魔王と魔王の妹のメイドさん物語
無駄に広い玉座の間、そこに一人の男が座っているのは、彼が魔王だからである。
長い銀髪に緑色の肌を持ち先が尖った耳は少し長い、不敵な表情で誰もいない前方をその金色の瞳で見据えている。
「そう、私が魔王っ!! 魔王ジャーク・スギールとはこの私の事であるぞっ!!!!!!!!!」
魔王は高らかに名乗りを上げる……が、繰り返して言うが彼の前には誰もいない。
「誰に向かって言ってんのよっ!!!! この馬鹿アニキィィィィイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!!」
突如として響く少女の声と、そしてスパコ~~ン!!というハリセンの炸裂する音……そして「アイェエエエエエッ!!?」というジャークの情けない悲鳴であった。
「……ぬぉおおおおおっ!!? いきなり何をするか……魔王たる我が妹のカレン・スギールよ……」
「何よ、その説明的なセリフ……」
カレンと呼ばれた十代前半くらいに見える少女は兄と同じ銀髪と金色の瞳で、手には先程ツッコミに使用した《カレン専用スマッシュ・ハリセン》を持ち、呆れた顔で兄を見つめている。
「愚かな妹め! 初登場時はインパクトが大事なのだ、そんな事も分からぬか!?」
「意味分からんわぁああああああああっ!!!!!」
再び炸裂する妹のツッコミとハリセン。
「あべしっ!!?」
そんな兄妹のじゃれあいを苦笑しながら見守っている二十代前半の女性は、その身に纏う衣装からして誰がどこからどう見ても実際メイドさんであった。
「カレン様……あまりやり過ぎると魔王様の脳細胞が死んでしまいますが……」
「大丈夫よ、ユイナ・カワ。 これ以上死ぬような脳みそはこいつにはないわ!」
流石に気の毒そうにするメイドに対して、魔王の妹は冷たく言い放った。
スギール帝国は我々人間とは違う世界、〈魔界〉に存在する魔族の国である、そこの現魔王でたるジャーク・スギールは〈人間界〉の侵略を企む邪悪な魔王なのである。
「その通りであるっ!!」
「何がやねんっ!!!!」
そしてそのジャークの妹であるカレン・スギールは、そんな兄の言動にツッコミをする日々を送る”ツッコミ系妹”であった。
「ふむ? 言いえて妙だ」
「だから何がっ!!?」
そんな兄妹の直属の世話係であるメイドのユイナ・カワは二人とは違い、〈人間界〉出身のれっきとした十九歳の人間であった。
一年前に〈人間界〉を偵察という名の観光に行ったジャークと偶然に知り合い気に入った彼が、「どうだ? 私と契約して魔王のメイドになってみないか?」とスカウトされたのである。
給料などの待遇もよくユイナにとっては実際よい職場であるのが、この魔王の城での仕事であった。
その時、玉座の脇にある小さなテーブルの上の電話が鳴ったので、ユイナは受話器を取った。
「はい、玉座の間ですが…………はい、はい……少々お待ち下さい」
ユイナは一旦受話器をテーブルの上に置くと、ジャークの方を見た。
「ジャーク様、サクラが……じゃなくて勇者様がまたいらしたとの事ですが……お迎えを出しますか?」
「いらん、手出しは無用だと全部所に伝えろ!」
「しかし……」
「そうよ兄貴!」
ユイナとカレンが抗議めいた顔で彼を見るが「これは命令だ!」ときっぱり言われてはそれ以上は言えなかった。
勇者が玉座の間にやって来たのは、それから二時間半くらい経ってからだった。
「……てか、この城って相変わらず無駄に広すぎでしょぉぉおおおおおおっ!!!!!」
重々しい鉄の扉を開けて入ってきた勇者の第一声に、携帯端末でソーシャル・ゲームをしていたジャークが待ちくたびれたという風に顔を上げた。
その傍で少女向けコミックを読んでいたユイナが「ですからお迎えを出そうと申しましたのに……」と言うと、同様にしていたカレンも同意という風に頷く。
せめて城内の魔族に道を聞けば教えてあげるの親切はするのが彼ら魔族なのだが、そんなみっともない事は出来ないというのが勇者の理由であった。
「文句は私の先祖に言え!……てか、いつも思うがそんなに広いか?」
勇者である少女に答えてから、メイドの少女に尋ねる魔王。
「日本の住宅事情は魔王様もご存知でしょう?」
「まぁ……そうだったか」
納得してから勇者に向き直った魔王は、愛用の武器である《魔剣ザックリッパー》を召喚し、挑戦的にその切っ先を勇者に向けて笑う。
「勇者サクラ・ハルノ! 私に何度打ちのめされても向ってくるその根性はたいしたもの……しかし! せめてその方向音痴を何とかしてから来いっ!!」
「じゃかましいわ! 方向音痴も勇者も好きでやっとんじゃないわいっ!!!!」
勇者の証である《聖剣メッターギリ》をブンブンと振り回し言い返すサクラ。
実際彼女が勇者をしているのは、異世界の魔王が侵攻してきた場合に備えて代々聖剣を継承してきた勇者の家系だからというだけでしかない。
だから、例え未だに具体的行動をしていなくても魔王が”人間界侵攻”を宣言していれば魔王討伐をしなければならないのである。
そう、魔王ジャーク・スギールは実は人間界侵攻を明言しているだけで、まだ計画立案中であると具体的行動には実際移していなかった。
「てか! 何もしないならもう人間界征服は止める宣言しなさい! その気があるならとっとと侵略しちゃいなさい!!」
後半部分は人間側の勇者のセリフではないが、この魔王が統治するほうがましになるのではないかとサクラも実際思うのが、現在の彼女の国の政治家であるのである、
「……あの子も大変よねぇ……」
「はい、私も幼馴染みながら気の毒に思いますわ」
魔王の妹とメイドさんが同情した顔で言い合うのにサクラは「同情するなら、この馬鹿魔王を何とかしなさいぃぃいいいいいいっ!!!!」と叫んだが。
「ごめんなさいサクラ、私は所詮はメイドだし……」
「申し訳ありません、お兄様の馬鹿さ加減はとても私の手には負えません」
……と、きっぱりと言われてしまい、「この役立たずぅぅぅうううううっ!!!!」と目を吊り上げて地団太を踏む。
「何か酷い言いような気もするが……まぁ、いい。 時間もないしとっとと始めるか!」
ジャークが言って《魔剣ザックリッパー》を構えながら数歩前に出ると、「どういう事?」とサクラも《聖剣メッターギリ》を油断なく構え迎撃態勢をとる。
「決まっている!」
言葉と同時にジャークは床を蹴って踏み込んだ。
「もうすぐ”ショーテン”の時間であろうがぁぁあああああっ!!!!!」
サクラは「はっ!?」となりながらも、魔王の剣を受け止めて声を上げた。
「そうだったわぁぁああああああああっ!!!!!」
叫び声を上げながら後ろへ飛ぶと「もうそんな時間なのぉぉおおおおっ!!!!」と剣を振り上げて反撃に出る。
「そんな時間だ!」
その動きは決して素人のレベルではないが、余裕の表情でジャークは受け止める。
「しまった! しまった! しまったっ!! 予約録画もしてない!?」
「ふん! これだから人間は愚かなのだよっ!!!!」
「うるさい! まずいわ、今から帰ってもこのままじゃ”銅椀ダッシュ”にも間に合わないじゃないぃぃぃいいいいいいいっ!!!!!」
「ふっ! 人間とはつくづく愚かだなっ!!」
勇者である少女は焦りの表情で、魔王である青年はそんな少女を嘲笑うかのようなよゆうの表情で剣をぶっつけあっているのを、妹とメイドはただただ見守っている。
「……勇者と魔王の会話じゃないわよねぇ……いつもながら」
「はい、いつもの事ですねぇ……」
しかし、その様子は緊迫した命のやり取りを観戦しているのではなく、実際くだらないコントを見物してるかのようなものであった。
「ならば勇者よ!」
後ろへ跳んで間合いをとったジャークが言うと、「何よ!?」と勇者も手を止めた。
「今日のところは降参すれば、私の城でテレビを観ていっても良いぞ!?」
「いいのっ!!?」
驚きの表情でサクラが問い返すと、「無論っ!」と頷く魔王。
「なら、降参するわ!!」
「あっさり食いついたっ!!!? 勇者のプライドはゼロっ!!?」
「サクラらしい……わねぇ……」
愕然とツッコむカレンとその横で苦笑するユイナ、数回斬り結び合ってから魔王がサクラの脳天にみね打ちを見舞って勝負が付くいつものパターンとは違う方向になったが、これもまたあの二人らしいだと思えた。
そうしている間に互いに剣を仕舞った魔王と勇者が揃って部屋を出て行こうとしていたが、不意にジャークがユイナを振り返った。
「ユイナよ、分かっているだろうが?」
「はい、夕食は一人分追加しておきますわ。 魔王様」
「期待してるわよ、ユイナ~」
その彼に対してメイドらしい笑顔で恭しくお辞儀をしてから、幼馴染みの勇者に「はいはい」と苦笑しつつ、こういう毎日は悪くはないと思うユイナであった。
人間界征服を企む魔王のいる〈魔界〉の存在は、まだ多くの人間達は知ってすらいない。
ましてや彼ら魔族が〈人間界〉へすでに赴いていて、人間の世界の文明をちゃくちゃくと自分達の物にしているなどとは、想像も出来ないだろう。
これは、そんな恐ろしい魔族の頂点に立つ魔王とその妹や従者の日々の一コマであった。
終
この短編は、紅魔のお嬢様とメイドさん物語的なものを一次創作で書いてみようという発想の試作品的なものになります。
どこか変な世界の、やはりどこか変な魔王とその身近な者達のドタバタ劇場として楽しんでもらえたなら幸いです。