表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花贈りのコウノトリ  作者: しのはら捺樹
Flower Shop Cigogne
8/31

8

 しばらくしてエレベーターは小さく揺れると、ぽーんと籠った音を鳴らした。


 扉が開くと同時に薬の臭いが鼻をついた。思わず顔をしかめると先に降りた眞鍋さんがこちらを振り返る。


 「行きますよ、水嶋さん」


 「え…ああ、はい」


 言われるがままにいそいそと降りると、エレベーターの扉がすぐ背後で閉まり、ゴウン…と低い音を響かせて下りていった。


 植田さんの背中を二人して追う。眞鍋さんは静かに着いて行くが、僕はあちこちをキョロキョロと見回していた。


 内装は病院というより市役所とかそういう施設に近い感じ。清潔感が漂い、息苦しさを感じさせない落ち着きのあるモダンな色使いだ。たださっきも言ったように薬の臭いがして少々気分が悪い。さっさと届けて、一刻も早くここを出たかった。


 エレベーターホールから程近い、ある病室の前で植田さんは足を止めた。こちらを振り返るがその表情は何処が暗い。


 「こちらです」


 とだけ言うと、扉をこつこつ、とノックをする。


 「…ナナミ?」


 細く扉を開けて中に呼びかける植田さん。その呼び方には他人相手とは思えない優しさであったり親しさであったり…そこで僕は植田さんはこのナナミさんの母親ではないかと漸く考えた。


 少女のか細い返事が中から聞こえると、植田さんはそこで扉を大きく開けた。


 「お花…サキおばさんからかもね」


 言いながら僕たちを中に入るよう促した。眞鍋さんと顔を見合わせると、「失礼します」と小さく会釈をして病室に足を踏み入れた。


 そして、息を飲んだ。


 一人用の小さな病室には足の踏み場が無い程に鉢物の花やアレンジメントがずらりと並んでいた。その花の真ん中にまるで対照的な真っ白いパイプベッドが置いてあり、これまた真っ白な布団を腰までかけた少女が一人座っていた。


 「すごい…お花の数」


 眞鍋さんが小さく呟く。病室内はイメージ通りの白い箱でカーテンもベッドも少女の肌も白いのに、床や棚にはカラフルな花々が所狭しと並んでいることに僕も違和感を隠し切れなかった。


 少女…ナナミちゃんは虚ろな目を此方に向けると、静かに伏せた。花を踏まないようにゆっくりとベッドに近寄った植田さんは、僕たちの方に身体を向け、


 「…娘の、ナナミです」


 やっぱりか。


 僕は静かに頭を下げると、お決まりの言葉を口にする。


 「Flower shop Cigogneです!植田ナナミ様宛に島田サキエ様からお花が届いております!」


 「Fiorista acquamarinaです!植田ナナミ様宛に綺麗なお花が届いていますよ!」


 眞鍋さんも真似をしていつも通りの言葉をはきはきと喋る。


 しかしナナミちゃんは此方を一瞥したかと思うと、目を逸らして一言、


 「…いらない」


 「ナナミ!」


 植田さんが焦ったようにナナミちゃんを見て、「すみません」と申し訳なさそうに言った。


 いらないという気持ちもわからなくもない。こんなに花を持って来られて、今のご時世、とは言えどもさすがに限度があるだろう。


 眞鍋さんは病室内に足を踏み入れたかと思うと植田さんと同じような足取りでベッドへ近付き、


 「ナナミちゃんは、何年生?」


 「…一年」


 最初だけ聞き取れなかったが、見た目からすると中学一年だろう。ということはこの花は全部…


 「今日、入学式なのに、私だけ出られない」


 か細い声でナナミちゃんは言う。


ここまでの登場人物紹介


植田ナナミ

今年で中学生になるが心臓を患っており、小学校にも殆ど通うことが出来なかった少女。そのため多少引っ込み思案だが、慣れた人間には明るく振る舞う。


植田千鶴

ナナミの母。医療事務としてナナミの入院する病院で働いている。一人娘のナナミのことをいつも気がかりに思うが、年頃であったりその生活の為に冷たく当たるナナミに心を痛めている。夫は彼女に協力的だが、その協力の方向性が間違っていることに悩む。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ