掛からない程度の日数に設定していたし、評判を良くしていれば次の村でも仕事が出来る。
団員の給金は少なくなるが、もともと彼らの食費は自費なので収支は下がらなかった。が、貰える金が少なくなるという側面だけにしか理解が及ばない頭の悪い奴らの反発はあった。そういう輩は団長の一喝で黙らせるか、退団してもらったが。
そうして評判と、ここで働けばまず餓えないという話が広まれば必然的に入団希望者が増える。
ある程度の団員の数が確保出来れば今度は貴族相手に商売が出来る。貴族は戦争の為の兵力を欲している。しかしお抱えの兵力は在っても常備軍は金を喰うからあまり増やせない。
そこで傭兵を雇うわけだが、小規模だったり無名の団だったりすると相手にされないか褒賞をケチられてしまう。舐められない為にも傭兵団の規模と評判は必須なのだ。
「なるほど、お前は商才があるのだな。そこまで経営に明るければ重宝もされるだろうが、しかし解せないのは戦場に連れ出されている点だ。お前は戦術にも明るいのか?」
シルマーリアは机にもたれながら話を聞いてる。その表情は真剣だ。
「専門じゃあないが、歴史を学べば多少の助言は出来る。今回だって貴族様が提案を受けてくれれば奇襲を防げた筈だった。」
ダンドの顔が少しだけ苛立ちに歪む。自分の助言が聞き入れられたなら結果はもっとマシだった筈だと。
「まるで此方の奇襲を予知していたような口振りだな。」
シルマーリアの目が細くなる。それにダンドは気付かずに話を続ける。
「予知していた訳じゃない。が、その可能性も低くないと考えていた。今回兵力でいえば俺達のほうが有利だったが、逆にどうしたら俺達が負けてしまうかを考えれば自ずと敵の出方は絞れるんだ。」
「戦う前から負ける考えをしていたとはな。」
勝つと考えていて勝てるならば苦労はない。しかしそうも行かないからこそしっかり戦術を立てなければならないのだ。
「大軍が負ける要員は主に二つ。頭が潰されるか、補給線を断たれるかだ。常道は後者だが、カルバーラとオリステールの間は主に草原地帯で補給線を経つには見晴らしが良すぎて襲いづらい。しかもカルバーラの国内で略奪をすれば餓える前に拠点の包囲に間に合う距離だ。拠点を包囲すれば補給線を経つ為の別働隊も飢えさせることができるし、拠点には別働隊の分だけ兵力を減らせられる。つまり補給線の分断を狙われても負ける確率は低いと思った。」
ダンドは将棋盤をイメージしながら戦場がどんな動きをするのか考える。
「次に頭を潰される場合だが、正面切っての戦いではまずされないだろう。俺達の方が数が多いんだからな。
となると、奇襲しかない。奇襲のタイミングは行軍中か、夜襲になる。行軍中に襲撃されなかった事を考えると後は夜襲だ。
大軍が夜間の天幕を張れる場所は限られるから、予め罠を張られることは想像に固くない。
まぁ、まさか霧を待つなんて不確定な要因に掛けるとはおもいもよらなかったけどな。」
ダンドはシルマーリアが奇襲作戦の立案をしたわけではないと思っていた。霧を待っての奇襲など、運任せにも程がある。そんな愚行をする女には見えなかった。
「負け筋は夜襲で頭を潰される事。となれば、偵察の増員と、天幕を張る予定地の調査が急務だった筈なのに。
貴族の奴らはカルバーラ軍が籠城すると思い込み、しかもお貴族様の天幕設営に兵員を裂いて、偵察を疎かにしてしまったんだ。」
溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、ダンドは吐き捨てた。
確かにダンドの提案が通っていれば、草原の起伏を利用した程度の伏兵は見つかってしまっただろうし、軽騎兵の突撃はもっと困難になっただろう。
シルマーリアはダンドという男に静かに畏怖を抱いていた。
「他に何か聞きたいことは御座いますか?お若く麗しい指揮官様。」
ダンドの慇懃無礼な言葉にシルマーリアの頬が僅かに引きつった。
「そうだな、傭兵団の若き参謀長の頭脳明晰さには驚かされた。」
皮肉った口調で返したものの、確かに思った以上のダンドの賢さには驚かされた。
が、ダンドの次の一言に彼女はもう一度驚く事になる。。
「若き…か。三十三歳になったが、まだ若人でいていいものかな。」
目を丸くするシルマーリアと、後に立つグレゴールとやらも微かに髭を揺らす。
「お、お前三十三歳なのか?てっきり二十前半だと思っていたが…!」
日本人はやはり童顔なのだろうか?テレビでも似たような事を言っていたのを思いだし、ダンドはつい笑ってしまった。