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異世界戦記譚  作者: 田中銀二
2/5

二話

「貴様、所属と名前を言え。」


 松明に照らされた美人。

 やけに通る声で女は言った。


 こんな場所に美人とは、檻の内と外が逆ならば色々と滾りそうだがままならないものだ。


 銀の髪を腰まで流し、薄く掛けた化粧は元の美貌を際立たせる。

 女の年の頃は二十代半ば位だろうか。この世界の結婚適齢期は十六ぐらいだと聞いているから年増と言えるのかもしれないが、そんな事を細事と思わせるほどの瑞々しさと凛々しさを備えた女だった。


 呆けた顔で見返していると、女は少しイラついた様に舌打ちした。


「聞こえなかったのか?もう一度聞くぞ。所属と名前を言え。」


 繰り返した言葉にようやく質問をされていたことに気づき、口を開けるといつの間にか切ったのか少し血の味がした。


「【山猫の爪】のダンドだ。」


「階級は?」


 女はさらに質問を重ねてくる。そんな棘のある話し方ではせっかくの美人が勿体ないと思うのだが。


「階級はー…、特にないな。事務方だったからさ。」


 戦術論の手助けはしたがあくまでメインは事務だ。

 事務以外にも色々やらされたから大分あやふやにはなっていたが。


「事務が戦場に出てくるなどあるか。嘘なら最もましなモノをつけ。」


 女の目が細くなる。苛立ちと呆れが入ってきているようだ。


「まぁ、言いたい事はわかるがね。うちは何時でも人手不足で事務にも戦術論を求められてたのさ。お陰で戦には良く引っ張り出されたよ。」


 やはり【山猫の爪】のやり方は変わっていたらしい。思わず苦笑してしまい不興を買ってしまったかなと思ったが、女は少し驚いたままで、漏れた苦笑を気にしている様子は無かった。


「傭兵団ごときが参謀を置くとは…。いやしかし、なるほど道理で…。」


 何やら小言で呟いて考えこんでいる様子だが、正直こっちは疲れて眠りたい気持ちで一杯だ。


「なぁ、今日はとりあえず寝かせてくれないか?処刑にするにしても何にしても明日からだろう?」


 女は此方に目を戻すとクスリと笑う。美人はこんな事でも絵になるものかと少し感心してしまった。


「ふてぶてしい男だ。傭兵は捕虜交換にも使えんから、処刑か奴隷行きだが…まぁ確かに決めるのは明日以降だな。」


「なるべくなら生かして貰いたいけどな。」


 願望を正直に言ってみる。奴隷としてもあまり価値が無さそうなのは自覚しているが。


「それは貴様の態度次第だ。色々聞きたい事もある。」


「傭兵風情に聞きたい事か?」


 思わず首をかしげる。

 傭兵は雇われ主に言われた事をするだけだ。録な情報は降りてこないし、聞きもしないもの周知なはず。


「【山猫の爪】には目をかけていた。貴様達の戦歴も調べてある。色々変わった事をやっているのもな。」


「そんな変わった事をやった記憶は無い……。いやまあ団長は変わった人だったが。」


 思い当たる節を探している間に、女は背を向けて出ていこうとする。


「ちょっと待ってくれ。こっちは名乗ったんだから、そっちも名前を教えてくれても良いだろう?」


 格子越しに声を掛けると、女は顔だけ向けて名乗った。


「シルマーリア・フォビタン。」


 いうことは言ったとばかりに去っていく。


 平民に姓などない。

「偉そうな女だとは思ったが、お貴族様だったとは…。」


 もう少し丁寧に話すべきだったかな?と反省しながら檻の石畳に横になった。

 今日はもう寝てしまおう。瞼を閉じると忍び寄る蛇の様な睡魔がすぐに意識を丸のみにしてしまう。




 これからシルマーリアとは長い付き合いになる事を、まだこの時は予想だにしなかった。




 ※



 大草原から西に一日の距離にそびえる砦。

 ここはオリステール王国からの侵攻に対抗するための最前戦基地である。


 砦の最上階、執務室の椅子に座りシルマーリアは羊皮紙に目を通す。紙には事前に集めた【山猫の爪】の調査報告が載っていた。


 シルマーリア・フォビタンは今年で二十三歳になったフォビタン家の娘だ。

 フォビタン家は騎士の家系ではあるが、シルマーリアで三世代目という新貴族である。しかしフォビタン家は実力で貴族にのし上がった事もあり国内でも一目を置かれていた。頭が固く古臭い考えの門閥貴族よりも現実的で柔軟な戦術をもって戦場で活躍し、新貴族の中でもリーダー的存在にもなっている。

 フォビタン家の第一子女のシルマーリアは妾の子であり女性であったため家督を次ぐ事はなかったが、父である二代目現当主に鍛えられ着実に軍人としての実力を備えていた。

 東部防衛指揮官も、その才覚を認められての事である。


 今回のオルステール軍の侵攻を防ぎ、逆に大打撃を与えたのも一重に彼女の指揮だった。


 大軍を持って侵攻したオルトーリア軍は、敵は篭城するだろうと予想していた。カルバーラの最前線基地は砦を持った迎撃拠点であり、その攻略の為にオルトーリアは常備軍を裂き、傭兵もかき集め、六千の兵を侵攻に送った。カルバーラの最前線拠点である砦の常在兵力は約三千。倍に勝る兵力に対し野戦で迎え撃つのは愚の骨頂である。オルトーリア軍の予想は通常であれば的を射ていたはずだ。


 しかしオルステール軍の予想は外れた。カルバーラの拠点指揮官のシルマーリアは砦を打って出ていたのだ。


 オルステール軍は拠点から一日の距離をもって侵攻の前の軍の再編を行っていた。

 侵攻を前に一時の天幕を張るためだ。

 基地から一日の距離とはいえ、天幕の設営に見繕った場所は見通しのよい草原である。


 ここであればまず安心して明日の攻撃のための準備が出来るだろう。

 オリステール軍はそう考えていた。…一部の傭兵部隊を除き。


 天幕の設営を終え、オリステール軍が休息にはいった夕方頃になって濃い霧が立ち始めていた。

 大草原は盆地だったので、霧はたちまち視界を悪くしていく。

 最初に異変があったのは陣の西側。霧の中での視界の悪さと敵国の反対と言う場所で、ついその監視を薄めにしてしまったのだ。

 霧の中から矢が放たれた。見張りが声を上げたときには既に敵の兵が目前に迫っている。


 カルバーラ軍はオリステール軍がくる前日に既に草原に潜伏していた。見通しがよいとは言え起伏はある。歩兵は起伏と、即席の壕に身を隠し霧が立つのを待っていたのだ。

 草原という油断と天幕の設営を急いだ為、オリステール軍は伏兵を見逃してしまった。


 瞬く間にオリステール陣営は混乱に陥り、まさかの襲撃に完全に浮き足立つ。

 しかしカルバーラ軍の本番はこれからだった。

 完全に虚を突いたとは言え所詮は伏兵のため、矢と初激の被害は少なかったが、西側の簡易柵は完全につぶされてしまった。


 そこに軽装騎兵達が突撃したのだ。


 潜伏した歩兵とは別にシルマーリアは騎兵を集め入念な大回りをしてオリステールの背後を突いた。

 迅速な行動のため騎兵のみで、しかも胸当てと兜のみという極端な軽装。大軍への突撃にはあまりにも頼りないが、この作戦においては最も適した装備だ。


 突撃は成功した。後は軍の首魁を討つだけである。一番豪華な天幕へ向かいシルマーリアは剣を向ける。


(此処まで成功した奇襲は今後の人生でもそうあるまい。)


 シルマーリアは戦いを思い出し艶めいた吐息をもらす。戦場の匂いがもたらす高揚感に下腹部が熱くなるのを感じた。


(しかし、やはり山猫は違ったな。)


 完全に虚を突いた奇襲だったが、一部の兵だけは直に混乱から立て直していたのだ。

 しかしそれらは正規の兵ではない一団の傭兵達だった。


 彼らは直に隊を組み直し、こちらが大将首狙いである事を看破した。

 大将の近衛兵と並び、剣を振るっていた傭兵達はあまりにも場違いであったが。


 善戦はしただろうが、やはり少数の近衛と一介の傭兵団では騎兵の突撃を防ぎきれない。

 おそらく傭兵団の団長であろう男に部下の矢が刺さると、傭兵団はすぐに崩れてしまった。

 残った近衛を馬蹄で潰し、豪奢な天幕を切り裂く。


 こうしてカルバーラ軍は寡兵を持って大軍に打ち勝った。


 その後は日が暮れる前までに追撃を兼ねた敵のお帰りを促す。

 大将首を取ってもオリステール軍自体の損害は一割にも満たないのだ。やけを起こされても困る。

 敵陣を抜けて伏兵と合流した後は、牧羊犬の様に敵兵を誘導した。



 ダンドを拾ったのはその帰り道だ。



 砦の地下牢にぶち込んだ変人を思い出すと思わず苦笑が漏れる。


「シルマーリア様、あの男は如何しますか?」


 板金鎧を着けた厳つい男がシルマーリアに声を掛けた。

 ダンドとシルマーリアの面会の際、一言もいわず彼女の後ろについていた男だ。

 年は五十代だろうが、短い髭と眉間の皺が如何にも軍人らしい。


「グレゴールはあの変人をどう見る?」


 質問に質問で返すシルマーリアに不快を示す事なく、グレゴールは答える。


「奴は変人ではなく狂人の類いです。斬るなら早めが宜しいかと。」


 淀みなく答えるその声は確信を持っているようだった。


「あの短い会話で良くそこまで断じられるものだ。グレゴール千人長には何か心当たりがあるのかな?」


「ありません。勘です。」


 根拠もないただの勘。しかし彼ははっきりとダンドを狂人と断じた。

 グレゴール・シェンター。彼は歴戦の戦士だ。下級貴族の出だが武勲で千人長まで昇り詰めた男である。その勘は信用できると彼女は経験で知っていた。


「狂人か……。」


 シルマーリアはダンドの顔を思い返す。敵地の牢の中でとぼけた態度を崩さないあの男。見た目はただの唐変木でしかなかったが、その中には何か得体の知れないモノが詰まっている気がしたのも確かだ。


 グレゴールは災いの種だと捉えているようだが、シルマーリアには災いだけではない何かがあるのではと予感しているのだが……。


(しかしながら情報がたりない。やはりあの男にはしっかり話を聞かせてもらわなければならん。)


 大きく息を吐き、椅子にもたれかかる。

 机に手を突くと詰まれた書類が指先にあたった。彼女のサインが必要な書類の束だ。


「何にせよ、明日以降だな。これから山のような戦後処理の案件を処理せねばならん。部隊の再編に、捕虜の交換と身代金の請求、その他もろもろ。戦に勝っても仕事の量はかわらんな。もちろん千人長にも手伝って貰うからな?」


 さしあたりやる事をやらねばならない。シルマーリアは思考を切り替えグレゴールに意地悪な笑みを投げかけた。


 苦笑いを浮かべるグレゴールを尻目に、羽ペンを手に書類の処理を始めたシルマーリアだが心中のざわめきはナリを潜めただけで消えてはいない。


 三年前は取るに足らない傭兵団だったが急速に頭角を出し、力を示した【山猫の爪】

 その中にいた黒髪黒目の狂人【ダンド】


 何か変革の兆しのようなモノを彼女は感じていた。

一般的な軍の階級としては、下から

兵卒・兵長・十人長・十騎長・百人長・百騎長・千人長・千騎長・大将・上級大将・総司令官(国王)

となります。

他にも参謀長とか軍事顧問とか事務官とかいたりいなかったりします。

シルマーリアは千騎長で東部防衛指揮官です。実力で~とかいっても流石にパパの威光の影響もあります。


修正:西部防衛~×東部防衛~○

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