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転生領主とその周辺  作者: しから
セルラニア編
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突撃、我が家の台所?

 予定調和的に出されたパンは塩焼きにした鳥っぽい肉を挟んでごまかして完食した。

 付け合わせにサラダがあれば、もう少しマシな食感だっただろうが、パン単体で食べることを考えればはるかに改善された感じだ。

 …ナンもどきレベルではあったけど。


「…あ、あの。

 フォルセウス様? いかがなされました?」


 相変わらずの昼食に改めて、決意を高める俺に料理長ロドリゲスが、ビクビクしながら声をかけてきた。

 …別にガルドの弟だからと言って、この王城の人事権を持つわけでもない俺を相手に怯えなくても良いのだけど。


「少し試したい事があってな。

 悪さをしに来た訳じゃないからオドオドしなくても良いぞ?」

「普段、こんな所へ入った事もない人間がいきなり来たら、驚くのが普通よ?」


 何故か付いてきたリムが呆れた言葉を返してくる。

 俺が嫌いなら近付かなければいいのに…。


「それもそうか。すまないな。

 普段口にするものがどのように造られているか興味があったんだ。

 昨日読んだ本に料理に関する記述があったのもあるが…」

「ああ! なるほど。でしたら私どもはいつものように仕込みを始めればよろしいでしょうか?」

「頼む。気になる点があれば質問させてもらうけど」

「はい。

 では、まず夕食用のパンを仕込みます。

 こちらは昼食に出したパンの一部です。こちらに水と小麦粉を混ぜて、塩を少量含ませて夕食の少し前まで置いておくことになり…」

「ちょっと待った! 材料はそれだけか?」

「いかがなさいました?」


 俺のストップに首を傾げるロドリゲス。

 本当に分かっていない?


「牛乳と砂糖は入れないのか?」

「滅相もない! 砂糖はともかく、王族方が食されるパンに牛の乳など入れられるわけが御座いません!」

「…牛乳は食用に利用されないのか?」


 先程の自信なさげな様子が嘘のように猛反発してくる。…どういう事だ?


「確かに西のユード高原に住む蛮族は家畜の乳を飲む風習があると聞いておりますが、この周辺の国ではそれは野蛮だと揶揄されます」

「そうなのか」


 異世界チートいきなり頓挫した?


「ええ。下級層の人間はそれらを混ぜて固めたものを主菜がわりにしたりもするそうですが…」


 ! バターはある。用途が微妙だが…。

 そう言えば、日本どころか西洋でも牛乳を飲む風習が広まったのは19世紀前後だったと聞いた事がある。

 液体である牛乳は傷むのが早く、冷蔵技術が未熟な時代では食中毒の元だった。

 だから、主にバターやチーズに加工されていたのだったな。

 …だが、この世界には氷の魔術があるし、問題はない気がするが。


「それを混ぜて欲しい。なんなら俺のだけでも良い!」

「…さすがにすぐにそのようなものは手に入りませんよ」

「だよな」

「あのぉ。一応、王城の裏庭で飼っております山羊が妊娠していたはずですが?」


 せっかく、見えた食生活改善の道が簡単に潰えて頭を抑える俺に遠慮がちな声が届く。

 声をかけてきたのは10代後半くらいの少女。…誰だ?


「申し遅れました。私はレイラと申します。

 調理と裏庭の家畜管理をおもに担当しています」

「そうか。で、山羊が妊娠中と言う事だが?」

「はい。裏庭には常時20頭程の山羊を飼育しております。

 山羊は痩せた草地で育ち、管理も楽ですから非常食がわりに飼育されており、そのうちの1頭が先日からお腹を大きくしています。既に少量ならミルクを出すまでになっていますので、それを分けてもらう事も可能です」

「それなら、それを…、コップ1杯分ほどもらってきて欲しい」

 …確か、山羊や羊の乳は牛より濃いはずだし、あまり大量に入れるべきじゃないだろう。

「分かりました。行って参りますので少々お待ちください」


 そう言って出ていく少女を見送る。さて、これでパンに必要なデンプン、塩、酵母、油脂、糖類の5つの要素の油脂を確保出来る。

 デンプンと塩は元々入っているし、恐らく、昼に出したパンの一部と言うのは酵母の入っている種生地となっているのだろう。


「後は砂糖だな。そちらは…」

「ここにございます。しかし、どれ程の量を使われるのでしょうか?」

 小さめの壺を出したロドリゲスが不安そうに尋ねてくる。やはり貴重な品か。

 壺の中には、日本で見慣れた白砂糖ではなく、ざらめと呼ばれた代物。しかも、黒っぽくて見るからに精製度が低い。


「…そこのスプーンに一杯程度で良いよ。実験みたいなものだし」

「助かります。かなり高価な物ですから!」


 あからさまにホッとした顔をしているな。この精製度でも高価か。


「そんなのが高いんだ? どれぐらいするの?」


 俺の横にいたリムが不思議そうに尋ねる。こいつもあまり城から出たことはないだろうし、転生者でもなければ、この地位にいるこの年代で食材の金銭価値に注目などしないか。


「この壺1つで大体銀板1枚ほどですね。日雇い重労働者の2日分の給金に匹敵します」


 確か銅貨10枚で銅板1枚、銅板10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で銀板1枚で、銅貨が1枚10円程の価値らしいから、砂糖は1壺で1万円の価値か…。


「高いな」

「しょうがありませんよ。砂糖は南のアーズ山脈を越えたギリア地方より南でしか採れず、船で輸入しているものですから」


 輸入コストだけでもシャレにならん金額がかかるか。…逆に異世界チートの使い処だが。…魔術欲しいな。


「お待たせいたしました。こちらが山羊の乳です」


 タイミング良くレイラが戻ってくる。


「ありがとう。ロドリゲス、水を普段の3/4に減らしその減らした分、山羊の乳を入れてくれ。砂糖は先程言ったようにスプーン1杯ほど入れてくれ」

「わ、私もフォルと同じのを食べるわ!」

「ひ、姫様までですか?!」


 俺の指示に疲れた顔で頷いているロドリゲスは、リムの言葉に卒倒しそうに悲鳴をあげる。

 …まあ、王の弟とは言え、その内出ていく居候ならともかく、次期王位継承者の王女が蛮族の真似事をするのだからな。

 だが、実際に問題がないことが分かれば、蛮行扱いはされなくなるだろう。

 そもそも、油脂も砂糖も加えないパンの方が原始的なのだ。なんとでもなるだろう。

 食生活の改善にはまだ課題も多い。…処か、やっと1歩歩き始めたばかりだが、主食が改善されるだけでもだいぶマシになるだろう。


「……ひとまず、俺とリムの夕食はそれを焼いたパンを頼む」


 ガクッと疲れた顔のロドリゲスが気の毒になったので逃げるように厨房を去る。

 多少の罪悪感はあるが、足取りの軽さは隠せないかな。

 夕食が楽しみだ!

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