白の魔力
「さあ! 魔術の勉強の時間がやって来た!
張り切っていこう!」
……朝食の時とは別人のようにテンションが高いクライム兄さんの声が魔術演習室に響き渡る。
「どうしたんですか? 兄さん」
「ああ! フォル。やっと今日からフォルに本格的に魔術を教えられるだろう?
だからさ! フォルが魔術に慣れれば、僕の研究も大いに進むはずなんだよ!」
相変わらずの研究バカだったか。
本来なら、はぐれ竜は人族を守る竜として新しく領地を持ち、民を治める必要があるのにそう言った事を雑事と片付けて魔術の研究に勤しむ。
アルヴィスの問題児と言えば有名だ。エルフとしての血が濃すぎるのだろうけど、はぐれ竜の殆どが匙を投げた学者人間は今日も絶好調らしい。
「ちょっと! クライム伯父さん!
前に伯父さんは私の事を希少で素晴らしい才能があるって言ったじゃないの! なのに私じゃ役に立たなかったって言うの?!」
そんな学者バカにしっかり噛み付くのは、ウチの身内では数少ない常識人だが、純血竜故かややプライドの高い我が姪。
「勿論、リムも重要ですよ。寧ろ、君と母さん。そして、フォルが揃っているからこそ私の研究は効率良く進むのだから」
「ふうん。ならいいわ!」
兄さんの返答に満足したらしい。こちらも変わらず愛すべき単細胞だな。
「さて、それでは早速、始めよう。
まず、魔力とは何か? 分かる? フォル?」
「魂を根源とする意思の力だと聞いたことがあるけど? いまいち実感はないかな」
魔術等存在しない世界から来た人間として正直な感想を述べる。
リムはニヤニヤと笑っているが、兄さんは真剣そのものな顔でこちらを見てくる。やはりこの感想はおかしいのかな?
「実感がない? 何故そう思うんだい?」
「多分に感覚的な話ですけど、魔力って自由に操れますよね?
意思の力を意思で自由に操れると言うのがおかしい気がするんです。
…うまく表現出来ませんけど、水溜まりの水を水を使って持ち上げるとか出来ませんよね」
「ほう。面白い考えだね。
主流派ではないが、魔力は魔力と言う個別の力だと言う考えを持つ学者もいるし、実は僕もそちらを支持しているんだよ」
兄さんからの感心の言葉に隣のリムがムスッと顔をむくれさせる。
素直だよな。色んな意味で。
「では、何故僕が魔力を意思の力と考えないかだが。
2人とも魔力には色があると聞いてるね?」
それはフォルとしての記憶に常識として残っている。
魔術化せずに放出した魔力は色を帯び、その色も一人一人違うのだと。
ウチで言えば、母ナタリーは黒で、ガルドが赤、クライムは橙色で、俺が白。見事にバラバラだ。
比較的にガルドとクライムが近い色をしているがこれはウチが本来火竜の血統だからだろう。
「知っているみたいだね。
この魔力の色は個人差が非常に大きいのだよ。
意思の力と言うには無理があるほどに」
「…普通に考えれば、種族ごとに似通っているべきですね」
「ええ。しかしそれがない。
ならば、魔力とは意思力とは別種の力ではないかと考える事ができるのだ。
同じ親から生まれても、顔や体型が違うように」
加えるなら、男女で色合いに差があるべきだろうな。
前世知識では、脳には男性脳と女性脳と言うような種別化が出来たはずだ。
「…ひとまず、魔力は具体的にどういう力か解らないけど便利だから使っていると?」
「……そう考えて良いよ。
魔力の解明は、それを専門に研究している学者の仕事だし。
さて、仕切り直して。
まず、今日は数理魔術の基礎を習得してもらう。
……リム逃げない」
兄から数理と言う言葉が出た途端に背中を向けて走り出そうとしたリムの肩を兄が掴む。
同等の身体能力を持つリムを難なく捕まえられたと言うことは最初から逃げると考えていたようだな。
「別に逃げる訳じゃないわよ?
ちょっとお腹が痛くなって来たから今日はもう休もうかなって…」
「それは丁度良い。
頭を使うと良く寝れますから、ベッドで退屈しなくてすみますよ?」
ニッコリっと笑っているが、その身から発せられるプレッシャーはかなり強い。どうやら前科がありそうだな。
「ごめんなさい。もう逃げないから放して下さい。お願いします」
「……全く。
フォル今から僕がやることを良く見ていなさい」
早々と全面降伏したリムを放して溜め息を一つ付いた兄が、右手を前に出す。
その右手の前に円形魔法陣が形成され、次いで3層ほどの幾何学魔法陣が描かれる。
それぞれが展開制御開始、炎属性・形状槍、射程4・威力2、発動と知覚できる。
…恐らくこれは上級魔族の持つ魔解眼の力だな。
そんな事を考えている俺をよそにクライムはゆっくりと魔法陣に魔力を通す。
最初の展開制御式に通った時に光具合の強弱がなくなって一定化し、次の属性式で橙色から赤へ色合いが変わる。
次の構造式では変化は見られなかったが、最後の発動式に至って、ついに炎の槍が飛んでいく魔術が発動する。
「これが数理魔術:火槍。
フォルには今からこれをやってもらう。その後で、リムもね…」
「分かりました」
「別に火槍なら精霊魔術で出来るじゃない……」
頷く俺の横で、リムが頬を膨らませて愚痴る。…どうやら、リムは数理魔術が苦手みたいだな。
「確かに初級から中級クラスの魔術は効果や術名の被っている物が多いけど、これらを習得することでそれぞれの上級を学ぶ為の基礎が出来上がるのんだ。
疎かには出来ないんだよ! リム」
「は~い」
クライムの軽い説教を受けるリムを尻目にクライムの書いた式そのままの物を展開する。
「「速い」」
2人して驚いているようだが、この辺は魔族ハーフの特権だろうな。
式を1字1字書く必要がない。それぞれの式に含まれる同じ意味の文字や構成を同時に書き、それを意味が通るように並べ直して接続する。
それだけで魔法陣の作成時間が圧倒的に削減出来る。
後は、魔力を通して完成♪ ……しない?
おかしい。どれだけ魔力を通しても魔術として発動する気配がない。
「フォル!
今すぐ魔力を供給するのをやめろ!」
クライムの叫びに魔力供給をやめる。
「式が間違っていたのかな?」
「いや、式は完璧だった。
寧ろ、僕より優秀なくらいにね。さすがは魔族の血を引くだけはあると思ったけど、恐らく、フォルには数理魔術を使うのは難しい」
式が組めているのに?
数理魔術って言うのは、決められた魔法陣を描く能力とそれを発動するのに必要な魔力があれば誰でも使えるものじゃ?
「納得いかないと言う顔だね。
先程から見ていた感じだけど、フォルの場合は魔力が魔法陣全体を満たせていない。
所々に魔力のこもっていない穴まみれの状態になっていたんだ」
「だっさ!
魔力の扱い下手すぎ」
「リム、君の場合は笑い事じゃないだろう?
そもそもフォルは魔力制御が出来ていない訳じゃない」
こちらを指差して大笑いしてきたリムをクライムが嗜める。そう言えば、リムも魔力の放射量にムラが大きいと言っていたな。
「フォルの場合は、魔法陣へ流し込んだ魔力が精霊達に横取りされているのが問題なだけだよ」
「え? 横取り?」
「まあそういう反応も無理はないかな。
本来なら魔法陣を流している魔力は精霊達にとってはあまり気持ちの良いものではないらしいけど、フォルの場合は、そのように変成されてなお精霊にとって魅力的と言う事だろうね」
「…じゃあ、精霊魔術とは相性が良いと言うこと?」
「恐らくね。だけど、多分現状ではコントロールが出来ない可能性が高いし、僕の方で対策を考えるからそれまで魔術はお預けだね」
「マジですか…」
せっかくファンタジーな世界に転生して、しかもドラゴンと言う上位種族になったのに……。
「…残念だったわね。フォル」
「嬉しそうだな。リムは」
「そんな事はないわよ」
「当分、追い付かれないと安心しているみたいだけど、対策さえ形になれば、簡単に抜かれると思うよ?
言わば、フォルは才能が有りすぎるのだ問題なわけだしね」
「ウグッ」
クライム兄さんの言葉でダメージを受けているらしいリムが倒れこむ。何でアイツは俺をそこまで敵視するのやら……。
「兄さん。それじゃあ昼からはどうする?」
順当に考えるなら座学での勉強会か、武術の教練が基本かなとも思うが……。
「生憎、私は昼から用事があるので…、そう言えば、兄さんも出掛けているはず。
フォル。昼からは自由にして良いですよ」
「じゃあ、街へ…」
「行くのはまだ駄目です。城内からは出ないように」
…だよな。早く街に出られるようになりたいな。
まあ、今日は今朝の食事は酷かったし、食生活の改善をしてみるとしよう。
「了解。今日はやりたい事があるからそちらに注力するよ」
「おや、それは気になるね」
「内容は秘密ですよ。まだ目処もたっていないから、上手く行けば、明日の朝には結果がでるかも知れませんけどね」
「楽しみにしてましょう。さて、もうすぐ昼だし、食堂にでも向かおうか?」
…そうだった。フォルの記憶通りなら朝昼晩、主食はあの不味いパンだった!
絶対晩飯までに改善してやる! 元日本人の誇りにかけて。
食堂へ足を向ける兄の後ろを歩きながら俺は固く誓う。