プロローグ(裏)
対応に疲れる『あの方』を無事に送り出して肩の荷が降りたのを感じていた私は。
「行きましたか…」
安堵を多分に含む声に振り向く。
そこにいたのは雲の上と表現しても良いような数名の上司達が穏やかに笑っておられました。
藤堂昭として生き、そして、今新たな生へと旅立った魂が、完全に神世界を離れた事を確信したようです。
未だ神としては若輩の私にはそれほどの感知能力はありませんが、対象が『あの方』ではむしろ無い方が気楽と言えるやもしれません。
「はい。ヒューズ様、こちらでも目的の器に定着したのを確認しました」
いつの間にか隣へ来ていた同僚のアジルが報告する。さすが情報収集に長けた神です。
「それでは、この場で今回の作戦の説明をお願いします」
口火を切られたのは、神世界の統治を取り仕切る<統政宮>の宮主であらせられるカイゼル様。人の良さそうなご老体ですが、神世界における最高権力者、12神王の中でも格段に強い影響力を持たれる方、こちらとしてはかなりの緊張を強いられます。
「それでは私、ジードより今回の<操竜宮>主導による『あの方』対策計画の概要を説明させていただきます」
そう言って一礼します。この場にはカイゼル様の他に我が<操竜宮>の宮主ヒューズ様と戦争や内紛の調停を司る<戦管宮>宮主のベルリル様がみえられる以上、無様な失態に犯せません。
「まず、『あの方』を送り込んだのはジューズと呼ばれる世界泡、その世界泡のとある竜属の子供へと転生させました」
「え? 古代竜の『あの方』を竜属へ転生させて大丈夫?」
「ご安心下さい。ベルリル様。あの世界の竜属は古代竜ファンフェイの系譜ですから、『あの方』とは相性が悪い筈です」
第4世代でも能力が低い方に属するファンフェイの系譜なら安心のはず。
「なるほど、確かにそれなら問題なさそうね」
「はい。また、かの竜属は力は大きくはないですが、5000年を越える平均寿命をもっていますから、うまくすれば向こう5000年の期間『あの方』が神世界を訪れる可能性から解放されます」
「となると、問題となるのは不慮の事故による死亡かね?」
「はい。当然、そちらにも手を打っております。
<操竜宮>で『あの方』の行動を分析した結果ですが、基本的に『あの方』は好奇心の赴くままに行動するようであり、それが最大の不確定要素となっております。
では何故そうなったかを推察した結果ですが、藤堂昭として生きていた『あの方』は親兄弟のいない孤児であり、それが自分の生死を軽く考える状態へと繋がっていたと思われます」
「こちらの転生システムを利用した訳じゃないから、孤児なのはしょうがないけど…」
「無論、我々の落ち度ではありませんが、今回はこちらの転生システムに引っ張ることが出来ましたので仲の良い家族関係をもつ者達の元へ送ります。
しかし、前世の性格そのままではせっかく用意した家族関係も無駄になる可能性がありますので、藤堂昭の記憶と知識の覚醒を10歳の誕生日に設定します」
「むしろ記憶は消したままで良いんじゃない?」
「いえ、好奇心を優先する点はともかく、トータルの性格はかなり善性を強めている人格ですので、残した方が有益と判断しました。
基本的に竜属は血統主義が強いですから日本で生まれ育ったあの人格は多くの下層者から支持される筈です」
「<操竜宮>としては、ある程度の権力者となってもらい、更なる安定を望んでおります」
アジルが私の説明を補足します。これが<操竜宮>の出した結論ですしね。
「うむ。特に必要な改善点も見当たらん。強いて言うなら現地でのフォローが欲しいくらいかね?」
「<戦管宮>から出しましょうか?」
「そうしてくれると助かるな。<統政宮>からも1名派遣する。後は…」
カイゼル様の言葉を聞いていたヒューズ様が私の肩に手を添えられます。これはもしかして…。
「ジード君頼んだよ」
……まさかの下界出張ですか。
致し方ありません。
「慎んでお請けいたします」
こうして、神世界の脅威は去りました。一部に多大な被害をもたらして。